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平昌での「民族意識」に当惑するアメリカ、日本、そして中国

“Kim Jong-un’s Overture Could Drive a Wedge Between South Korea and the U.S.”

金正恩の(雪解けの)提案は、韓国とアメリカとの関係を悪化させかねない。
(New York Timesより)

「民族」という言葉。これを翻訳すると race となります。同時に「民族」は tribe です。大陸の長い歴史を通して活動してきた部族tribe が、国家として自らを意識したとき、tribe race となりナショナリズムの原点へと成長したのです。
平昌オリンピックで、韓国と北朝鮮とが急接近したとき、韓国人の多くはこの「民族」という言葉を意識したのでしょう。
 
確かに韓国では「民族」という言葉をよく耳にします。
韓国はいうまでもなく Korean、つまり朝鮮民族による国家です。では、日本はというと、日本人という言葉はありますが、日本民族という語彙には馴染みません。民族という言葉を使用するときは、日本人は「大和民族」として自らを表現しますが、これは戦前の国粋主義への記憶と繋がってしまいます。
島国として戦後の一時期を除きほとんどの期間独立を維持してきた日本人は、自らのことを「民族」として意識するチャンスがなかったともいえましょう。
 
朝鮮半島の利害に絡むアメリカは、自らを多民族国家 multinational state と定義します。「アメリカ民族」という言葉はなく、多様な人種や宗教を持つ人々が共存する国家というビジョンを民族の代わりのスローガンとしてきました。
では、もう一つの当事者である中国はどうでしょう。中国もアメリカと同様に多民族国家です。しかし中国の歴史はその中心で活動する漢民族と、周辺の民族との対立と侵略の反復でした。漢民族が衰退したとき、満州族などの北方民族が常に中国に侵攻してきました。
逆に漢民族が繁栄したときは、周辺民族は服従を強いられました。朝鮮民族はそんな周辺民族の一つでした。
現在の中国では、社会主義を建前として民族の融合を唱えていますが、ウイグル族チベット族など少数民族との対立が国家の課題であることには変わりありません。北朝鮮との国境には朝鮮民族も活動しています。つまり、中国では、今でも漢民族と周辺の様々な民族との対立の中で、「民族」という意識が揺れ動いているのです。この状況は朝鮮半島の隣国ロシアでも同様です。ロシアでも多民族国家をスローガンとしながら、チェチェンジョージアなど、ロシア民族と他の民族との対立に揺れているのです。
 
さらにヨーロッパに目を向けると面白いことに気付きます。
フランスやドイツやイタリアなどは、それぞれの民族で成り立ってきた国民国家です。しかし、民族の対立の歴史の果てに、お互いに加害者と被害者との立場を繰り返した末に第二次世界大戦という破局を経験したヨーロッパでは、とりたて「民族」という言葉を意識しなくなりました。例えば、戦前ドイツ人は「ゲルマン民族」と自らを位置付け、独自のアイデンティティ(identity) を強調しました。
しかし、今ではヨーロッパの主要国は戦争の悲劇の教訓から、自らを多民族国家へと変化させてきたのです。その結果、パリでもロンドン、そしてベルリンでもアフリカや中東、アジアからの移民が目立つようになりました。もちろん、そうした動きに反発するナショナリズムが高揚していることも事実ですが。
 
さて、こうした世界の動きをみながら、改めて韓国人にとっての「民族」という概念を考えてみたいと思います。
北朝鮮の脅威は、韓国人にとっても喫緊の課題です。実際、朝鮮戦争とのそこに至る過程で、民族を分断した対立を通して、家族が分断され、無数の血が流されました。その後も北朝鮮とは武力による小競り合いが頻発しました。
その悲劇の中で彼らは考えます。ドイツは戦後分断された。しかし日本は分断されずアメリカに保護された。でも東西対立の最前線に取り残された韓国は分断されたと。常に近隣の大国の脅威と植民地化、分断に晒されながらも、世界史の陰に置かれてきたことが、彼らの強い民族意識の原点となったのです。
従って、北朝鮮問題、日韓問題を語るとき、彼らは「朝鮮民族」として極めて複雑な心境を抱くのです。この複雑な意識が、国際関係に優先されるとき、日本やアメリカ、そして時には中国をも困惑させる事態がおきるのです。韓国はアメリカの保護によって朝鮮戦争を克服し、国家として自立してきました。ですから北朝鮮に対抗し、資本主義経済を守るにはアメリカとの同盟が必要です。しかしそれは日本も組み込んだ日米韓という連携へとつながります。しかもアメリカは東西対立を促進し、朝鮮半島を分断した片方の加害者でもあるのです。
 
こうした韓国の人々のアメリカと日本への意識が、平昌オリンピックというスポーツの祭典を利用した北朝鮮への接近に彼らを駆り立てたのです。
北朝鮮との問題は、過去から続く民族の悲劇を克服する問題として、自らの力で解決したいという強い意識が韓国の背景にあるわけです。
この民族意識を考えたとき、アメリカも日本も、当惑しながら、対応を考えざるを得なくなりました。これは中国も同様です。中国は2千年にわたって朝鮮半島に影響力を持ち続けてきました。しかし、このところ北朝鮮が中国に対して、「民族」として対抗するようになりました。中国からしてみれば、韓国がアメリカから自立することと、北朝鮮が中国から離反することをどう判断してよいか、文字通り困惑しているのです。
 

「民族」という概念の薄い日本。確かに日本人は、こうした激動の時代に翻弄された大陸国家の微妙な意識の機微には疎いようです。それだけに、アメリカと中国に挟まれた朝鮮半島の動向にはより繊細な対応が必要になるのです。

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