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アメリカの書店事業の復活劇から学ぶこと

Barnes & Noble has a plan to open 30 stores in 2023, making the bookseller the leader in what’s being called a big-box revival.

(バーンズ&ノーブルは2023年に30店舗をオープンする計画を発表。大型書店の復活と呼ばれる時代のリーダーとなっている)
― BookRiot より

衰退しつつあるアメリカの出版界に訪れたV字回復の物語

 我々はデジタルとITの時代に生きていると言われています。そして、その法則を信じない限り、ビジネスでは失敗すると、あたかも宗教のように信じ込まされています。
 でも、例えばこうした体験に悩まされたことはないでしょうか。ネットを通してある買い物をすれば、AIがその人の購買傾向をデータベースと照合して、同じような商品やサービスを飽き飽きするほどコンピュータやスマホの画面に送られ続けられることに。
 もしかすると、我々はすでにAIやITへの信仰を疑い始めているのかもしれません。そして新しいと思い、それを信奉しないと時代遅れだと思われているトレンドこそが、すでに時代遅れになり始めているのかもしれません。
 
 その兆候を示すような興味深い成功物語が、今アメリカで話題になっているのです。それはアメリカの大手書店バーンズ&ノーブルの奇跡的なV字回復の物語です。
 
 書店や出版事業というと、あたかも時代遅れで陳腐化した産業の象徴のように思われるかもしれません。日本の場合、日販やトーハンという寡占化した取次にコントロールされた出版界は、出版社がこれを読者に届けたいと思った書籍を自由に書店に並べてもらうことすら困難になっているのが現状です。しかも、書籍の流通システムは昭和の時代とそう変わることがないほどに、時代からも新しい発想からも取り残され、これでは出版界が衰退しても文句はいえない状況であるといっても過言ではないようです。
 
 一方アメリカでは、日本のような流通の不自由さはなかったものの、同じように出版界は衰退しつつありました。ITの伸長で書籍のセレクションもデータベースに組み込まれ、デジタル書籍やそれを読むKindleのような書籍を読むツールも登場しました。やがて、書店もそうした波に飲み込まれ、出版社に特別な宣伝費を要求し、それに応じない限り大手書店で書籍の特別なディスプレイをすることは不可能になりました。しかし、それにより書店での書籍のセレクションが画一化され、やがて大手書店は魅力のない古びた博物館のようになりました。残念なことに、その前に大手書店の全国展開の波に押されて、個性ある個人経営店はどんどん閉店に追い込まれ、出版社はますますデータベースに頼り、広告とマーケティング戦略に追随せざるを得なくなったのです。
 
 結果として、読者は書店から離れ、大手書店の経営も傾いてゆきました。バーンズ&ノーブルのライバルであったボーダーズは2011年に経営破綻してしまいます。そしてバーンズ&ノーブルも、同社が発売したNookという電子書籍を読むためのタブレットの販売も伸び悩み、スターバックスのモノマネのような店内併設のコーヒーショップや時流に乗ろうとしたオンラインショップもことごとく失敗します。現在MBAの教授がまさに学生に教えそうな、次世代を追随した戦略が皮肉にもバーンズ&ノーブルの停滞に拍車をかけたのです。
 2010年代になると、書店事業はいよいよオンラインショップの雄であるアマゾンに取って代わられるのかと思われるようになりました。そして、アマゾンは読者の購買傾向から割り出した書籍を中心に販売する通常書店チェーンの経営まで始め、まさにデータベースの勝利到来と注目されたのです。
 

アルゴリズムの支配をはね返す人の営みの力

 そうしたなか、バーンズ&ノーブルはいよいよ倒産が秒読みになり、2018年には大赤字のために1800人の人員削減を断行します。そして、同社は文字通り八方塞がりの状態のなかで、ジェームス・ドーント氏というイギリスの書店チェーンを再興させた人物を経営者として招聘したのです。
 彼は、まず出版社に広告マーケティングのための費用を求める戦略を中止しました。そのことによって、書店に限られた書籍だけが陳列されることに楔を打ったのです。さらに、ドーント氏はバーンズ&ノーブルに陳列される書籍の選別を自らの書店員に任せ、書店内の書籍をより多様多彩にするように努めたのです。この現場への権限移譲によって、書店員は書籍の陳列に意欲を持ち、陳腐化していた書棚がみるみる息を吹き返していったのです。ドーント氏は、新しいトレンドといわれたITにコントロールされたマーケティングを拒否し、自らの書店の店員の創意工夫に巨大書店チェーンの未来を託したのです。書籍の持つ潜在力や人々の持つ本来の知的好奇心を刺激するために必要な、最も単純な戦略に終始したのでした。
 
 実は、宣伝費をまかなえる大手の出版社はこの経営方針の転換に反対しました。しかし、ドーント氏はその圧力を跳ね返し、さらにアメリカでは当たり前とされた書籍の値引き合戦にも参加しませんでした。書籍には元々それだけの価値があるという信念に従ったのです。180度の経営方針の転換です。
 しかも、時はコロナの蔓延で社会が荒廃していた最中です。誰もがこの経営方針の転換を疑い、アマゾンに軍配を上げようとしたのです。
 
 しかし、結果は逆でした。データベースに頼りすぎたアマゾンのリアル書店は味わいが少なく、面白味に欠けると読者から敬遠され、伸び悩みます。逆にバーンズ&ノーブルは、売上を伸ばし書店数も回復どころか拡大を始めたのです。そして、アマゾンの経営する書店の一部を買収するまでに成長をしてきたのです。これはほんの数年間の奇跡的な回復劇でした。そして、ヘッドラインのように、今年は30店舗以上の新規店を全米にオープンしようとしているといわれています。
 

業界の再生にはコアビジネスの見極めが不可欠

 バーンズ&ノーブルの回復劇を演出したジェームス・ドーント氏は、イギリスでたった一軒の書店のオーナーとしてキャリアを始めた人物です。彼の戦略がこれからも右肩上がりであるかどうかは未知数です。しかし、一つ言えることは、世の中のトレンドが最高潮になっているときは、すでにそのトレンドの凋落が始まっているという歴史から学ぶ事実があるということでしょう。
 単にITやAIというお題目に流されず、本業の核心を見直し、コアビジネスとは何かを見極めることがどれだけ大切かが、この話から見えてくるのです。
 
 出版ビジネスの凋落は文化や知性の多様性の凋落と重なる危険な傾向です。日本の変わらない出版流通界、さらには産業界の構造を見たとき、こうした一つの成功事例から学ぶことは多いのではないでしょうか。
 

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