【海外ニュース】
“We don’t have religious tests to our compassion,” Obama add, warning U.S. politicians not to “feed that dark impulse inside of us.”
(NBC より)オバマは、「我々の良心は宗教的にテストされるものではない。我々の心の中にある暗い衝動を刺激するべきではない」とアメリカの政治家に警告した
【ニュース解説】
今年は、アメリカ大統領選挙の年です。
この記事は、保守党である共和党の中にくすぶるキリスト教至上主義への警鐘としてオバマ大統領が行ったスピーチの一部です。
彼は、ISIS へのアメリカのスタンス、そしてロシアや中国に対する外交政策などで後手に回っていることを批判されてきました。それだけに、右傾化するアメリカに対して、本来のアメリカの価値観とはどういうものであるべきかを、時には大衆に訴えます。
多くの人が指摘するように、戦後「世界の警察官」と呼ばれ、冷戦が終結した後には世界で唯一の超大国といわれたアメリカの影響力が、今低下しています。
中東問題でも、対ロシアや中国への外交政策でも、アメリカは以前のように他国のことを顧みないスタンドプレイができなくなりました。
アメリカの価値観の押し付けはもうたくさんだという人々が、自国のナショナリズムの動きと呼応しながら、世界の多局化を加速させています。
このことを考える時、我々はそもそもアメリカがどのような人々によって構成されている国かということを念頭におかなければなりません。
いうまでもなく、アメリカは移民の国です。母国での政情不安、差別、貧困など、様々な原因で人々はアメリカにやってきました。もちろん、アメリカの富に憧れ、単純に海を渡ってきた人もいるでしょう。しかし、共通していることは、アメリカに来る必要を感じている人々が、そこにいたということです。
2006年に北米トヨタでセクハラ事件が発生しました。
同社社長を訴えたのは、そこに勤務していた日本人女性。このセクハラ問題の真相がどうであったかはおいておくとして、訴訟をおこしたのが日本人女性であったということに、私は注目します。
日本の男性優位の社会を嫌い、あるいは日本で将来の夢を叶えることに絶望してアメリカにわたる女性は多くいます。つまり彼女らもアメリカに来る必要を感じている移民なのです。
私がアメリカでオフィスを持っていたころ、そうした女性が仕事を求めてよく面接を受けに来ました。彼女らの多くは退路を絶ってアメリカにやってきて、自らのキャリアを真剣に考え、ハングリーに仕事に取り組もうとしていました。正直なところ、日本人の男性よりも自立心が旺盛で、自らの意思や考えをしっかりと持っている人が多くいました。
彼女らの多くは、他の移民と同様、日本ではなく、自らが障害なくキャリアを伸ばせるアメリカの価値観にすがり、そこに自らの将来をかけようとしていたのです。であるからこそ、日系企業に勤める日本人女性だからといって、そこで安心して日本の常識で接すると、性差別として厳しい対応を受けることがありうるのです。そして、この図式が、「アメリカの価値」の原点なのです。
アメリカにやってきた人々は、祖国を捨て、アメリカという新大陸で他の移民と共存しなければなりません。そのために、自らの権利を自覚し、他の人と平等に扱われるように強くアピールしてゆきます。アメリカは、200年以上にわたって、古くからの移民と、新しい移民との確執を克服し、いわゆる平等な社会を構築する試行錯誤を続けてきました。
アメリカにやってきた移民はそれを獲得し、それを自らの権利としてしっかりと意識し守ります。アメリカに住む日本人女性の多くも、性の差別に対しては断固とした対応をとるのです。同時に、女性に限らず、アジア系の一員として、他のアメリカ人と平等に対処されるように、強く求めるのです。
こうして、アメリカの世論ができあがります。そして、それがアメリカの「常識」として、アメリカの外交政策の基軸にまでなったのです。「人種や性別など、様々な背景を持った人が平等に扱われること」「異なる宗教や風俗習慣など、多様な価値を尊重すること」「言論や移動、そして自らの将来を切り開く自由をもてること」など、移民として当然求めてきたこれらの価値を尊重することを、アメリカでは「人権の尊重」という言葉に置き換えます。
アメリカが、「世界の警察官」として機能しえたとき、この建前がアメリカの外交政策の大義名分になったのです。ところが、世界にはアメリカと価値観を異にする国が多数あります。一つの宗教を国教とするイスラム諸国、言論への統制を行う中国などはその代表です。また、大筋では合意しても各論では微妙な差異を持ち、それを伝統とする国も多くあります。日本やフランスなど多くの西側諸国がそれにあたります。そうした事情の違う国々へ、アメリカが一方的に自らの「理想」をもってアプローチしてきたとき、そこに摩擦が生まれるのです。皮肉なことに、グローバルレベルでの様々な国家の多様性に対し、祖国を捨てた移民で構成されるアメリカは、柔軟でいられなかったのです。
戦後の混乱から多くの国が立ち直り、冷戦崩壊後にロシアや中国が新たなパワーとして復活してきたとき、この柔軟ではないアメリカへの新たな対立軸が世界にできあがりつつあるのが、昨今の世界情勢というわけです。オバマ政権は政権が始動して以来、ずっとこの課題に悩まされてきたのです。
アメリカの流儀としての「人権の尊重」に、世界がどこまで対応してゆけるか。人々の自由と平等の守護神として振舞っているかのようなアメリカに、世界がどこまで敬意を払い、アメリカの外交を支持してゆけるか。
21世紀になって15年以上経過した現在。世界の視線に微妙な変化がみうけられはじめたことに、多くの人が気づいているのです。
山久瀬洋二・画
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日英対訳
『海外メディアから読み解く世界情勢』
山久瀬洋二 (著)
IBCパブリッシング刊
海外ではトップニュースでありながら、日本国内ではあまり大きく報じられなかった時事問題の数々を日英対訳で。最近の時事英語で必須のキーワード、海外情勢の読み解き方もしっかり学べます。