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日本まで巻き込むタリバン情勢の本質とは

US drafts airlines to support Afghan evacuation. UK Prime minister Boris Johnson has said he will bring G7 leaders together for urgent talks on the situation in Afghanistan on Tuesday.

(アメリカはアフガンからの人員退去のための航空機を航空会社から調達。イギリスのボリス・ジョンソン首相は、アフガン情勢についてG7緊急会議を火曜日に招集)
― BBC より

タリバンのアフガン制圧がもたらす動揺とアメリカの誤算

 タリバンカブール制圧のニュースが世界に衝撃を与え、すでに様々な報道がなされている中で、中国、アメリカ、インドなどの知人の話を聞きながら、どういった方向から解説をすればよいかと考えてみました。
 
 今回のイスラム勢力の勝利によって、戸惑うアジアの大国が二つあります。
 一つは、イスラム教徒の多いウイグル人の人権を蹂躙していると、世界から批判を受けている中国です。
 中国とアフガニスタンとは国境を接し、中国の強硬な漢化政策に抵抗していたウイグル人の一部は、アフガニスタンを経由してイスラム過激派と合流していました。ウイグル人の抵抗と西側諸国の批判との板挟みに悩む中国にとっては、アフガニスタンがイスラム色一色に塗り替えられることには抵抗がある一方で、タリバンがアメリカ寄りの政権を崩壊させたのはありがたいことです。中央アジアへの覇権拡大に絶好のチャンスとなるからです。ですから、中国は不安と好機の二つの矛盾した方程式を抱えつつ、極めて政治的にこの問題に対応します。王毅外相がいち早くタリバンの指導者と面会した背景はそこにあります。
 
 もう一つの国はインドです。
 中国ともパキスタンとも国境問題を抱え、パキスタンの中にはヒンドゥー教国家ともいえるインドに敵対的なイスラム過激派が潜伏しているため、今回のアフガニスタンの変化は、インドにとって直接の軍事的脅威となっています。
 そして、アフガニスタンがこうも早くタリバンに席巻されるとは、アメリカもヨーロッパの主要国も予測していませんでした。これはアメリカの大きな誤算でした。しかし、冷静に考えれば、それは予測できたはずです。
 
 ある中国人の友人が、タリバンの行動は戦前の毛沢東の戦略にそっくりだったと述懐しています。国民党と激烈な戦闘を続けた後、対日戦争にも加わった毛沢東は、その活動拠点を決して都市部に置きませんでした。毛沢東は農村で地主を攻撃し、奪った土地を小作農に分け与えることで、広大な農村で影響力を拡大させたのです。地主をはじめとした富裕層を弾圧することで、教育を受ける機会をもたなかった農民の盲目的な支持を取りつけたわけです。その結果、世論操作が容易になりました。この盲目的な支持によって、毛沢東率いる共産党軍は勢力を蓄えたのです。
 
 タリバンの行動もよく似ています。都市部ではなく農村で富を分配し、政府軍の中からも投降する農村出身の兵士を受け入れました。これによってタリバンは兵士だけではなく、アメリカ軍の最新式の兵器まで獲得したのです。確かに「農村から都市へ」という毛沢東のスローガンと酷似した戦略だったのです。
 アメリカは都市部を抑えることでアフガニスタンを統治できると楽観していたわけです。都市部には富裕層が資産を持ち、そこには教育を受けた人々も集まっています。彼らと交流し、彼らの支持を得たことで、アフガニスタンはアメリカの望む民主国家となるはずだと楽観していたのです。
 

失策による世界からの求心力低下を危惧するアメリカ

 もう一つ、アメリカには誤算がありました。それは70年以上にわたる誤算の集積でした。
 第二次世界大戦で日本を屈服させ占領したとき、アメリカは日本を東アジアの拠点として自らの影響下に置くため、徹底した民主化を実践しました。軍部を排除して新しい憲法をつくり、日本は軍国主義国家から民主主義国家へと変貌し、見事にアメリカ傘下の物言わぬ優等生となりました。アメリカが行った中で最も成功した投資が、日本の占領だったのです。
 しかし、このモデルをベトナムでもイラクでも応用しようとしたとき、見事に失敗します。そして今回、アフガニスタンでも20年にわたる投資が無駄になったのです。
 
 日本の場合は戦災を受けていたとはいえ、国の中にすでに活用可能な様々なインフラや科学技術、何よりも識字率の高い国民がいました。かつ、地上戦のほとんどは日本本土の外で行われ、国内は空爆のみで壊滅していました。他国の本拠地に侵入しゲリラ戦に苦しんだのは、実は中国に進攻していた日本軍だったのです。
 ですから、日本での民主化モデルの成功体験から離れられなかったアメリカは、結果としてベトナムでも中東や中央アジアでも同じことを試みたものの、日本とはまったく違う環境の中で人々の抵抗に遭い、それを利用した宗教指導者などに苦しめられました。国家内での格差が生み出す恨みや、それを利用するポピュリズムの求心力を過小評価していたのです。
 これは、今後の世界情勢を見る上でも重要な課題です。そうしたアメリカの後退の結果、インドの知人は、これでミャンマーでもアフガニスタンでも中国が幅をきかせるようになり、インドの安全も脅かされるようになると、ぼやいていました。
 
