“A payment is the trade of value from one party to another for goods, or services, or to fulfill a legal obligation.”
(「Payment」は一方から他方への商品やサービス、法的な義務を遂行することを意味した言葉である。)
Wikipediaより
Paymentという単語の意味はといえば、殆どの人が「支払い」と答えるはずです。もちろん動詞は「pay」となります。しかし、英語頭でこの単語の意味するところを掘り下げて考えると、それが人と人との契約に基づいてお互いになさなければならない全ての「縛り」を意味する言葉であることがわかってきます。
Paymentは、単に金銭的な支払いを意味するものではないのです。例えば、社会がそこに帰属する人間の最大公約数の幸福と安全、そして権利を担保するために、法律を設定します。その法律を維持するためのバランス balanceが、このpaymentの意味と深くつながるのです。つまり、paymentは契約上のbalanceが傾いたときに発生する「負債」のことなのです。
そこで、このBalanceという単語についても考えてみます。この単語が直截に物語るイメージは「天秤」です。天秤は、二つの皿に同じ重量の分銅をおいたときに、均衡を保ちます。従って、AがBにお金を貸したとき、そのbalanceを保つためには、Bはその負債を返済しなければなりません。このことから「今のbalanceはどうなっているのか」と債務者が債権者に問い合わせるとき、このbalanceという単語は、負債残高を示す言葉として使用されているのです。法律は、このbalanceが均衡を保っているかどうかを示す尺度でもあります。このことから、アメリカなどで裁判所のシンボルとして、正義を象徴する女神が天秤を持ったイメージが使用されているのです。
わかりやすく解説すれば、paymentはこの法律に従ったありとあらゆる「負債」の支払いのことを意味しているのです。このことから、犯罪行為によって法を破った者は、その負債を支払って、天秤を元に戻さなければなりません。実際にpaymentは刑罰に処せられる者に対して、その人物が負わなければならない量刑を受けるときにも使用される単語なのです。
このbalanceとpaymentとの関係は、古代ギリシャから現代に至るまで、西欧社会では常に議論されてきた概念です。以前は、宗教的な掟を破った者が、来世で正義の女神の天秤にのせられ、それが負の方向に傾いたとき、死者は地獄に送られるものと信じられてきました。この発想が、宗教と身分制度との束縛がなくなったとき、そのまま平等な人と人との契約の発想へと置き換えられていったのです。すなわち、近代になって、欧米で革命や市民運動を通して、身分制度が打破されてきたとき、このbalanceとpaymentとは、「法の下での平等」という考え方とリンクするようになったのです。こうして、あらゆる人がbalanceを保つために、paymentを意識するようになったことが、近代社会の育成に大きな影響を与えてきたのです。
もちろん、日本にも罪と量刑との関係は刑法で定められています。民法でも債権と債務との関係は定められています。しかし、日本をはじめアジアの多くの社会では、このbalanceとpaymentとの関係を社会全体で考え、法律をつくってゆこうという発想はありませんでした。それはあくまでも「お上」が定めるもので、一般の人々はそれを遵守するだけというのが、欧米に追いつくことだけを重要視したアジアの近代化の歴史でした。欧米とアジア社会のどちらが良くどちらが劣っているのかということではありません。そこには文化背景、歴史的背景の違いがあるのです。
実際、欧米の有権者は雄弁です。自らの支払った税金の使い道を常に見つめ、そこに疑問があれば即座に声をあげ、抗議します。それに対して上下関係 hierarchyを基本とした社会のままに近代化してきた日本では、今でも相手の立場、さらに地位、時には「場」や「空気」まで考えて、自らの言葉を選びます。一方、欧米、特にアメリカ社会では、上下関係を社会の秩序と考える発想そのものが消滅しているのです。そして、そんな彼らの社会秩序を維持するための仕組みの原点としてbalanceとpaymentの発想があるわけです。
先日オウム真理教の被告への死刑が全て執行されたニュースを、私はロサンゼルスで聞きました。そのとき、アメリカの友人が言った言葉が印象的でした。「彼らは自分たちのやったことのpaymentをしたのさ。しかし、これは難しいよね。死刑に反対して終身刑を導入したとして、彼らの食費など刑務所での費用は、我々の税金から支払われている。Tax payer’s moneyを使っているわけだから、一概に死刑制度に反対とはいえないよ」いかにもアメリカ人らしい発想です。すると、別の友人が人権という発想からみて、死刑制度はやはりおかしいと主張し、その二人の間でデベート(論争)がはじまりました。実は、その二人は同じ会社の上司と部下なのです。しかし、二人とも自分の意見をしっかりと主張し、ついには、お前はどう思うんだと私の意見を聞いてきます。
こうした議論や討論が会社などでの上下関係とは関係なく、自由に行えるのがbalanceとpaymentによる契約社会で平等に育ってきたアメリカ社会の特徴といえましょう。
文化の違いを知ることが、英語の単語の意味を理解する上でもどれだけ大切なことかを、このbalanceとpaymentという言葉の意味に接した時、改めて実感できるのです。
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『日英対訳 アメリカQ&A』山久瀬洋二 (著)IBCパブリッシング刊地域ごとに文化的背景も人種分布も政治的思想も宗教感も違う、複雑な国アメリカ。アメリカ人の精神と社会システムが見えてくる!