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日本企業の「グローバルな人材育成」、その理想と現実

「私は高校のときからアメリカに留学し、大学卒業後に日本に戻ってきました。向こうでの経験を活かして、日本の企業で役立てたかったのです」

ある人の紹介でその人からの相談を受けたのは、今年の初夏の頃でした。

「でも、日本で就職したのに、すぐにその会社を辞めたんですね」

「ええ8ヶ月後にね。がっかりでした。就職しても英語の便利屋さんのように使われただけで、まったく大学で培ってきた技術とは無関係の仕事をさせられました。就職後の研修も集団生活を強いられて耐えられなかった。しかも、そのあと配属されたところの上司の指導方法にも納得がいかなくて」

彼女のようなケースは実は意外と多いのです。
これは、外国に留学した人だけでなく、Global に活躍する人材を育成しようとしている日本の大学の卒業生、そしてもちろん海外から日本企業に就職した人にもあてはまる深刻な問題なのです。

「日本の企業環境にあわなかったわけですね」

「全ての会社がそうではないかも知れません。でも私の就職した会社は問題でした。グローバルな人材を育てると会社の人事 Human Resource の人は言っていましたが、結局彼らは伝統的な日本の社員教育やシステムを押し付けているにすぎなかったんです」

「よく、日本では石の上にも3年といって、例え即座に理解できなくても、じっと我慢していれば、様々なことを学ぶことができるという考え方がありますが、あなたは半年少々で会社を辞めてしまいましたね」

その人は、私が「石の上にも3年」と言った瞬間にクスッと笑い、即座にきっぱりと「それって私にとっては時間の無駄」と答えました。

「私はとてもそんな長い時間をかけて会社に慣れようとは思いません。だって、会社が私の技能を理解してくれないのに、私がいくら会社のことを学ぼうとしても無駄ですよね」

「日本の企業は、大学を出た人材を一度再教育し、会社の目的に会った人材に育てようとしますね。でも、多くの国の人たちは、自らのキャリアと会社のニーズが合致し、そこからキャリアパス Career path がしっかりと見えてこないと満足しません。そこに人材育成 human resource development についての大きな誤解がうまれるのです」

「そう。自分が今後どのようにプロとしての道を歩んでゆくかという目標と、会社がそうした自分をしっかりと会社のスペックに合った人材として起用しているかどうかが大切なのに、それがみえてこなかった。だから、これからは外資系の企業で自分に合ったところを探してみようかと思っているんです」

今、彼女は最初に就職した日本の企業にとっては競合相手にあたる外資系企業での就職を目指し「就活」中です。
Career path とは、人が自分の技能を伸ばしてゆく道筋を示す言葉です。それは、会社が雇用した人材に、その会社でどのようにしてキャリアを育ててゆくことができるかを示し、個人のニーズと会社のニーズが合致してはじめて活かされる概念です。また、多くの海外の企業では、上司はそうして仲間になった部下に、常にその Career path に沿った指導や助言、さらには評価をしてゆくことが期待されます。

「やれやれ。アメリカで教育を受けて、今の日本で役立てようと思ったのに。これじゃあ、私のやってきたことを活かせる場はこの国にはないかもしれない」

「あなたは会社があなたの英語力にのみ注目したことも嫌だったんでしょ」

「そうそう。私は英語屋さんではない。所属した部の部長さんなんて、私に彼の書いたメールをちゃんとした英語にしてという指示しかくれないんです。英語力をもってお役に立てるのは嬉しいけど、そのときだけ私が特別に扱われるのがいや。私は確かに新人。でも、新人なら尚更、もっとしっかりと仕事の上でのフィードバック Feedback をもらって、自分が今どのように役立っていて、何を改善しなければならないか、具体的な指導をもらいたいの。ただ、これやっといてっていわれ仕事を机の上に置かれ、それを成し遂げたときにも、誤字なんかがあったらそこを指摘され、やり直しって言われるだけ。私の求めるプロとしての指導がないんです」

「確かに、日本人のフィードバックには具体性がないですね。元々上司の背中をみて技術を学べというビジネス文化のある国ですから、欧米のように、良いところを褒めて、改善点を具体的に促すという指導方法を知っている人は余り多くありません」

「でも、そんな環境の中で揉まれるのは大変。もっとアカンタビリティ Accountability という意識を持って人を育ててもらわないと、日本の企業では海外で育った人材や海外からの才能は活かせないってことになってしまう」

彼女はそう言ってため息をつきました。

確かに日本の企業は人を雇用するとき、その企業にとってのジェネラリスト的な素養の育成を期待するあまり、その人が業務の中で具体的にどう責任を果たし、それに対してどのような評価や報酬があるかを明快にする Accountability という発想が不足しています。
だから、Accountability を強く意識する海外の人、または海外で教育を受けた人は、日本の企業にいると、自らの置かれている立場や期待されているものが見えなくなって、不安や不満を持ちかねないのです。

日本での国際人の育成という課題の向こうには、こうしたビジネス文化の違いを克服していかに海外の人や海外で育った人がモチベーションを持って企業に貢献できる環境を造ってゆくかという大きな課題があるのです。

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