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意思と型、二つの教育文化が語るもの

“And you know that mommy and daddy won’t come with you right away. You go by yourself first.”
“Don’t worry. God will take care of me.”

「知ってるの。お母さんとお父さんは一緒にすぐには行けないのよ。一人で行くことになるのよ」
「大丈夫。神様が見ていてくださるから」
― CNNが公開したミッシェル・ムーンさんと娘との会話 より

Episode 1:アメリカ大統領就任式典での宣誓パフォーマンス

 ジョージア州の州都で、州最大の都市でもあるアトランタの郊外で消防署長をしている、アンドレア・ホールさんという黒人女性がいます。
 彼女の父親は耳が不自由で、手話に頼って生活をしていました。そこで、彼は生前にアンドレアさんに手話を教えます。
 
 アメリカ南部のジョージア州は、大統領選挙でも、その後の上院議員選挙でも、久しぶりに民主党が勝利しました。その背景には、浮動票をしっかりと呼び込むための民主党支持者の草の根運動があったといいます。トランプ政権の中で、黒人の権利が脅かされていることに危機感をもっていたアンドレアさんも、そうした活動に加わりました。
 
 そして、ジョー・バイデン氏が大統領に就任したとき、彼女に招待状が届いたのです。就任式典で、Pledge of Allegianceという国家に対する忠誠を誓う宣誓の文章を読み上げる儀式があります。そこで宣誓文を読み上げて欲しいという依頼だったのです。彼女にとって、これほど名誉なことはありません。
 しかし、アメリカで最も重要な儀式で、新大統領の側近や要人のみならず、世界が注目する中での宣誓です。しかも、彼女のすぐあとにはレディー・ガガが国家を斉唱します。そんな場所で、どのようにしっかりと宣誓をアピールすればよいかと、彼女は考えました。
 
 当日、バイデン新大統領、カマラ・ハリス副大統領が入場したあと、消防署の正装で壇上に立ったアンドレアさんは、バイデン氏に挨拶したあと、前を向いて誇らしげに宣誓文を語りました。同時に、ゆっくりとした口調に合わせて、父親から学んだ手話でろうあ者にも語りかけたのです。彼女ならではのバイリンガル、そして一人二役の同時通訳でした。会場は彼女のそのパフォーマンスを見守り、温かい拍手を送ったのです。
 
 このパフォーマンスは彼女が考えたことで、式典側は彼女の発想には何も口出しをしません。彼女がレディー・ガガなどのすごいパフォーマンスの前に何をすればよいか考え、今は亡き父親との手話でのやりとりを思い出して、一人で決心したのです。
 

Episode 2:5歳の少女の決断を尊重する両親とアメリカ社会

 ちょうどアンドレアさんが宣誓についてあれこれ考えていたころ、私は4年前に起こったある出来事を調べていました。それは、西海岸のワシントン州でアメリカ人の母親が、難病に苦しむ5歳になる娘の死の決断を支えたというニュースでした。
 
 5歳になるジュリアナさんは、神経系の難病に苦しみ、自力での呼吸が困難で、余命もほとんどありませんでした。
 そんなとき、愛する娘に母親が語りかけます。

「あなたは病院に帰りたい?」
「おうちがいい」
「でも、そうしたらあなたはすぐに天国に行かなければならないのよ」
「うん」
「知ってるでしょ。お母さんもお父さんもあなたとは一緒に行けないのよ。あなたは一人で天国に行って、私たちを待たなければならないの。それでも大丈夫なの」
「心配しないで。神様が守ってくれるから」
 
 この会話の後、両親は娘の意思を尊重し、病院での治療をやめ、家庭で静かにジュリアナさんの旅立ちを見送ったのです。
 
 胸が張り裂けそうだったものの、こんな素敵な娘と6年近く一緒にいることができたことは感動でしたと、両親はコメントをしています。
 
 この重たくも切ない話と、アンドレアさんと父親との繋がりが、私の中で一本の線となりました。
 それは、「本人」「個人」の尊厳と決断を尊重するアメリカ社会が、我々に語ってくれる考え方です。
 5歳の娘に意思を尋ね、それを尊重したジュリアナさんの両親。そして、アメリカが最も大切にしている儀式において、誰もが型ではなく、個人の発想と意思に任せて宣誓を行わせたこと。
 「幼い子どもでも、難病について説明し、理解してもらい、思慮深い意見を述べることができるんです」と、ある専門家はワシントン州の一家に起きたこの物語について、メディアに解説してくれました。
 

「型」に従順な日本と「個人」の意思を重視する欧米

 そうです。確かに、海外の人は日本人より若い頃から、自分のこと、自分を取り巻く社会や政治のことに対して、しっかりと意見を言います。それに対して、日本人は大人になっても、自らの意思を論理的に語れない人が多くいます。さらに、意見を言うことすらはばかります。
 
 日本では、子どもに自分の意思を尊重する教育を行うことはあまりありません。したがって、大人になってもある種の「型」に従順な行動をとることが、社会人の常識ともされがちです。
 総理大臣の地位にある人も、人前では事前に役人が書いた文章を読み、会議の席ですら、文章を読みあう「型」が定着しています。
 
 それに対して、個人が何をしたいのかをはっきりと意思表示することは、欧米において幼い頃最も重要視される教育方針です。こうした意思表示は、日本の場合、ともすれば子どもの時はわがままだといって注意され、大人になれば配慮に欠けるとして批判されます。
 
 天国に旅立ったジュリアナさんとそれを支える両親や社会。さらに、大統領就任式でこのようにやろうと自らのパフォーマンスを決断したアンドレアさん。ここにアメリカ社会の温かさと強さが垣間見えます。
 分断が続き、コロナが蔓延しているという、アメリカ社会での負の報道が続く中、少し落ち着いて考えてみたい二つの物語をここに紹介しました。
 
 ちなみに、アンドレアさんには、その直後ワシントンのホテルに滞在中のところをZoomでインタビューしました。ぜひ彼女の政治的スタンスも参考にしてみてください。
 このテーマは、さらに続けて解説したいと思います。
 

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アンドレアさんへのインタビューは、下記のYouTubeを訪ねてみてください。
https://www.youtube.com/watch?v=7DNjxDU06jE
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