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終末時計を日本に照らしたときに見えるものとは

Members of the Bulletin of the Atomic Scientists’ Science and Security Board, reveal the 2021 setting of the Doomsday Clock: It is still 100 seconds to midnight.

(「原子力科学者会報」では、2021年の終末時計を100秒に設定する。)
― 原子力科学者会報 より

混乱と安定の狭間で思索と革新を続ける人類

 今の日本の状況、そして世界を取り巻く状況を、少し変わった視点で鳥瞰してみたいと思います。
 
 国際出版の仕事をしていたころ気にしていたのが、東南アジアの文学でした。その当時、ベトナムカンボジアが長い戦乱の後に国家として再興される過程にあったからです。
 そうした時期の国や地域の多くでは優秀な文学者が輩出されます。どこの国でも戦乱を経験した人は、その異常な状況での体験をもって次の時代へと踏み出すことになります。そして、戦後世代といわれる混乱を知らない世代の人々が増えるにしたがって、自らが通過してきた体験を知らない人たちに囲まれ、疎外や歪みに苛まれます。そうした変化の波の直撃を受けた人と、そうでない人との隔たりが文学や芸術を育むのです。
 
 日本では戦後間もなく、世界にその名を残した作家が多数の作品を著しました。彼らもみな戦前と戦後の狭間に生きた人々でした。中国でも文化大革命という動乱期を経た後に多くの作家が輩出されました。お隣の韓国も同様です。
 これは歴史の皮肉といえるのかもしれません。人類は混乱と安定の両極を体験する中で感性を研ぎ澄まし、思索を深めてきたのです。
 
 技術面ではどうでしょうか。
 注目したいのが戦国時代です。戦国時代は人々が戦いに明け暮れ、都は荒廃し、世の中はただ殺伐としていたと思われがちです。
 しかし、実際はどうかというと、戦国時代という競争社会を勝ち抜くために、戦国大名は戦いのための武器の質を上げ、豊かで強靭な領国をつくろうと文明も貪欲に吸収しました。そのために、京都に集中していた文化は地方に広がり、国全体としても様々な技術が底上げされました。競争社会で改良された陶器や武器は、その後オランダ人によって世界に紹介され、記録によれば戦術家などの人材までもが海外に輸出されていたといわれています。
 
 江戸時代の繁栄は、洗練された戦国時代の文化の上に構築されたわけです。
 しかし、そんな江戸時代が鎖国によって閉ざされ、安定した社会へと固定されている間、今度は西欧世界がどんどん進歩します。実は、欧米では日本が鎖国をしていた時代に戦乱が続いていたのです。ローマ・カトリックによる一元的支配が崩壊し、宗教上の対立に始まったヨーロッパの混乱は、その後長きにわたり多国間での戦乱の時代へと傾斜します。
 ですから、イギリスでもフランスでも、その後はドイツなどでも競争社会に打ち勝つために技術革新を続け、産業革命を経験していったわけです。
 

競争が激化する世界に生み出された「終末時計」

 では、現在の日本はどうでしょうか。
 我々は、すでに76年間にわたって安定した社会の中にいます。こうした社会を英語では matured society、つまり「成熟した社会」と呼んでいます。
 歴史は繰り返すといいますが、我々は自分たちの生きている社会がいずれ崩壊することを実感できません。それは、江戸時代の最盛期にいた人や、中国の、ヨーロッパではローマ帝国などの円熟期にいた人が、自らの国家がいずれなくなることを予測できなかったことと全く同じです。
 
 歴史を見ると、そうした成熟した国家が衰亡に向かうときの変化の予兆が、必ず炙り出されてきます。大帝国の場合、その予兆は国家の膨張そのものにありました。つまり、領土を拡大し、それを維持するためのコストや人力がかかりすぎたことが、その予兆だったのです。中央のコントロールが効きにくくなった国家は、地方に自治権を与えるか、周辺民族に統治を委託せざるを得なくなり、そのことが中央の力の及ばない「国家の中の他国」を作り出しました。そして気がつくと、その他国が大元の国家そのものを飲み込みながら、動乱期へと傾斜していくのです。
 
 とはいえ、多くの人は、現在は違うと思うことでしょう。
 ネット社会などに代表されるように、文明が発達した我々の社会が、昔と同じ原因で崩壊することはないと考えるからです。
 しかし、どんな文明の利器をもったにせよ、今でも世界は競争社会の中にあるどころか、いっそう競争が激しくなっているようです。そして、破壊力も過去とは比べものにならないほど激烈になっているはずです。
 
 このことが、核兵器の脅威に対してアメリカの科学者などによって提唱され、今回のヘッドラインで取り上げた「終末時計」の発想です。人類滅亡までを60分刻みの時計の一部で表示した「終末時計」は、今では核戦争のみならず、環境問題など、ありとあらゆる要素を盛り込んで計算されているといわれています。
 
 さて、日本に話を戻しましょう。日本という一つの国を終末時計に照らしてみると、我々は今どこにいるのでしょうか。
 江戸時代末期、ペリーが来航したときに終末時計があったとしたら、日本の終末時計は20秒ぐらいに縮まって表示されたかもしれません。明治維新が起こり、近代国家へと脱皮できたとき、その時計は15分あたりまで逆戻りしたでしょう。第二次世界大戦末期はおそらく5秒ぐらいだったはずです。
 しかし、戦争を体験した人々が、ちょうど戦国時代をくぐってきた人々と同じように、過去の過酷な体験に裏付けされたハングリー精神を維持したまま、新しい国作りへと邁進し、高度成長へと突き進んだとき、時計の針は大きく逆戻りしたものと考えられます。
 

日本の崩壊への予兆はどこにあるのか

 今の日本は成長期を経て、文字通り matured society のど真ん中にいます。
 つまり、そこには崩壊への予兆が無数に見えているはずです。世界規模でいうならば、ヘッドラインで紹介したように、2021年1月の段階の終末時計は100秒であると発表されました。これは新型コロナウイルスに対する為政者のお粗末な対応や人々の混乱への警告が盛り込まれた結果でした。
 
 では、海外と比較して、日本ではこのパンデミックにうまく対処できているのでしょうか。さらに、教育や科学技術の分野で、日本は地盤沈下を起こしていないでしょうか。平和への意識や政治、環境問題などへの関心はどうでしょうか。世界や地球に対する日本人の知識や認識の深さに変化はないでしょうか。
 これらの全ての要素を見つめたとき、日本独自の終末時計は100秒より短いのか、長いのか、我々は冷静に見つめる必要があるわけです。
 それが、この国の崩壊への予兆を発見し、治療薬を探すための長い旅路の出発点となるはずです。
 

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『日英対訳 世界の歴史
A History of the World: From the Ancient Past to the Present』山久瀬 洋二 (著)  ジェームス・M・バーダマン (翻訳) 日英対訳 世界の歴史
A History of the World: From the Ancient Past to the Present

山久瀬 洋二 (著)  ジェームス・M・バーダマン (翻訳)
受験のためではない、現在を生きる私たちが読むべき人類の物語
これまでの人類の歴史は、そこに起きる様々な事象がお互いに影響し合いながら、現代に至っています。そのことを深く認識できるように、本書は、先史から現代までの時代・地域を横断しながら、歴史の出来事を立体的に捉えることが出来るように工夫されています。 世界が混迷する今こそ、しっかり理解しておきたい人類の歴史を、日英対訳の大ボリュームで綴ります。

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