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ワグネルのモスクワ進軍が意味することとは

Wagner fighters in celebratory mood despite failed mutiny.

(ワグネルの兵士は反乱に失敗しながらも祝賀ムード)
― アルジャジーラ より

私兵集団ワグネルのトップがロシア軍を批判した背景

 今回のワグネルのモスクワ進軍騒動は、ロシアそのものがいかに複雑な国であるかを露呈したように思われます。
 常識で考えれば、私兵集団を国が認めていることも不可思議ながら、その私兵集団がロシア正規軍と衝突してモスクワへ進軍するという状況自体、いったい何が起きているのかと戸惑う人も多いはずです。
 以前スーダンの内戦について解説したとき、ワグネルの存在について触れたことがありましたが、ワグネルはある意味でプーチン大統領にとっての懐刀のような存在なのです。
 
 プーチン大統領は、エリツィン元大統領の後継者として、文字通り棚ぼたで大統領にのぼり詰めました。そんなプーチン氏ですから、政治的基盤が弱く、彼に忠誠を誓える強固なバックアップを作る必要に迫られていました。彼はもともと旧ソ連のKGBの出身であったことから、FSB(ロシア連邦保安庁)とのパイプは持っていて、それを後ろ盾にしながら、権力の座を維持しようとしていました。そんな彼の財政基盤を作ったのが、オリガルヒと呼ばれる新興実業家集団でした。そして、軍事面ではロシア正規軍と行動を共にするワグネルをサポートすることで自らの基盤強化を進めたのです。ワグネルは、アフリカや中東での戦闘のために、プリゴジン氏がプーチン氏と合意して組成した私兵軍事組織で、その残虐な戦闘行為によって何度も国際社会から批判されてきた集団です。
 
 言い換えれば、ワグネルとプーチン氏とは切っても切れない関係です。そんなワグネルの兵士がウクライナ東部の戦闘に投入されながらも、軍部の脆弱なサポートのために多くの犠牲者を出したことが、今回の事件の発端となりました。
 
 ワグネルは、ある意味で政府の支援を受けて蘇生されたロシアの極右集団です。この私兵集団には旧ソ連の精鋭も加わり、同時に受刑者に恩赦を与えるなどして兵力を拡充しました。その「親分」がプーチン氏の盟友プリゴジン氏なのです。
 オリガルヒにしろワグネルにしろ、プーチン政権に巣食うことで利益共同体となったのです。実は、ワグネルを率いるプリゴジン氏も、プーチン氏の支援を受けながらレストランビジネスで成功したオリガルヒの一人でした。
 しかし、ロシア軍が思いのほかウクライナで苦戦している状況から、プリゴジン氏もプーチン大統領も非難が現政権に及ぶことに懸念を抱きます。そこで、プリゴジン氏は戦線から離脱し、ロシアの正規軍の脆弱さを強く批判することで非難の矛先がプーチン大統領に及ぶことを避けようとします。
 
 今回の進軍をプーチン大統領が意図していたかどうかは不明です。しかし、ウクライナ戦争の責任を追求するときに、ロシア軍の方を槍玉に挙げるか、戦争の読みを誤った諜報関係者を批判すべきか判断を迫られたときに、プリゴジン氏は自らの兵士を死に追いやったロシア軍を選んだわけでしょう。したがって、ベラルーシのルカシェンコ大統領の調停もあって、ワグネルが進軍を中断したとき、最初はプリゴジン氏が反乱を扇動したとして強気の発言をしていた政府もその声明を撤回し、ことを穏便に済ませようと態度を露骨に変えたのです。プーチン大統領とワグネル、そしてFSCが手を組んで、軍を槍玉に挙げながら戦争継続の道を選んだことになります。
 

ロシア軍の対応とウクライナの反転攻勢への影響は

 以上の背景を踏まえたうえで、今後ロシア政府がこの問題をどう処理するか注目されます。そもそも軍部はどう反応するのでしょうか。
 というのも、そこには80年にわたる旧ソ連と軍部とのねじれがロシアの政治の中で引き継がれているからです。戦前にソ連の指導者になったスターリンは、権力の一極集中を画策して政敵を次から次へと粛清しました。その矛先は軍部にも及び、以来ソ連、そしてロシアの軍部は諜報組織の強い統制下に置かれてきたのです。実際、スターリンが軍の有能な指揮官を粛清したために、ナチスドイツがロシアとの条約を破り侵攻を開始したとき、軍部の人材不足に悩まされたという逸話が残っています。そんな軍部と比較して、ワグネルはプーチン大統領の保護のもとで、ロシアが正規軍を送れない地域を中心に、より自由に活動できたわけです。今後、ロシア軍部の中でウクライナでの戦況の責任をとって更迭される指導者が出てくるかもしれません。
 
 とはいえ、この騒動でウクライナが得をするかというと、そうではないようです。こうした混乱を経ながらも、ロシア軍も次第に態勢を立て直していることから、ウクライナの攻勢によって簡単にロシア軍が壊滅することはないのでは、といわれているのです。残念ながら戦争はまだ続きそうです。
 今、プーチン大統領は、なんとかプリゴジン氏の起こした問題を回避しながら、自らの政権基盤を固めることで、戦争を有利に展開しようと必死なはずです。その思惑通りにうまく運ぶのでしょうか。戦争が始まって以来、まさにロシアの事情は鉄のカーテンの向こうなのです。
 
 今のロシア軍の悩みは、せっかく占有したクリミア半島を十分に活用できないことです。NATOから供与されたミサイルの射程にクリミア半島が入っているために、そこへの物資の供給が思うようにいかないのです。この状況を踏まえたうえで、ウクライナ側は北から攻勢をかけようとしているわけです。
 
 となればロシアとしては、ベラルーシの参戦で、北から再度ウクライナに侵攻したいと思うはずですが、NATOに加盟しているポーランドと長い国境を接しているベラルーシとしては、できればロシアには微笑みながらも、戦争には巻き込まれたくないというのが本音です。しかも、南にくぎ付けされているロシア軍本体にも北から攻勢をかける体力はすでにありません。ですから、ウクライナは北部から再び侵攻を受ける可能性は少ないと踏んで、南部での反転攻勢に注力しているのです。
 

戦争の今後は西側諸国の世論とサポートにかかっている

 しかし、結局今年の秋までに戦況が大きく変化することはないのではと思われます。こうなると、西側諸国がウクライナを継続してサポートすることが戦争の今後にとって決定的に重要な要素になるわけです。
 ロシアは、戦争が勃発して以来、経済的な影響を強く受けているアメリカの大統領選挙やフランス、イタリア、ドイツなどでの世論の変化に期待しながら、ウクライナが疲弊するまで時間を稼ぎたいというのが本音なのではないでしょうか。
 

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