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カリフォルニアで見たコロナへの感染対応の背景にあるものとは

Covid-19 has killed at least 735,941 people and infected about 45.4 million in the United States since last January, according to data by Johns Hopkins University.

(ジョンズ・ホプキンス大学によれば、アメリカにおいて、コロナは少なくとも73万5,941人の命を奪い、4,540万人に感染した)
― CNN より

身構えていたアメリカ入国の思わぬあっけなさ

 20ヵ月ぶりにアメリカに入りました。
 とはいえ、コロナへの警戒から、出国前に陰性証明書をとり、かつワクチンの接種証明も用意し、準備万端に整えロサンゼルスの空港に向かいました。すると着陸前に、ロサンゼルス地区では検疫が強化され、旅行者には10日間の自主隔離が要請されています、という機内アナウンスが流れます。また、陰性の証明書およびワクチン接種の証明書の提示がレストランでは求められます、と案内されます。10日間の自主隔離とは聞いていないので、びっくりしますが、飛行機はそのまま着陸。入国審査へとコンコースを歩いてゆきます。
 
 飛行機が到着したのは国際線の専用ターミナルで、さすがにいつもに比べると閑散としています。そのため、入国審査もいつになくあっという間に終わり、さて、荷物を受け取って、これから検疫を受けるのかなと身構えながら歩いてゆくと、目の前に税関の係員の立つブースがあり、そこでは何の問いかけもなく、止められて立ち寄ることもなく、あっけなく通過。そして、気がつくと空港の出口へと歩いています。
 つまり、何のチェックもなくそのまま外に出ることができ、ただただ唖然としたのです。考えてみれば、成田空港でのチェックインの際に、航空会社に陰性証明とワクチンパスポートをチェックされているので、入国時に再びチェックする必要はないという判断なのか、あまりにもあっけない入国に驚くばかりでした。
 
 空港の係官とレンタカーの送迎バスの運転手はさすがにマスクを着用し、運転席と客の座席の間にはビニールが張られています。そして、いつものようにレンタカーを受け取る場所に来たときに、運転手が荷物を運ぶのを手伝うことはなく、自分でそれをバスの外に運び出します。
 でも、コロナへの注意はそこまででした。そして、そのロサンゼルスの光景すら自然に思える体験を、この数時間後にしてしまったのです。
 

ベーカーズフィールドで目にしたマスクを着けない人々

 その日はロサンゼルスから北東に100マイル(160キロ)ほどの位置にある、ベーカーズフィールドという都市まで車を走らせます。そこはカリフォルニア内陸部の中核都市で、石油産業と農産物の集積地として知られた都市です。
 高速道路に乗って、ロサンゼルス北部のハリウッドから連なる山岳地帯を抜けると、いきなり目の前に大平原が現れます。そこはカリフォルニア中部の広大な盆地で、高速道路の周囲にはオリーブと葡萄の畑が広がります。1930年代にスタインベックが発表した『怒りの葡萄』で描かれた、オクラホマの農場を捨てて流民になった一家がやって来たのもこのあたりだったなと思わせる、乾燥した平原です。
 
 そんなベーカーズフィールドのホテルに着いて、ロビーに行くと「おっと」と思わず身を引いてしまいました。
 ロビーにたむろする人も、ホテルの接客係も一人としてマスクを着用していないのです。マッチョな男たち数人がエレベーターから降りてきて、マスク姿の私をちらりと見て通り過ぎます。今でも毎日数百人の死者が出ているアメリカの一つの側面がそこにありました。あのトランプ政権末期に議事堂に乱入したのは、こうした人々じゃないかと即座に思ってしまいます。
 
 夜、食事をしようとホテルの隣のレストランを覗くと、ビュッフェ式になっているものの、人々がやはりマスクをつけずにビュッフェのまわりで会話をしながら料理を選んでいます。これは困ったと思い、しかたなくマクドナルドのドライブスルーで注文し、部屋で長旅の空腹を満たすことになったのです。
 そんな私の行動や雰囲気を相手が感じ取れば、そこには敵愾心が生まれるはずです。それがアジア系へのヘイトの源泉ではないかとふと思い、人の意識の複雑さが生み出す社会のもつれを考えてしまいます。
 
