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国際的視野で見つめたい日本の軍備

December 15, 2022 – Is Japan’s counterstrike capability a departure from its post WWII pacifism?

(2022年12月15日は、日本が反撃能力を持つことで、戦後の平和主義からの新たな出発となるのか?)
― International Trade Briefs より

防衛費増額をドイツ・ポーランドの文脈で捉えてみると

 このところの時事問題で最も注目されているのは、GDPの2%水準に防衛費を増額させるという議論が沸騰していることでしょう。
 議論の中で、日本が敵の基地を無力化するために敵地への攻撃ができる能力を保持する必要性が云々されています。そして多くの人は、日本を守るために予算が必要であることは仕方のないことという意見を持っていることも、よく耳にします。
 
 そこで、この議論を国際的な視野から考えてみたいのです。
 まず、第二次世界大戦で日本と同様な経験をしたドイツの変化に目を向けます。実は、つい10年前までドイツには徴兵制がありました。ただし、軍隊で勤務したくないとした場合は、個人がその意向を申請することで、病院などでの公共奉仕に就くことも可能でした。
 同時にドイツはNATOに加盟していますが、国内法の制約があり、もともとは、軍隊は防衛のみの目的で活動することになっていました。
 
 しかし、徴兵制度の廃止と共に、ドイツは国際紛争に積極的に軍隊を送るようになりました。それは、国を防衛するには世界情勢の安定が必要であり、そのために軍事力を供与することは違法ではないという解釈によるものでした。
 今、NATOの中でもドイツの立ち位置は重要で、ヨーロッパ全体の安全保障に深く関与しているのです。それは、ドイツがNATOという多国籍間の軍事同盟に加盟していることから、ドイツだけが自国の防衛に専念するのは難しいことも背景にあります。
 
 現在、ドイツの軍事予算はGDPのおおよそ1.5%強となっています。この比率を日本のように大きくする議論もなされています。ただ、ドイツは軍事的なプレゼンスを高めるにあたって、今まで以上に過去の戦争責任とも向き合う姿勢を鮮明にし、隣国の不安を長年にわたって解消してきたことも事実です。その要の政策がEU統合のためにドイツが果たしてきた積極的な役割でした。
 
 そうした努力もあって、ドイツの東に位置し、以前ドイツから蹂躙された歴史を持つポーランドは、今ドイツに対する脅威を抱いていません。しかもポーランドは、文字通りロシアやウクライナを隣国に持ち、有事に最前線となる国家です。この国の場合、GDPの2.2%が防衛費に使われ、それをさらに増額しようとしています。とはいえ、国内総生産額そのものがドイツや日本と比較すれば小さいために、軍事費としては世界で23番目といわれています。
 こうしてみると、確かに日本の防衛費が国内総生産の比率で1%前後というのは少ないように思えてきます。しかし、GDPの規模が大きいため、総合的な軍事力でみれば、日本は世界の中で5位前後に位置していることも事実です。
 

常にアメリカの傘の下に置かれてきた日本の防衛力

 では、ドイツやポーランドと、日本の状況のどこに違いがあるのでしょう。
 答えは簡単です。日本はアメリカとの2国間条約に基づいて自国の防衛の責任を担ってきているということが違いなのです。さらに、韓国や中国とは、いまだに第二次世界大戦で生まれたしこりが残っていることも大きな特徴です。
 
 そうした特異な環境下で、第二次世界大戦が終結して現在に至るまで、日本は完全にアメリカの傘の下に置かれてきたのです。そのため、日本の軍備は常にアメリカのニーズに左右されてきました。冷戦が終わり、核軍縮が進んでいた頃は、世界はより通常兵器の開発に力を注いでいました。ですから、日本が海外の基地を攻撃するような長距離弾道弾などを保有することは議論すらされませんでした。
 しかし、今ロシアのウクライナ侵攻や中国の軍事力の脅威が増大するなかで、アメリカは改めて核の傘を敏感に意識するようになりました。つまり、アメリカは日本を自国の核の傘の下に入れておく代わりに、より洗練され、破壊力のある通常兵器の配備を日本に求めたいと思うようになったのです。
 多国間のバランスの中で軍事的な役割を果たそうとするドイツやポーランドとは、根本的に異なる国際環境に日本は置かれていることになります。
 
