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15歳の少年受刑者を拷問したアメリカ軍

【海外ニュース】

Khadr, 26, landed at the Trenton military airbase early Saturday after a flight from Guantanamo Bay. American officials formally transferred Khadr into Canada’s care, bringing to an end U.S. involvement in the decade-long case.(トロント・スターより)

カハードル26歳はグアンタナモベイから飛び立った後、日曜日早朝にトレントン空軍基地に到着。アメリカは正式にカハードルをカナダ側に引き渡し、この10年来のケースの幕引きを行った。

【ニュース解説】

アメリカ、カナダ、さらにはイギリスやフランス、ドイツ、加えてロシアや中国もいれた世界の主要国と日本との違いを一つ挙げるならば、複雑な人種や移民模様の中で国家が成り立ち、それ故に世界情勢と国家の事情とが時には直結し、絡み合っているということです。逆に、こうした世界のリンクの外でものを考えることが、日本の外交や世界への理解の盲点になっています。

この見出しが語ることの背景は複雑です。

オマール・カハードル Omar Khadr は、15歳のときにアフガニスタンでアメリカ軍の捕虜になりました。その後、テロ行為に参画している容疑で悪名高いキューバの米軍施設、グアンダナモベイ収容所に移送されました。そこは、対テロ対策の名目で拷問や人権を侵害する尋問がなされていると、世界から非難された収容所です。Khadr is a Canadian citizen convicted for war crimes under the United States Military Commissions Act of 2009 (カハードルはカナダの市民権を持ち、2009年にアメリカの軍法に規定された戦争犯罪によって有罪とされた人物である) とウィキペディアには説明されているとおり、カハードルは実はカナダ人です。詳しくいえば、エジプト系カナダ人の子供で、両親は子供が西欧化することを嫌い、パキスタンで教育を受けさせました。その後、父親の影響もあり、アフガニスタンで反米活動に加わっていたところを拘束されたのです。

彼は拘束後拷問を受けたと証言。そして、グアンダナモベイ収容所でカナダの担当者の尋問を受けているときのおびえきった様子を撮影したビデオがリークされたことから、この少年のケースに人々が注目したのです。

そもそも、15歳という年齢は捕虜としては異常に低く、収容所でも最年少です。カナダでは少年の人権に対する重大な違法行為だと非難が巻き起こります。そして10年を経過した先月末、彼はやっとアメリカからカナダ側に引き渡されたのです。カナダ政府は苦肉の策として、本人を犯罪者として拘束、保釈の形をとって来年釈放するようですが、この方針にカハードルの母親や支援団体は猛反発です。

カナダの空港では、入国審査官の中にも中東系やインド・パキスタン系の人が勤務していることに気がつきます。ロンドンのヒースロー空港では、メッカの聖水を持った巡礼者 pilgrims が入国している風景に出会うことがありますが、彼らの国籍はほとんどイギリスです。経済的、政治的な事情で母国を離れる移民を受け入れ、国の中に新たな活力と多様な文化を織り込むことに、世界の主要国は人道的見地からも取り組んできました。中国やロシアはそうした政策からは遠くにある国ですが、その生い立ちから多様な宗教や人種を包含しています。日本とはほど遠い光景が世界の多くの国の常識なのです。
このカハードルのケースは、そこに人権問題、人種問題、少年法や捕虜の扱いを規定したジュネーブ条約などの国際法、少年兵を使ったテロ活動への課題も絡む複雑なケースです。国際社会ではこうしたケースが日々起こり、新聞の一面の記事となります。

米軍基地のあるグアンダナモベイはキューバにあり、キューバ政府がアメリカに返還を求めている場所。ここはアメリカの国内ではないために、アメリカの人権などを規定した法律が適応されないという恐ろしい口実で、イラクやアフガニスタンから捕虜が移送され、テロ容疑で厳しい取り調べを受け、長期間拘留され続けています。犯罪者ではなく捕虜であるために、通常の裁判を受ける権利もなく、一方的な取り調べが可能となっているのです。この収容所での拷問は、当時のブッシュ政権がテロ活動の実態をあばくために積極的に容認してきました。当初収容所の閉鎖に積極的だったオバマ大統領も、テロとの戦いが長引くにつれ、言を左右にするようになったのです。

カナダとアメリカ、そして中東の狭間で拘束された15歳の少年の悲劇。これが、移民社会ではごく身近な事件であるという現実を人々が意識し、そうした意識が、収容所のあり方、移民とテロの問題などへの対策の面で、大統領選挙後の国の政策にも影響を与えそうです。昔、アメリカでチベットの解放を求める活動が、アメリカ在住のチベット系難民によって、全米に広がったことがありました。それはアメリカ政府の中国への外交方針に今でも影響を与えています。同様に、中東系の移民のカナダやアメリカ政府への影響力も、世界情勢の推移を知る上では欠くことの出来ないファクターなのです。
今日は、日本では余り取り上げられない、しかし深刻な問題を提起する記事を紹介しました。

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