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日本人が見落としがちなスノーデン事件の一つの盲点

【海外ニュース】

Snowden Case Has Cold War Aftertaste
(New York Times より)

スノーデンのケースは冷戦時代の残滓を引きずる

【ニュース解説】

Snowden 氏の機密漏洩事件が発覚したとき、それがオバマ政権の根幹を揺るがしかねないリスクとなる可能性があると、この紙面で3週間前に私は解説しました。今や、彼が漏洩したアメリカの諜報活動の実態は、諜報活動が同盟国 allied nations にも及んでいたという事実など、様々な外交摩擦 international friction にまで拡大しています。

そんな緊迫した状況の中で、この記事の解説はユニークです。ここでは、Snowden 氏の送還 extradition 要求を拒むロシアには、旧ソ連時代などに彼らのスパイがアメリカ側に寝返った defected ときなどに、ソ連の送還要求に応じてこなかったアメリカへの対抗意識があり、冷戦時代の諜報戦の残滓 aftertaste が亡霊のように彼らの行動をかたくなにしていると解説しているのです。

Not exclusively because of the cold war, but in part also because of national psyche and culture, these two sides are like Ninja masters who have taken up a new profession. It’s like Mr. Miyagi at the cash register, and when a fly comes by they reach up and grab it.
「一概に全てが冷戦のせいではないものの、国家の強迫観念と冷戦で培われた文化が双方にとって新たな忍者物語を創造しているのです。ミヤギ氏がキャッシュレジスターに立っていて、蠅が飛んでくるとそれをさっとつかみ取るようなものなのです」

同紙でこうコメントしたのは、カーネギー財団に属するロシアの専門家。ここでいうミヤギとは、映画「カラテキッド」に登場する空手の師匠ミヤギのことでしょう。彼はミヤギ氏を忍者と誤って語ったのだと思います。
ロシアとしては、蠅のように舞い込んできた Snowden 氏をなんとか活用したいのですが、妙案がないままアメリカには頑な態度をとっているというわけです。

では、今回特に問題になっているアメリカ市民への諜報活動の背景には何があるのでしょうか。Snowden 氏が語る極東での中国や北朝鮮への諜報活動について考えたとき、私は昔中国で出会った一人の人物のことを思い出しました。
その人の名前は李さん。物語は、長白山 (白頭山) という古来中国と朝鮮半島を分けてきた山の北部、中国は吉林省にある延吉という都市に住む彼の家族の話です。
彼らは朝鮮族。この地域はハングルの看板が多く、中国にありながら朝鮮系の人々が人口の多くを占めています。
李さんの姉で李家の長女は、東京の御徒町にある焼肉屋で店長を勤めています。彼女は韓国語、日本語、そして中国語が堪能。
そんな彼女が、ある日母親から電話をもらいました。母親は、北朝鮮に住む親戚の結婚式に招待された話を娘にします。結婚式に先立って、北朝鮮の親戚からは延吉から持ってきてもらいたいお土産のリストが届きます。その一つが日本製品だったのです。彼女は、トランクと背中のリュック一杯お土産を詰め込んで北朝鮮に入国。物資の少ない北朝鮮に住む親戚は、それを心待ちにしていたのです。
彼女は結婚式に出席し、持ち込んだものは何もかも親戚にわたし、身一つで帰国。そして彼女から北朝鮮の人々は、世界の情報も仕入れます。
李一族は、北朝鮮にも韓国にも親戚があり、東京に暮らす長女は時々ソウルの親戚を訪ねます。ですから、母親は日本や韓国、さらには世界の話を北朝鮮の親戚に伝えることができるのです。

吉林省の朝鮮族が果たす役割は様々です。
時には、韓国から朝鮮戦争での離散家族の消息に対する問い合わせが吉林省の朝鮮族に届きます。するとこの李一族のような連携プレイで、北朝鮮内部に拡散した家族の情報が収集されるのです。
もちろん、離散家族の消息だけではなく、北朝鮮の内情も伝わります。その情報が、海外のメディアなどに秘密の映像や取材情報として流れてゆきます。アメリカのみならず、世界の諜報機関が傍受する情報源として、この地域がいかに重要かわかってきます。

これと同じような現象は、パレスチナでイスラエルなどに分断された人々が集まるヨルダンや、アフガニスタンでのタリバン政権時に避難民が集まったパキスタン北部など、世界の要所要所にみることができます。
国際社会が複雑になればなるほど、それぞれの国境周辺での非公式な交流こそが、人々にとっての重要な情報伝達の場になっているのです。テロ活動などの真相を傍受するためには、こうした地域での通信や、さらにはこうした地域と海外とのコミュニケーションをしっかりと分析する必要があるのです。
従って、アメリカ政府が、自国内に居住するこうした地域と関係した人々の通話などを傍受する必要性を意識していることは、容易に頷けます。それは、海を隔ててはいるものの、アメリカこそが、これらの国境での利害にはじかれた難民 refugees を積極的に移民として受け入れてきたからなのです。

さらに、歴史的に国際政治の利害に翻弄された末に現在の状況に安定したヨーロッパの人々の多くは、あの李一族の長女のように、国境をまたぎながら生計をたて、数カ国語を堪能に操ります。
そして、今ではヨーロッパ自体が中東からの移民の受け皿となり、様々な情報源がそこに交錯しているのです。従って、アメリカの諜報活動は、ヨーロッパに居住する市民のプライバシーへも浸食していったはずです。
世界で行われる諜報活動とは、正にこのように多民族が複雑に交錯した環境の中でなされるもので、単にアメリカの中でアメリカ人のプライバシーを侵害したという方程式だけでは成り立たないもの。それは、移民や難民を常にはじきだし、そうした市井の情報を軽視してきた日本という国の、諜報戦に関するアキレス腱でもあるのです。
なぜなら、国家レベルの諜報は、テロ活動や軍事機密だけを対象としているわけではないのです。アメリカが同盟国の諜報をしていることが問題となっていますが、それは政治的には同盟国でも経済、産業の上では競争相手となる国々への諜報活動が必要だからに他なりません。経済情報、産業情報は、テロ活動や軍事機密と同等に重要な国家の利害に関わる情報なのです。ですから、日本の諜報活動の弱点は、そのまま日本の経済産業活動の弱点へとつながりうるということを、我々は知っておくべきなのです。

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