【海外ニュース】
Mr. Obama is leaving near the peak of his popularity, yet many of the voters who made Mr. Obama the nation’s first black president chose to replace him with a man who had peddled racially incendiary suggestions that he might not have been born in this country.
(New York Timesより)オバマ氏はその人気のピークを迎えながらオフィスを去ろうとしている。アメリカ発の黒人の大統領を選んだ多くの有権者が、今度はオバマ氏がアメリカ生まれではないのではといいながら、人種問題を扇動しまわる人物を選んだにもかかわらず
【ニュース解説】
この記事は今回の大統領選挙を皮肉っぽく解説しています。
アメリカでは、大統領はアメリカで生まれた人物しかなれないと規定されています。大統領に選ばれたドナルド・トランプ氏は、以前オバマ氏はアメリカ生まれではないのではと発言し、初の黒人大統領を牽制したことがあったのです。
そして、この記事からも読み取れるように、今回の選挙の前後、アメリカは大きく分断されたといわれています。
10月にボストンに出張したときのことです。
夕暮れ時のハーバード大学の前の広場に、花束がたくさん供えられていました。
そばに行ってみると、それは最近亡くなったタイの国王を追悼しようと人々が献花したものでした。
ハーバード大学には世界中から留学生が集まります。そんな国際的な場所であるとはいえ、それをみたとき、移民国家アメリカの懐の深さに感銘したものでした。地球の裏側の国の国王を偲び、これだけの花束が供えられたのかと、私も立ち止まってプミポン国王こと、ラーマ9世の冥福を祈ったのです。
それから一月して、大統領選挙で移民政策や地球温暖化政策に異をとなえるドナルド・トランプが選ばれました。ボストンでの体験の直後のこの選挙の結果。そのギャップは衝撃でした。
アメリカの選挙は複雑です。ポピュラーボート popular vote、つまり一般の有権者の投票結果はヒラリー・クリントンの勝利でした。しかし、州ごとの選挙結果で選挙人 electoral college が選ばれ、その選挙人が最終投票を行って大統領が選ばれるというシステムによって、より多くの選挙人を獲得したドナルド・トランプが大統領に選ばれたのです。もっとも、選挙人の投票は 12月になってからなので、まだ正式に彼が大統領となったわけではないのですが。
とはいえ、移民に寛容で、懐の深いアメリカというイメージが、今崩れつつあることだけは、今回の投票の結果からみてとることができそうです。
アメリカは、国際政治の中でクッションの役割を担っています。何か緊張があれば、単にアメリカが「世界の警察官」としてそれを仕切るのではなく、複数の国々、そして民族がアメリカという仲介役を通して交渉し、バランスを保とうとしています。そうしたアメリカの役割は、移民を受け入れてこそ成り立つのです。移民と本国とのパイプや、経済的なつながり、さらに情報のやりとりがあってこそ、アメリカはそうした役割を果たせるのです。アメリカがクッションとしての寛容と柔軟性を失ったとき、世界はオイルを失った車輪のように、ぎくしゃくとしかねません。
今回の選挙結果からみえてくる、近未来のグローバルリスクは、まさにそんな潤滑油が欠乏しはじめていることにあるといえましょう。
アメリカが潤滑油の役割を担うとき、それに呼応する国々が存在します。それは、一見敵対しているかにみえる中国にもロシアにも必要な、潤滑油なのです。
イギリスがEUから脱退し、さらにアメリカも内向きに傾斜するなか、ヨーロッパの将来にも影がさしてきます。フランスやオランダでの極右政党の台頭などは、まだその序章に過ぎないかもしれません。
世界史をみれば、人類は 200年から 300年という長い年月をかけて、常に変化してきました。その期間の中にいる人は、未来に大きな変化があることなど思いもしません。20世紀の文明は、古くはヨーロッパでの宗教改革やイギリスの清教徒革命、そして 18世紀のアメリカの独立やフランス革命に端を発しています。そのうねりの中で、数多くの動乱があり、その矛盾が二つの世界大戦によって噴火しました。
その爆発のマグマが冷却し固まったのが、我々が生きる現在という状態です。この状態がどこに向かうか、そのまっただなかにいる我々にはまだ見えていないのです。
戦後70年にわたって、この冷却したマグマの土台の上にうまく乗ることのできたヨーロッパや日本は平和を享受してきました。その状態がゆらゆらと振動を始めたのではと、この数年の世界の動き、そして日本の国内世論の動向をみると思えてきます。
アメリカの大統領選挙の後では、あのボストンでのタイの国王への献花の記憶すら色あせてみえてきます。そんな喪失感や怒り、そして人々の意識の対立が、これからどのような歴史のうねりをつくるのか。ちょうど東京オリンピックが開催される頃、国際社会はどのような状態になっているのか。ここで一つ深呼吸をしながら、冷静に分析してゆく余裕が世界に求められているように思えてなりません。
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日英対訳
『海外メディアから読み解く世界情勢』
山久瀬洋二 (著)
IBCパブリッシング刊
海外ではトップニュースでありながら、日本国内ではあまり大きく報じられなかった時事問題の数々を日英対訳で。最近の時事英語で必須のキーワード、海外情勢の読み解き方もしっかり学べます。