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日本が「大国の興亡」の轍を踏まない方法とは

1) The United States would not get involved in European affairs.
2) The United States would not interfere with existing European colonies in the Western Hemisphere.

1)アメリカはヨーロッパの情勢には関与しない。
2)アメリカは西半球における植民地に対して何も干渉しない。
― モンロー宣言(一部)より

先の読めない不安で自信を失くしていたイギリスとアメリカ

 日本で政権が変わろうとしています。
 今、世界は日本をどう見ているのでしょう。存在感が日々薄れてゆく日没の国と思っている人も多いのでは、と危惧してしまいます。
 
 ここで、長年にわたり大手出版社の国際営業部門のトップとして活躍していた、あるイギリス人が私に話してくれた言葉を紹介しましょう。

「1960年代から80年代にかけて、イギリスは凋落した大国の烙印を押されていたね。人々は『イギリス病』という言葉で、植民地を失い、重工業も錆びついてしまい、治癒のできない重病人になってしまったイギリスのことを笑っていたよ」
 
 彼は、そんなイギリスがその後、見事に復活してきたことについても面白いコメントをしてくれました。

「よくイギリス病は、サッチャー政権時の大胆な経済政策と、北海油田などによる経済の復活によって癒されてきたと言われているけどね。でも、そもそもイギリス病なんてあったんだろうか。幻想だったような気がする。むしろ、問題は心の持ちかたじゃないかな。あの頃、イギリス人は自分たちがイギリス病にかかっていると思い込み、自信を失っていた。そんな曇った空のような雰囲気が社会に蔓延していただけだったような気がするね」
 
 同じ質問をあるアメリカ人にしてみました。
 1970年代、アメリカはベトナム戦争の後の挫折感に社会が蝕まれ、都市部の犯罪は増加し、80年代になるとアメリカの繁栄の看板となっていた自動車産業も経営難に陥っていました。

「あの頃、ニューヨークでは毎年1万人以上が殺人事件の被害に遭っていた。多くの都市の中心部は荒廃して、夕方以降の一人歩きはとても危険だった。だから、お金のある人は郊外に住み、そこにあるショッピングモールで買い物をした。錆びついた大企業に希望はなく、いつか自動車産業は日本やドイツの企業に買収されてしまうんじゃないかと思っていたね。でも、改めて考えると、アメリカは本当に行き詰まっていたんだろうかって思っている。アメリカ人は自信を失ってはいたが、基本的に未来志向でそんな夢を追いかけるスピリットが萎えていたわけではない。次の時代が読めなくて戸惑っていた、という方が正しいのかもしれない」
 

ベストセラー著者が説く「世界の警察官」の凋落と末路

 私は、イギリスとアメリカの友人の似たコメントを聞きながら、あの頃流行った書籍のことを思い出していました。それは『大国の興亡』という当時のベストセラーで、著者は当時イェール大学で教鞭をとっていたイギリス人の学者、ポール・ケネディという人でした。
 
 彼のコメントの中で気になることがありました。それは、大国が凋落する要因の一つが、戦争と軍事にあるということです。
 イギリスが繁栄を始めた頃、ヨーロッパ大陸は常に戦争の渦に巻き込まれていました。そんなフランスやドイツなどの実情とは異なり、島国のイギリスでは、産業革命が順調に推移して経済的にも大きく成長できたのです。しかし、イギリスも二つの世界大戦でヨーロッパ全体が戦災に巻き込まれ、アメリカに覇権の地位を譲ることになったわけです。
 
 一方、アメリカは地勢的にもヨーロッパやアジアから離れています。しかも、アメリカに渡ってきた人々は旧大陸の戦争や抑圧から逃れてきました。
 ですから、アメリカ人には世界のごたごたからは距離を置きたいという孤立主義が常に根づいています。その象徴が、今回冒頭に紹介した、第5代大統領のジェームズ・モンローが1823年に示した「モンロー宣言」です。そして、この孤立主義によって、19世紀から20世紀初頭にアメリカは奇跡的な経済発展を遂げて超大国に成長したのです。
 