 アフガニスタンの陥落は、2001年の同時多発テロをアメリカが受けた直後の、ブッシュ政権での政策ミスに遠因があります。ネオコン(新保守主義)といわれた新しい保守派の人々に押されて、ブッシュ政権はアメリカの権益を拡大しようと、アフガニスタンとイラクの双方に侵攻しました。これが泥沼の抵抗に遭い、ISなどによるテロ行為の拡大にもつながったのです。
 そしてバイデン政権は、それまでの共和党政権がとっていたアメリカ中心の単独行動主義の政策から、ヨーロッパや日本などと連携した国際協調によって外交問題の解決に挑む政策へと転換しました。アフガニスタンの陥落は、そうした方向転換を始めた矢先に起きた大問題だったのです。
 
 ヨーロッパ主要国は、アメリカの度重なる外交政策の変化に翻弄され、同盟国のイギリスですら不満をあらわにしています。彼らも必然的にアフガニスタン陥落への代償を支払わされているのです。
 特に反発したのが、ヨーロッパと微妙な関係にあるトルコです。トルコは、アメリカの中東政策の失敗による難民を抱えています。アフガニスタンからもすでに多くの難民が住みついています。「欧米が行った過ちの後始末を引き受けるのはまっぴらだ」というのが、現在のトルコの指導者であるエルドアン大統領のスタンスです。
 
 こうした国際関係のひび割れのすき間に、中国やロシアの影響が及びつつあるのも事実です。これが、アメリカにとって、長期的な視野に立った危機感につながります。
あるアメリカ軍の幹部は、中央アジアから中東にかけてのプレゼンスを失いつつあるアメリカを見て、中国の覇権拡張の脅威にさらされる台湾や日本が、やがてアメリカのみに依存する危険性を察知するのではないかと語っています。
 その結果、日本や台湾のみならず、アジアの多くの国が独自に軍備拡張を進め、地域が不安定になるだけでなく、アメリカそのものの求心力が失われることを危惧しているのです。これは、世界市民すべてが抱く不安定への脅威につながります。
 

揺れる国際情勢に日本はどのようにアプローチするのか

 タリバンによるアフガニスタン制圧は、こうした様々な憶測や脅威を世界に拡散させたのです。タリバンもそれを知りつつ、統治を安定させるために、自らは以前のイスラム過激派の集団ではないと強調しています。しかし、女性の権利も認めるとは言いながら、それは「イスラム法の原則の中で」という条件をはっきりと記者会見で表明し、アメリカへの協力者に危害は加えないと言いながら、支配地域ではすでに旧勢力への迫害が進んでいるという報道も飛び交います。タリバンが政治のプロとしてどう国際社会とつながってゆくかを見極めるのは、時期尚早なのです。
 
 さらにISとタリバンの連携が、欧米の脅威になるのではないかという人もいます。しかし、タリバンの中にも急進派や穏健派など様々な分派がいて、一枚岩ではありません。中国のウイグル族とどう連携するかも課題です。歴史を振り返ると、革命は常に権力の新たな内部抗争を生み、左右に揺れながら落ち着くまで相当の時間を要することが見えてきます。
 そして、こうした国際政治の思惑が交錯する中での政変において、常に犠牲になるのは、ささやかな幸福を踏みにじられる庶民であることも、歴史が証明しています。
 
 加えて、今回のヘッドラインのように、主要国がどのようにこの問題に対処するか、世界が見つめています。日本がこうした国際問題の中で、難民の保護や受け入れにおいて主体的な役割を演じない場合、それは世界各国の日本に対する信頼の欠如が恒常化することにつながります。
 タリバンの台頭がもたらすインパクトは、地震の波形のように、遠く離れた日本の我々の実生活にも、国際間の思惑や確執、さらには経済変動などの様々な波形となって影響を与え始めることは間違いないはずです。
 
 歴史に学びながら未来を予測することがいかに重要なことかを、タリバンによる政変は我々に語ってくれているのです。
 

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『日英対訳で読むサン=テグジュペリ・ストーリー サンテックスによろしく』西海 コエン (著)日英対訳で読むサン=テグジュペリ・ストーリー サンテックスによろしく』西海 コエン (著)
空を愛した『星の王子さま』の著者サン=テグジュペリの物語
1943年にアメリカで出版されて以来、200以上の国と地域の言葉に翻訳され、現在も世界中で愛される『星の王子さま』。その著者アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリは、祖国フランスをヒトラーに占領された後、ニューヨークであたかも遺書のように『星の王子さま』を書き上げた。 彼の愛する飛行機は、冒険の道具から兵士を殺傷する兵器となり、彼自身も偵察機の操縦士となる。そして、最後はドイツ軍の戦闘機に撃墜され、その生涯を終えた。非常識だが憎めない彼のパイロットとしての生涯は、彼の作品とみごとに重なり、複雑な21世紀を生きる我々にささやかな勇気を与えてくれる。そんな彼の物語を日英対訳で楽しめる一冊。

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