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「サイエンス」をめぐって対立するアメリカ社会

Tensions had already been mounting between the president and the high-profile scientists inside the federal government who are making recommendations over how to reopen the nation.

(大統領と政府に勤める科学者との間の対立は、経済活動をどう復活させてゆくかという議論をめぐって深刻になっている)
― ABC(American Broadcasting Company)放送 より

サイエンスに立脚して発展したアメリカの現在地

 最近ほど、アメリカで ‟Science”(科学)という言葉がニュースで取り上げられていることはありません。
 特に11月の大統領選挙に向けて、民主党陣営がこの言葉を使ってトランプ大統領を攻撃しています。
 事の発端はコロナ対策です。トランプ大統領がコロナウイルスの流行によって停滞する経済を立て直し、再選に向けて選挙を有利に展開しようとしていることに対して、民主党側は医学的な立証に基づく感染対策をとっていないと批判します。
 サイエンスの原理を無視し、アメリカ国民を危険に晒す暴挙だとして非難しているのです。同様の声は、政府内の専門家からも聞かれます。今回のヘッドラインはその様子を語っているわけです。
 
 元々アメリカは「サイエンスの国」といわれてきました。
 アメリカは、数多くの世界的な学術機関に支えられ、20世紀のサイエンスをリードする人材を輩出してきました。そして、そんな科学技術に支えられて、アメリカ経済が発展してきたことも事実です。
 ここで強調したいことは、この成功はアメリカ社会が歴史的にプロテスタントの価値観によって成長してきたことと、無関係ではないという事実です。
 

プロテスタントの信仰が生み出した合理的な資本主義

 元来プロテスタントは、教会の権威を強調してきたカトリックに対抗して生まれた宗派です。プロテスタントの人々は、教会の一方的な教義や権威の押し付けに反発し、個人の信仰心を大切にしようとするキリスト教徒の集団でした。
 プロテスタントの人々にとっての「教会」は、神の権威を厳かに伝える場所ではなく、同じ信仰心を持つ人々の「集会所」の役割を果たしてきたのです。
 そして、プロテスタントの人々は、信仰のあり方をめぐって様々な宗派に分かれながらも、常に個人が勤勉に働き、自らの責任で自らの生活を向上させることを肯定していました。
 そのためには、個人が自由に発想し、個人の判断で行動することをよしとする考え方が必要でした。この考え方は、水や空気といった自然の力をいかに利用して、より便利なものをつくり、経済活動を活発にできるかという発想に直結します。
 
 つまり、プロテスタントの人々は、科学を自らの経済活動の手段として利用することに極めて柔軟だったのです。
 これが資本主義の発展の土台となったのだと、社会学者として有名なマックス・ヴェーバー分析したことは、専門家の間ではよく知られた事実でした。つまりアメリカ人は、信仰と労働や蓄財との両立はごく当たり前のことだと考えたのです。一人一人が自らのアメリカン・ドリームを、個人の自由を享受しながら実現させることを夢見てきたのです。
 トランプ大統領は、そんなプロテスタント系の人々の中でも、今なお教会に集まり、アメリカの原点的な価値観を信奉する人々に支持され、前回の大統領選挙で勝利したのです。
 

グローバリゼーションに伴う価値観の多様化、そして対立

 しかし、経済が発展し、それがグローバルな規模に成長したとき、アメリカ社会は大きく変化しました。
 アメリカ国内でもグローバル化が進む中で、プロテスタントとしての勤勉の精神は抱きながらも、昔ながらの信仰からは離脱し、より世界の多様な文化や価値観を受け入れようとする人々が増えてきたのです。
 さらにそうした人々の考え方に、豊かな経済に吸い寄せられて海外から集まる新たな移民の層が融合します。彼らはアジアや南米、さらにヨーロッパやアフリカなどから、プロテスタントの人々とは全く異なる価値観や宗教観をもってアメリカに上陸します。
 多様な文化を受け入れようとする人々は、こうした世の中の現実に対応します。特に、都市部の人々の社会観が急速に変化したのです。彼らは宗教に囚われず、科学的な目で物事を判断し、多様な人々の価値観にも柔軟です。
 しかし、この変化についていけず、戸惑う人々も多くいました。そんな社会的な変化を受け入れられない人々が、トランプ政権の支持母体だったのです。
 
 そして、この意識の対立が、ついに「信仰とサイエンスの対立」という図式に置き換えられてしまいます。元々サイエンスに対して受容性の高かったアメリカ社会が、古典的なプロテスタントとしての信仰を重んじる人々と、社会の新しい変化を受け入れて多様な地域社会を作ってゆこうとする人々とに分断されてしまいます。そして、お互いがかたくなに相手を排除し始めたのです。
 

宗教とサイエンス、価値観の異なる人々は共存していけるのか

 そこに、コロナウイルスが蔓延しました。
 その結果、海外から見ると滑稽とも思われる論争へと人々が駆り立てられたのです。
 例えば、トランプ大統領を支持する人の多くは、人前でマスクをするかどうかは、プロテスタント的な発想の原点ともいえる個々人の自由であると主張し、大統領も屋内のいわゆる「3密状態」での選挙運動を繰り広げます。
 それに対して、民主党はマスクをすることを、科学的な根拠に基づいた常識であると強く反発するのです。
 さらに、トランプ大統領を支持する人々は、その価値観や信仰を維持するために、元来彼らが抱いていたサイエンスとの絆を断ち切ろうとしているようにも見えてきます。そこには、宗教とサイエンスとが共存できるのかという、究極な課題をつきつけられたアメリカの現実が見えてきます。
 
 元々、トランプ大統領は「アメリカファースト」のスローガンのもと、アメリカ寄りの経済政策を優先させてきました。例えば、地球温暖化についてもパリ協定から脱退するなど、物議をかもす政策を先行させてきました。
 そして今、アメリカの西海岸は、熱暑により過去最悪の山火事に見舞われています。火事はカリフォルニア州に始まり、今ではオレゴン州、そしてワシントン州へと拡大しています。
 こうした出来事も、地球温暖化という科学的な発想を無視した政府の政策と無関係ではないと、多くの人が批判しているわけです。
 
 サイエンスとアメリカの価値とが対立するという、今までにはないこの現象は、こうした人々の分断が生み出した悲しい結果といえるのです。
 

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今回の記事に関連したインタビュー動画をYouTubeにアップしています。
コロナ禍のアメリカ社会のあり方について、ボストンから現状を語ってくれています。
https://youtu.be/O1bBdW60CuI
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