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100年経っても変えることのできなかった課題とは

United Nations

“What we demand in this war– is that the world be made fit and safe to live in, and that it be made safe for every peace loving nation which like our own, wishes to live its own life, determine its own institutions, be assured of justice and fair dealing by the other peoples of the world as against force of selfish aggression.”

(我々がこの戦争を通して求めること、それは我が国の国民同様に平和を求める全ての人々が、安全に生活でき、自らの生命と国家を維持し、利己的な抑圧によって他の人々が被害を受けない公正な世界を創造することでなければなりません)

1918年に発表された「14カ条」

2018年の新年にあたって、100年前を振り返りたいと思います。ここに紹介したのは、ちょうど100年前の1月8日に、当時のアメリカ大統領ウッドロウ・ウィルソンがアメリカの議会で世界に向け提案した「14カ条の原則Fourteen Points)」と呼ばれる声明の序文の一部です。1918年は第一次世界大戦が終結した年にあたります。第一次世界大戦は、列強の植民地をめぐる覇権争いと民族運動とが引き起こした惨劇でした。それは、機関銃や毒ガス、戦闘機の導入など、過去にはない近代兵器がはじめて本格的に投入された殺戮戦だったのです。戦死者は2000万人にのぼりました。 そして、この戦争を通してヨーロッパ全土が荒廃する中で、世界の超大国へと成長したのがアメリカだったのです。ウィルソン大統領は、そんなアメリカの指導者として、戦争の再発を防ぐためにこの声明を発表したのです。この提案を元に発足したのが、現在の国連United Nations) の前身となる国際連盟League of Nations)だったことも知っておきたい事実です。 そこで注目したいことは、この14カ条の骨子です。そこでうたわれていることは、秘密外交の禁止開かれた交易や公海での航行の自由軍備の縮小、そして民族問題の解決への期待に他なりません。特に民族自決という課題の中では、混乱する中東情勢をそこに住む民族の自由意志で解決するべきだという意図が述べられています。

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100年後も変わらない中東問題や軍拡問題

それから100年を経た2018年冒頭、この14カ条の声明からさほど世界が前進していない事実に我々は愕然とします。中東問題は以前よりさらに複雑になり、そこに住む人々の悲しみや怒りが、テロ行為をうみだし、それが新たな憎しみの連鎖につながっています。軍縮どころか、世界の主流は軍拡へと進みつつあります。実は、14カ条の提案を受けて、さらにそれを前進させたのが、1928年に締結された不戦条約Kellogg Briand Pact)でした。これは列強間で「国際紛争の解決の手段として武力を使わない」という条文で知られた国際条約です。この一文、どこかで聞いたことがありませんか?実はこの条文が法制化され、戦争放棄という第9条に取り込まれたのが日本国憲法だったのです。 しかし、不戦条約の精神はその後踏みにじられてしまいます。第一次世界大戦から僅か20年で、それよりさらに多くの犠牲者を出した第二次世界大戦が勃発したのです。それは、1930年代になって世界中が軍拡競争へと走った末の結末でした。当時、国際連盟にしろ、不戦条約にしろ、違反した国への懲罰規程が曖昧でした。しかもそれぞれの国が他国への侵略はまずいとしながらも、自国の防衛のために武力を行使することは条約に抵触しないというスタンスをとったのも、不戦条約が有名無実になっていった原因でした。 戦後、日本は不戦条約の精神を取り入れた憲法を持つことができました。とはいえ、世界各国では戦後になっても自国の防衛という名目で軍備拡張や核兵器の開発競争が是認されました。そのつけが、北朝鮮問題や中東問題へとつながってしまいました。そして、日本もそうした新たな世界情勢への対応を模索する中で、着実に軍備を拡張してきたのです。

今、日本人も意識したい「14カ条」の精神

最後に、もう一つ注目しておきたいことがあります。ウィルソン大統領の提言で発足したのが国際連盟ですが、それが発足したとき、アメリカは加盟しなかったのです。議会が条約を批准しなかったからです。当時、日本は国際連盟の憲章の中に人種差別の撤廃を盛り込むように主張していました。アメリカに根強かった日系人差別を念頭においてのことでした。こうしたことがアフリカ系アメリカ人への差別などの人種問題を抱えていたアメリカの議会を硬化させたことも事実でした。同時に、当時戦勝国であった日本の中国への進出には、列強の多くが譲歩し、その後の日中関係の悪化が第二次世界大戦への導火線の一つとなったことも忘れてはなりません。 ウィルソン大統領の14カ条の提案から100年。今、日本では憲法改正の論議も熱を帯びています。2018年が1918年から20年間の動乱の経験を我々が繰り返す起点の年になるのかどうかが問われています。そうした意味でも、この一年の内外の動きを注視してゆきたいものです。全ての人にとって良い一年でありますように。

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『海外メディアから読み解く世界情勢』山久瀬洋二日英対訳
海外メディアから読み解く世界情勢
山久瀬洋二 (著)
IBCパブリッシング刊

海外ではトップニュースでありながら、日本国内ではあまり大きく報じられなかった時事問題の数々を日英対訳で。最近の時事英語で必須のキーワード、海外情勢の読み解き方もしっかり学べます。

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