 アメリカは分断されている、とよく言われます。
 カリフォルニアの場合、太平洋に面した沿岸部は概ね民主党支持者が多く、アメリカでいうリベラル派の人々が住んでいます。それに対して、ベーカーズフィールドに代表される内陸部は、トランプ前大統領の支持母体でもあり、共和党支持者が多く住む農業地帯です。そこの葡萄やオリーブ畑、そしてコットンフィールドなどで低賃金で働いているのは、今ではオクラホマからの流民ではなく、メキシコ、そして中米各地からの移民です。
 なぜベーカーズフィールドに泊まったかといえば、翌日そこから70マイル北にある、フレズノという町に残る日系人社会を調査したかったからです。そこには戦前戦後を通して、やはり広大な農地で働く日系人の姿があり、その中から後年は成功者もかなり出てきたのです。この話は、改めてどこかでまとめてみます。
 
 さて、そんな目的のために立ち寄ったベーカーズフィールドで、マスクを着用しない人々に接したことをカリフォルニアの友人に語ると、誰もが大笑いをして、どうしてそんなところに行ったんだと問いかけてきます。沿岸部に住んで海外と交流し、シリコンバレーなどで先端産業に従事する人やそうした人々と接しているアメリカ人のほとんどは、きっと私がベーカーズフィールドを訪ねたことを不思議がるはずです。彼らから見れば、そこに住む人々は、科学を信用せず、いまだにキリスト教にこだわり、マスクをするのは弱さの象徴とばかりに、そうしたライフスタイルの強要に異常な反発心を持つ、時代に取り残された理解不能な人々なのです。
 

Bakersfield

サンフランシスコにて思い至るアメリカ社会の格差拡大

 翌日、フレズノで調査を終え、サンフランシスコにやって来ました。空港近くのホテルにチェックインをして、湾に沿ったプロムナードを散歩すれば、誰もがマスクをし、世界から集まった人々が違和感なく共存しています。すれ違ったインド系の夫婦はあきらかにシリコンバレーの技術者か何かで、豊かな生活を送っているのだろうなと思いました。
 ベーカーズフィールド近郊で綿を摘むメキシコ系移民と、シリコンバレー近郊の散策路を歩くインドや中国系移民の姿は対照的です。豊かさと格差の違いは、白人社会と移民社会双方に共通しているのです。ベーカーズフィールドの平均的な人々と、サンフランシスコとその近郊に住む人々とは、今では交わり会話をすることもなく、お互いに蔑視すらしているような格差が拡大していることを実感させられます。
 
 「いいかい。ベーカーズフィールドは、君が考えているカルフォルニアではないんだよ。あそこはレッドステートだからね」
 友人が笑いながらそう言います。レッドステートとは、共和党を支持する人が多数を占める州のことです。しかし私の友人は、保守的で頑固なアメリカ人のいる場所、という蔑称でその言葉を使ったのです。友人に代表される沿岸部に住む人こそ、カリフォルニア州がブルーステート、つまり民主党支持者の州であることを象徴しているのです。
 
 アメリカ社会の多様性とは、単に多人種国家であることだけを意味しているわけではありません。今や、人種を超えた考え方の隔たりが、そんな多様性をさらに複雑にしているのです。
 意見の違いがあることは、よいことで建設的なことだと、アメリカ人はよく言います。Difference is good というわけです。しかし、今のアメリカの社会問題は、そんな違いがあまりにも深いために、お互いがお互いを受け入れなくなってしまっていることなのです。
 カリフォルニアという一つの州をとっても、そんな格差による「違い」が鮮明に出ていることが見えてくるのです。この格差こそが、お互いへの敵愾心を拡大させているのみならず、ヘッドラインで紹介したようなアメリカを混乱に陥れているコロナ禍の原因とも言えるのです。
 ベーカーズフィールドサンフランシスコという二つの都市を同時に語れば、アメリカ人の多くは、その違いを即座にジョークとして話題にできるはずです。
 

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『日英対訳 世界の歴史
A History of the World: From the Ancient Past to the Present』山久瀬 洋二 (著)、ジェームス・M・バーダマン (訳)日英対訳 世界の歴史
A History of the World: From the Ancient Past to the Present

山久瀬 洋二 (著)、 ジェームス・M・バーダマン (翻訳)
受験のためではない、現在を生きる私たちが読むべき人類の物語
これまでの人類の歴史は、そこに起きる様々な事象がお互いに影響し合いながら、現代に至っています。そのことを深く認識できるように、本書は、先史から現代までの時代・地域を横断しながら、歴史の出来事を立体的に捉えることが出来るように工夫されています。 世界が混迷する今こそ、しっかり理解しておきたい人類の歴史を、日英対訳の大ボリュームで綴ります。

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