 この事実を冷静に見ることは大切です。日本はアメリカと対立できず、かといって中国やロシアからの脅威にさらされるリスクはなんとしても避けたいという立ち位置にいるわけです。そのとき、韓国が信頼できる隣人として軍事的に連携できるかといえば、それもアメリカを橋渡し役にしない限り困難です。
 それでいて、ほとんどのアメリカの有権者は、在日米軍が必要とする費用の多くを日本が支出しているという事実すら知らずにいます。そして、日本人の多くもその費用がどれだけなのかという詳細を掴んでいません。確かにGDP比の1%は少なく見えるものの、こうした米軍への直接的な支出に加え、基地の移転やメンテナンスなどに絡んだ周辺のさまざまなコストも加味したとき、日本の国家予算の何パーセントが軍事力に割かれているかは不透明なのです。
 
 もし、アメリカの軍事予算を肩代わりするために、日本が軍備を拡張するというのであれば、こうした様々な数字を明快に国民に提示する必要があるはずです。というのも、アメリカからしてみた場合、日本がアメリカのコントロールの外に出るために軍備を拡張することを望んではおらず、あくまでもアメリカの核の傘の下での軍備を増強する「言うことを聞く日本」を求めているはずだからです。
 

「軍拡」に転換する前に明確な日本の未来像を考えて

 確かに、日本もドイツも、前の戦争のトラウマからより積極的に抜け出しながら、平和的に世界に貢献してゆく方途を模索する時期にきているのかもしれません。しかし、世界がロシアや中国の脅威を理由に再び核抑止力に依存しはじめている現実で、それを安易に後押しするために軍備を増強してよいのかというと、我々は立ち止まって将来の日本がどのような国家であるべきかを考えてみる必要に迫られます。
 
 実は、日本は極東のポーランドであると言っても過言ではありません。つまり、地理的に見た場合、日本は国際的緊張の最前線にさらされている国家なのです。アメリカはその緊張から遥か離れた太平洋の向こうにある大国です。ウクライナにロシアが侵攻した直後に、同じような立ち位置にあるフィンランドやスウェーデンがそれまでの方針を転換して、ドイツが強いイニシアチブを取り始めたNATOへの加盟を申請しました。であれば、日本は単にアメリカとの対応の中で防衛予算を議論するのではなく、広く環太平洋での協力関係の強化や韓国などとの関係改善をもって、多国間の協力と協調を求めながらこの議論を進めるべきです。
 
 今、日本のメディアがこの防衛予算の問題を解説するときに最も欠けている側面は、この将来に向けた日本の立ち位置をどこに置くべきかという点ではないでしょうか。
 

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『ロウソクの科学』マイケル・ファラデー (原著)、アンドリュー・ロビンス (英文リライト)ロウソクの科学
マイケル・ファラデー (原著)、アンドリュー・ロビンス (英文リライト)
ノーベル賞受賞者の吉野彰氏と大隈良典氏がともに大きな影響を受けた本としても知られる、イギリスの自然哲学者ファラデーの講義録。「この宇宙を支配するあらゆる法則の中で、ロウソクが燃える現象と何も関係をもたないものは、一つもないといってよいくらいです」。1860年にファラデーは、連続6回にわたる青少年のためのクリスマス講演をロンドン王立研究所で行った。「ロウソクはなぜ燃えるのか」「ロウソクが燃えたあとにいったい何が残るのか」「ロウソクの燃焼と呼吸との関係とは」。ファラデーは1本のロウソクを用いた実験を通して、魔法のように謎を解き明かしていき、科学と自然、人間との深い関わりを伝えようとする。

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