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民主化の眉薬でパンドラの壺を開けたロシアの蛮行

Russia faces international condemnation over “War Crimes”

(ロシアは国際社会から「戦争犯罪」の非難を受ける)
― CNN より

ロシアとプーチン大統領の内情を語る二人の友人たち

 ウクライナにロシアが侵攻して以来、その蛮行が厳しく批判されています。確かに、ロシアのウクライナでの行為は許されるものではないでしょう。しかし、ではなぜロシアがこうした暴挙に出たのかということを分析しない限り、この問題を深く考えることはできません。ロシアという広大な国家を知ることが、ウクライナ問題を解決するには必要です。
 
「ウクライナには、実はロシアの隅にある土地という意味があるんです」
 
これは、ロシアに長年商社の社員として駐在し、その深い人的ネットワークと実務を通して、ロシアとその周辺を知悉している知人の言葉です。
 
「ウクライナのクライという言葉がそのことを指しています。そして、ロシア人から見れば、ウクライナは帝政ロシアからソ連時代を通して、長年ロシアと同じ国家だという気持ちがあるのです」
 
彼はそう解説します。
 
 そして、もう一人のプーチン大統領に批判的だったロシア人の友人が、2014年ごろからプーチン支持に回った経緯を語ると、

「ロシア人にとってはソ連以降の国家の凋落に歯止めをかけたのがプーチンだという意識が強く、それを象徴的に示したのがクリミアの併合だったんです」
 
と語ってくれます。
 友人のロシア人は日本の大学で教鞭をとったこともある優秀な人材です。その人が、私の問いに、日本のメディアがここまでフェイクニュースを報道するかと思うと涙が出ます、と語ってくれました。これには私も驚き、返す言葉が見つかりませんでした。こうした状況でプーチン大統領への支持率が80パーセントということを実感させられた一瞬でした。
 

帝政からソ連まで時代を通して染みついたロシア人の意識

 しかし、モスクワで仕事をしていた知人の話を聞いていると、ロシアの大地を知り尽くした人でなければわからない、ロシア人のある側面が見えてきました。
 それは、ロシア人の間には、帝政ロシアの時代からソ連の統治を通して、常に政治は自らの上にあるものという意識が浸透しているという現実です。
 彼の知人に元KGB(ソ連時代の秘密警察でプーチン大統領の出身母体)で、実際にプーチン氏の採用に関わった人物がいます。ヴォーリキというソ連共産党中央委員の人事局長だった人物です。その人にとってプーチン氏はほとんど記憶にないほどの小物だったというのです。
 
「そもそもKGBに自ら応募してくる人は多くありません。旧日本軍の憲兵になるのと同じようなものですから。でも、プーチンは自分から応募してきた数少ない人物です。それでいて、KGB時代は東ドイツ駐在という花道からはほど遠いポジションでキャリアを終えたのです」
 
 そんなプーチン氏ですから、帝政ロシア時代以来のロシア人の意識が染みついていたはずです。実際、彼は我々がテレビで見る独裁者のイメージとは異なり、大統領になっても一人では何も決めることができず、つねに周囲が意見を具申していたと私の知人は語ります。
 
「プーチン大統領は部下を集団としては扱わず、別々の個々人と自分とのつながりでマネージしています。ですから、それがプーチン大統領にとって情報への錯誤を生むアキレス腱になる可能性もあるわけです」
 
 ロシアには、帝政時代に農奴という地主の農地に縛りつけられた人々がいました。基本的に貴族などの上層部に盲従し、自らの立場を客観的に見ることや、自身の権利を主張する知恵を奪われた人々です。この農奴の心理が、ソ連になっても主人が皇帝からレーニンスターリンという指導者に入れ替わっただけという意識現象を起こしてしまいます。
 
「でも、ソ連は超大国でした。それが崩壊し、エリツィン政権になっていわゆる民主主義がこの農奴の大地に導入されたとき、混乱が始まったのです」
 
商社マンだった私の知人は語ります。
 西欧のように革命と資本主義とが両輪で社会を変え、市民意識を育ててきた土地とは異なるロシアにいきなり民主主義を導入すれば、それは当然深刻な消化不良を起こします。社会は富者と貧者に分断され、権力とうまく融合できた者やたくみに賄賂などでおもねった者が政商となります。これがオリガルヒと呼ばれる人々です。民主化は、ロシア社会にとってパンドラの壺となったのです。
 エリツィン政権は資本主義と民主主義の不消化のために混乱し、ロシアは政治経済ともに沈滞してしまいます。帝政ロシアからソ連への栄光はいずこというわけです。
 

国民の意識を見極めソ連復活をアピールするプーチン大統領

 プーチンはその間隙を縫って、チェチェン紛争で手柄を立て、エリツィン大統領の後継者となりました。彼はエリツィン時代のオリガルヒを一掃し、さらにジョージアへの侵攻を通して、ソ連の栄光の復活を国民にアピールします。
 しかし、当時のプーチン大統領は自信満々の強い指導者ではなかったようです。私のロシア人の友人は、当時は確かにプーチン大統領に批判的でした。国民の意識を充分に理解した指導者とは思っていなかったのです。そんなプーチン大統領の人気が急上昇したのが、2014年のロシア軍によるクリミア半島侵攻だったのです。
 当時、プーチン大統領はエリツィン大統領の取り巻きだったオリガルヒの多くの首をすげ替え、自らに忠実なオリガルヒと彼の出身母体であった治安や国防関係のシロヴィキと呼ばれるネットワークによって、新たな権力構造を作り上げたのです。
 
「ウクライナはそもそもポーランドとロシアの双方に分断された地域でした。西側のポーランドの影響が強い部分には、反ソ連意識を抱く人々が多くいます」
 
 そもそもポーランドは近現代にわたり、祖国をプロシアとオーストリア、そしてロシアに分断され、二つの世界大戦の後はロシアの衛星国家になっただけあって、ロシア人に敵意を抱く人々が多くいます。
 ジュール・ヴェルヌの名作『海底二万マイル』に出てくる祖国愛に燃えたネモ船長は、ロシアへの復讐に燃えるポーランド人をモデルにしていたと言われるぐらいなのです。
 
 そんなポーランド系とロシア系のウクライナ人の確執が底辺にあり、その風土を見極めたプーチン大統領はクリミア半島に侵攻し、東のドンバス地方のウクライナからの分離を支援する名目で軍事行動に出たのです。
 これがロシア人にとっては、暗黒時代のポストソ連時代からの復活として称賛されたわけです。

「プーチンの失敗はウクライナを可愛がらず、敵に回したことなのです。彼が組織をマネージする人物ではなく個々の人脈に依存し、その人脈となる人々がウクライナを植民地同様にすることで利権を享受しようとしたことが、プーチン大統領を盲目にしたのかもしれません」
 
 戦後、EUを育て上げ市民社会が定着した西欧と、民主主義の不消化に悩んだロシアとの意識の差と確執が、この悲劇の伏線にあるようです。そして、この構造を理解するために、南北問題と同じように「東西問題」という言葉を考えたいと思います。それは、民主主義を自らの手で育てた地域と、そうでない地域との格差です。欧米とロシアのみならず、日本を含むアジア各地の権力に対する意識の格差です。
 ロシアのウクライナ侵攻が人類共通の課題であるというのは、そうした背景があるからに他なりません。
 

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