【海外ニュース】
Donald Trump Suggests ‘Second Amendment People’ Could Act Against Hillary Clinton.
(New York Timeより)ドナルド・トランプは修正第2条を支持する人々がヒラリー・クリントンに対してアクションをおこすことを暗示
【ニュース解説】
先週に引き続いて、アメリカの大統領選挙にスポットをあてたいと思います。
つい最近、ドナルド・トランプが、銃規制に反対する立場を鮮明にしました。
大統領選挙の大きな論点として、アメリカ社会が銃を規制するべきかどうかというテーマがあります。
アメリカは銃による犯罪に悩まされています。
オバマ政権も、ヒラリー・クリントンも、銃を規制し、安全な社会を作ろうとする立場をとっています。
これに対して、アメリカには、独立革命以来、個々人が銃をもって自らを守ろうとすることは、個人の選択肢として当然あるべきだという伝統的な考え方があります。
問題は、その是非や銃規制についての政策への賛否ではなく、ドナルド・トランプがクリントンの政策を強く非難し、Although the Second Amendment people — maybe there is, I don’t know. と演説したことです。直訳すれば、「修正第2条の人たちが何かをすれば、別だけど。多分ね」と言ったことなのです。修正第2条とは、アメリカの憲法の条文で、個人が武器を所有することを認めている条文です。この発言が、ヒラリー・クリントンの銃規制政策に反対し、彼女が大統領になればもうそれは止められないという前置きの後になされたことが大問題となったのです。
つまり、銃規制に反対する人々 (the Second Amendment people) がアクションをおこせば別だがねとトランプ氏が演説し、暗にクリントン氏の暗殺をほのめかしたのではとマスコミが指摘したのでした。
日本人にはなかなか理解しがたいことかもしれませんが、アメリカ人にとって個人が銃を保持することは、理屈ではない、個人の自立と自由を象徴する行為なのです。銃がまきおこす犯罪や社会問題よりも、国家とはいえども個人が抵抗したり、身を守ったりする権利を侵害できないという価値観が、アメリカ人の中に現実の社会問題以上に強く根付いているのです。
例えば、イギリス人に、あるいは日本人に、なぜ王室や皇室を維持しようとするのかとアメリカ人が問いかけたとします。それは、合理的に説明のつかないあたかも長い歴史を通して遺伝子の中に組み込まれた価値観であると、多くのイギリス人や日本人は回答するでしょう。アメリカ人にとっての銃とは、まさにそうした象徴的な事柄なのです。
したがって、多くの人が、銃の弊害を唱えながらも、アメリカの保守的な価値を抱いている人にとっては、合衆国憲法の修正第2条を変えることに強い抵抗感があるのです。
ただ、ドナルド・トランプは、この発言で、もう一つのアメリカ人の価値観に挑戦したことになります。それは、アメリカ人が大切にするフリーダム、つまり「自由」を保証するために培われた民主主義への挑戦です。暗殺とか一方的な人種偏見を口にしたとたん、それはアメリカ社会で絶対に触れてはいけないタブー、すなわち民主主義への挑戦ととらえられるのです。
従って、ニューヨークタイムズやCNNといった、マスコミの中でもリベラルな報道機関は、今回の発言に過敏とも言えるほど強く反応しました。トランプが、ジョークだよといっても、「冗談ではすまされない」発言だったのです。
ここにアメリカ社会の興味深いレトリックがみえてきます。
民主主義を尊重し、それを独立革命以来 240年にわたる国家の価値観としてきたアメリカ。それは個人の自由と移民による多様な社会を自らの存立基盤としてきた価値観です。そして、その個人の自由な権利の象徴として、長年アメリカ人が保持してきたのが銃だったのです。
日本人からみると武器と民主主義は相反するものであるかのように思えます。しかし、多くのアメリカ人にとっては、自由を守るためにこそ銃が必要だったし、その象徴として、今でも武器を保有することこそ、アメリカならではの価値観で、それを大切にしたいというわけです。
もちろん、今武器の個人所有を認めるか、規制するかで、アメリカの世論は二つに分かれています。ただ、どちらの方向に進むにせよ、アメリカ人が銃の保持に象徴される「個人主義」という価値観を積極的に支持してゆく伝統には変化はないはずです。
ドナルド・トランプは、そうしたアメリカ人の心の琴線に触れようと、意図的に過激な発言を繰り返してきたのです。
山久瀬洋二・画
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日英対訳
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山久瀬洋二 (著)
IBCパブリッシング刊
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