 しかし、その後のアメリカは、その経済力によって国際社会に積極的に関わってゆき、ついには「世界の警察官」と皮肉をもって指摘されるまでになったのです。
 そんなアメリカがベトナム戦争でつまずいた過去を忘れ、積極的に介入したのが中東情勢、特にアフガニスタンでした。しかし、それは苦い失敗に終わります。ですから、20年戦争というアフガニスタンでの戦いは、そんなアメリカに元々あった孤立主義への願望を、再び呼び覚ましたのです。
 
 ポール・ケネディは、世界と関わりすぎたアメリカが、次第に経済復興を遂げたアジアのパワーにその地位を奪われるのではないかと予測しました。日本はそんな勝ち馬になりかけました。しかし今、世界が注目しているのは、日本を抜いて超大国に成長した中国です。
 実は、中国が成長できたのは、アメリカの巨大な消費力に負うところが大きいのです。1990年代から2000年代初頭に、アメリカは中国に投資を繰り返し、中国を「世界の工場」へと変貌させました。日本もアメリカに追随するかのように中国への投資を加熱させました。ここで流れた資産や資金が今の中国をつくったわけです。
 

「日本病」の幻想に惑わされない未来をつくってゆくために

 ここで、日本を見てみましょう。
 今、日本の政治家の多くは、口を開けば中国の脅威を指摘します。そして、人によっては、東シナ海の安全のためにもっと防衛予算を増やすべきだと主張します。
 
 先ほどの、イギリス人のコメントを思い出してください。「イギリス病の原因は、むしろイギリス人が自信を失ったことにあったのだ」ということを。
 当時、イギリスは確かに経済的な課題を抱えていました。労働組合などの台頭によって社会保障費が予算を圧迫していたのです。それは、今の日本が高齢化社会を迎えて、年金や介護などの支出が増えてきている状況と似ています。
 しかし、そんな財政難や経済力の相対的な凋落が国民の不安を煽っていることを、冷静に見つめなければならないのです。本当に日本は凋落しているのだろうかと。
 
 気をつけなければならないのは、その不安によって日本がナショナリズムに傾斜し、国家としての「筋トレ」にはしることです。防衛費の増額と、世界の警察官であったアメリカの役割の一部を担うことで、何の保証もない「安心感」という麻薬中毒に陥ることが、ポール・ケネディのいう「大国の興亡」のレールに日本を乗せてしまうのではないでしょうか。
 
 イギリスの復活は、明らかに世界中からの移民を受け入れ、伝統に固執してきたイギリス社会そのものの体質を大きく変えていったことに起因しています。イギリスは、今でもイギリスらしい文化を維持しながら、その担い手はいわゆるアングロ=サクソン系の人だけではなく、多様な人種に託されています。
 アメリカは孤立主義に戻るか、あるいはこのまま格差人種対立による分断によって社会が混乱するか、まだ予測が難しい状況です。しかし、確実に言えるのは、金融と未来型産業の現場では世界中からの移民が活躍し、アメリカ経済を活性化させている事実があるということです。
 
 政権の交代がすぐに日本を変化させるとは思えません。
 ただ、不安や凋落の幻想から生まれる劣等感が偏狭なナショナリズムに変化したとき、アメリカのように多様な社会基盤のない日本は、大きな地盤沈下へと傾斜する可能性があることだけは警告しておきたいと思います。
 そもそもイギリス病はあったのかとコメントした友人と同じように、「日本病」をナショナリズムで否定するのではなく、経済の多様化と世界とのネットワークによって、それが幻想であったと言い切れるように、未来をつくってゆきたいものです。
 

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『日本語ナビで読む洋書 What is Global Leadership?』山久瀬 洋二(ナビゲーター)/アーネスト・ガンドリング、テリー・ホーガン、カレン・チヴィトヴィッチ(原著者)日本語ナビで読む洋書 What is Global Leadership?
山久瀬 洋二(ナビゲーター)/アーネスト・ガンドリング、テリー・ホーガン、カレン・チヴィトヴィッチ(原著者)
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