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イギリスとスコットランドをめぐる1000年の「縁」

The British monarchy is the direct successor to those of England, Scotland and Ireland. There have been 12 monarchs of the Kingdom of Great Britain and the United Kingdom since the merger of the Kingdom of England and the Kingdom of Scotland on 1 May 1707.
(ウィキペディアより)

イギリス王室はイギリス、スコットランド、そしてアイルランドの直接の継承者で、1707年5月1日にイングランドとスコットランドの王室が合併して以来、12代の君主が君臨している

イギリスという国を「イギリス」と呼ぶ日本人。その語源はというと、戦国時代から江戸時代にかけてのポルトガル語やオランダ語での「イングランド」を意味する語彙が変化したものだといわれています。元々日本人はイギリスのことをエゲレスと呼んでいたことはよく知られています。しかも、当時の日本人には、イギリス本国の内政事情は伝わっていませんでした。
イギリスはイングランドとスコットランド、さらにはウエールズやアイルランド (ここはイギリスの植民地でした) に分かれていて、それぞれ別の国だったという状況は詳細には伝わっていなかったのです。
これがイギリスを一つの国家として意識した日本人のイギリス観の原点となりました。

ポルトガル人が来た頃、日本は戦国乱世でした。当時日本にいろいろな国があって、覇権を争っていた事情がヨーロッパに詳細に伝わらないのと一緒で、彼らは日本のことを一括して Japan (ポルトガル語として Japao) として意識したのです。

今、イギリスの正式な国名は United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland です。ちなみに、一般的にはこの正式名称の前半部分を省略して UK と呼び、正式名称として使用することもよくあります。イギリスの事情を理解するには、この国名の意味をしっかりと把握することが大切です。
まず United Kingdom ですが、これは文字通り王室が合併したことを意味します。スコットランドとイングランドは元々別の国家でした。しかし、当時ヨーロッパの王国は皇族同士が政略結婚によって複雑にネットワークしていたのです。例えば、オーストリアを統治していたハプスブルグ家の王 (神聖ローマ帝国の皇帝) は、スペインの王室と姻戚関係にあったことから、一時スペインがハプスブルグ家に統治されていたこともあったのです。その後、複雑な経緯を経てスペインの王室と同様の姻戚関係にあったフランスの王室がスペインの王位を継承します。皮肉なことに、フランスは 1789年から本格的にはじまったフランス革命、さらには 19世紀におきた政変でブルボン朝は消滅します。しかし、スペインの現国王フィリッペ6世はれっきとしたブルボン家の末裔なのです。

話は戻りますが、スコットランドとイングランドの王室がそうした姻戚関係の確執の末に一つになったのは 1707年のことでした。この両国の合同こそが、United Kingdom ということになります。そして、その時に正式な国の名称となったのがグレートブリテン Great Britain だったのです。

では Britain とは何のことでしょうか。
これは、イギリス本土の島の名前です。さらにお隣のアイルランドや周辺の島を合わせるとブリテン諸島ということになります。ギリシャやローマ帝国の頃に、辺境のこの島をそのように呼んでいたことが語源です。ちなみに、このブリテン島に北欧から移住して王国を造った人々がアングロサクソンと呼ばれる人々で、ローマ帝国の崩壊以降の混乱で、ブリテン島に居住していた人々は時とともにフランスにも逃れてきました。そうした人々の住む地域がフランスのブルターニュ (ブリテンの人々の住む地域) ということになります。

1066年にフランス王の臣下であったノルマンディ公が王族同士の姻戚関係からイングランドでの王位継承を主張し、イングランドに進攻し、王朝を開きます。以来、フランス王とイングランド王との間にも、かつノルマンディ公の進攻を免れたスコットランドとイングランドとの間にも様々な摩擦が絶えなかったのです。

スコットランドは現在 EU に残り、より大陸とのつながりを強くしたいと願っています。それに対してイギリスという国家、すなわち Great Britain は EU からの脱退を決議しました。
イングランドは中世に 100年戦争を経てフランスから正式に分離されます。しかし、スコットランドの王室はその後も大陸と深いつながりを持ち続けていました。実はイギリスの繁栄を築いたといわれる16世紀後半のエリザベス一世の時代、この政治的な争いが王族の血で血を洗う確執に発展し、スコットランドの女王であったメアリー・スチュアートがエリザベス一世に処刑されたこともありました。
しかし、現在のエリザベス二世の系譜をたどれば、スコットランド王室の血がしっかりと流れていることがわかります。

以上のような背景を理解しないまま、その昔日本は United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland のことを「エゲレス」と呼び、それがイギリスへと変化したのです。

これから EU 離脱をめぐり、スコットランドがどのような対応をするのか、国王の絆だけで結ばれているイギリスという国家の背景は思ったより複雑なのです。

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『海外メディアから読み解く世界情勢』山久瀬洋二日英対訳
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山久瀬洋二 (著)
IBCパブリッシング刊

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