ブログ

ハーグでの判断から、中国の覇権の歴史的背景を考えると

【海外ニュース】

China has placed runways and radar facilities on new islets in the South China Sea, built by piling huge amounts of sand onto reefs. The construction is straining already taut geopolitical tensions.
(ニューヨークタイムズより)

中国は南シナ海の島々のサンゴ礁の上に膨大な埋め立て工事をおこなって、滑走路やレーダー施設を建設してきた。これが緊迫した状況をうみだしている

【ニュース解説】

中国の覇権 hegemony とはなんでしょうか。先週、ハーグの常設仲裁裁判所 international court of arbitration でフィリピンの申し立てが認められ、南シナ海の島 islets in the South China Sea の領有権 dominion の不当性をめぐって中国の主張が退けられたことが話題になりました。中国は、この判決は「紙くず同然」だというコメントをだし、顰蹙をかったことも事実です。

中国をめぐる問題は、日本にとっても重要なテーマです。中国の軍事的脅威という言葉が、憲法改正も含む日本の再軍備や米軍のプレゼンスの維持の大きな理由になっているからです。

そこで、今回は東洋史に目を向けて、中国という国家の外交文化に光をあててみたいと思います。中国を中華人民共和国というように、中国は常に花 (華) の中心であるというプライド高き国家でした。そこには文明と富が集まり、周辺の国はそれを求めて時には中国と対応します。中国 (漢民族) のパワーが脆弱なときは、周辺の異民族が侵入し、中華の文明と生産力を享受します。過去には元や清のように、北方民族が中国全土を支配したこともありました。戦前の日本の侵略、それ以前の西欧列強の侵攻も、長い歴史の中でおきた同様のパターンでした。

そして、中国のパワーが回復すると、中華帝国として中国は周辺に君臨します。古くは漢王朝、唐、宋、明などがそれにあたりました。一部の例外を除き、こうした時代、中国は周辺の民族の従え国土も膨張します。膨張すれば、当然のことながら周囲の民族国家と軋轢を生みますが、周辺国家からみれば、中国という「センター」を立てて、そこに朝貢すればそれなりの富の分配を受け、国家の安定と安全までが保障されました。
朝鮮半島は常にそうした政策をとって中国の衛星国としての存続を図りました。豊臣秀吉が侵攻したとき、明は自国の防衛の意味もあり、当時の朝鮮半島を支配していた李王朝を保護し、軍事行動をおこしています。
沖縄は、その昔琉球王朝といわれていましたが、形式的には中国へ朝貢 (冊封) し、中国との名目的な主従関係を結んで、自国の権益を維持していました。
この中国への朝貢(冊封)への意識が、中国という面子を重んずる国の外交政策の遺伝子となり、中国の覇権主義の通奏低音として今での中国人の外交意識の中に残っているのです。

1949年に中国は過去の王朝国家の伝統を否定した共産主義国家として生まれ変わり、以前の列強の国内での権益を排除します。
しかし、友邦であったソ連との覇権争いの中で、ソ連とも決別し、その後文化大革命の混乱期をむかえます。問題は、文化大革命でそれ以前にあった中華思想の思想的な部分が否定され、破壊されたことです。そして、中華思想の覇権思想のみがナショナリズムとして育成されたのです。

過去に中国は元という征服王朝など、いくつかの例外を除いて、自らの国益を犯す恐れのある周辺国以外への、単純な軍事的な野心をむき出しにした侵略行為に明け暮れたことはありませんでした。朝貢をすれば文明を分け与えるというプライドある平和外交がその基軸だったのです。
しかし、近代になって、中国の周辺に民族国家が各地に生まれると、それぞれが国家としてプライドを持つようになります。これが、現在の中国の古典的な外交を難しくしているのです。
そうした意味で、ハーグの判決は中華主義のプライドの「横っ面」を殴る行為として受け取られたのでしょう。それに対する苛立った反応が、これは紙くずだという外交発言をうみだした背景にあるのです。

3000年にわたって、周辺国と中国とはお互いに向けて膨張と収縮を繰り返してきました。そのサイクルはおおよそ 200年から 300年。長い時は 400年にも及びました。そしてこの大きなサイクルの中でも、小規模な伸縮がおきています。経済力、軍事力ともに膨張する中国の「中華のプライド」とどう接して実利をとるか。これは好き嫌いでは片付けられない周辺国が常に抱える課題なのです。

ただ、中国も過去の 3000年と、現在とを区切って、現代の多様な外交の「社交」の中でどのようにスマートにデビューするかということは学ぶべきでしょう。文化大革命以降、天安門事件を経て、次第に国土が伸長した中国が学ばなければならないのは、この「優雅さ」と「スマートさ」ではないかといえましょう。
それは、中国人が古来持っていた儒教的な中国流ジェントルマンシップと道教的な自然体を使い分けるスマートな対応を意味しています。中国は文化大革命で否定された、こうした古来の知識、「士大夫の知」と呼ばれる教養を見直してゆく時期にあるのではないでしょうか。
それは日本にもいえることです。日本人がナショナリズムに大声を上げるとき、それは中国の「紙くず」発言と同様に稚拙な感情論として世界に受け取られます。そこにも、日本ならでは美徳や知恵を見直して、世界に発信する作業が必要なのです。

アジアの価値や文化を見直す作業の真の意味は、こうした世界への対応のあり方を考える上でも重要なことなのではないでしょうか。

* * *

『海外メディアから読み解く世界情勢』山久瀬洋二日英対訳
海外メディアから読み解く世界情勢
山久瀬洋二 (著)
IBCパブリッシング刊

海外ではトップニュースでありながら、日本国内ではあまり大きく報じられなかった時事問題の数々を日英対訳で。最近の時事英語で必須のキーワード、海外情勢の読み解き方もしっかり学べます。

山久瀬洋二の「海外ニュースの英語と文化背景・時事解説」・目次へ

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

PAGE TOP