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「イスラムから学んだ欧米」という事実の忘却が与える苛立ちとは

The greatest tragedy in mankind’s entire history may be the hijacking of morality by religion.

(人類の歴史を通して最大の悲劇は、宗教が道徳をハイジャックしたことだ)
― アーサー・クラーク(Arthur Clarke)の言葉 より

アメリカのイスラム社会に対する無知が生み出す偏見

 今回は、イスラム文化について語ってみたいと思います。
 アメリカに出張して改めて実感したことは、いかに多くの人々が中東からアメリカに移住してきているか、ということでした。
 私の仕事関係を見回してみただけでも、サウジアラビア、レバノン、イラク、そしてイランからアメリカに帰化した人がいることを考えれば、それがわかります。特に都市部には、数多くの中東系の人々が生活しています。
 
 東はパキスタンからエジプトあたりにまで至る中東地域から、アメリカに移住してきた移民1世の人口は、200万人を軽く超えるのではないかと思われます。さらに広く、イスラム教文化圏の人々とその子孫すべてを含めれば、その数はアメリカ全人口の中でもかなりの割合になるはずです。例えば、あのスティーブ・ジョブズのルーツも中東のシリアでした。
 そんな彼らが口を揃えて批判していることがあります。それは、一般のアメリカ人がアラブの世界に対して、どれだけ無知なのかということです。
 特に近年、中東からのテロをアメリカ人が警戒するようになって以来、イスラム教そのものに加えて、こうした広範なイスラム系移民への偏見がひどくなっていることは事実です。
 そこで冷静に、イスラム社会が過去にどれだけ世界に貢献してきたかについて考えてみたいのです。
 
 話をスペインへと移します。スペインの国旗を見ると、その中央にいくつかのエンブレムがデザインされています。その一番下にザクロの実と葉が描かれた紋章があります。それは、スペインの南部一帯を支配していたイスラム王朝を象徴したもので、一時スペインの大部分がイスラム教の王国に支配されていたことを物語っているのです。
 イスラム教が芽生えて100年少々経った8世紀のこと、イスラム世界は急速に膨張しました。彼らは瞬く間に、西は北アフリカから東は現在のアフガニスタンやパキスタンにまで勢力を伸ばし、さらにイベリア半島からヨーロッパへと国土を広げていったのです。
 世界史を学習したことがある人なら覚えているかもしれませんが、西暦732年のこと、ついにイスラム教の兵士が現在のフランスに侵入します。それを受けて、フランス西部のトゥールとポワティエという都市の間で、当時のフランク王国の支配者カール・マルテルが、その侵攻をなんとか食い止めます。
 

かつて文明の先進社会だったイスラムがもたらした繁栄

 732年ごろは、ヨーロッパは中世の真っ只中。ローマ・カトリックが西ヨーロッパの精神的支柱として君臨していた時代のできごとです。
 ローマ・カトリックは自らの権威を高めるために、他の宗教や自らの宗旨の基礎を揺るがすような知的活動を厳しく制限していました。それ以前、ギリシャやローマ時代に培われた科学への探究も、信仰の妨げとして迫害の対象とされていたのです。
 
 もし、トゥール・ポワティエ間の戦いでイスラム側が勝利していたならば、産業革命やその後の近代化の歴史が1000年は早まったのではないか、と解説しているイギリス人がいます。それが、ヘッドラインで紹介した、SF作家で科学評論家としても知られていた、アーサー・クラーク(Arthur Clarke)氏です。
 というのも、中世以前に地中海世界で長年培われた文明の多くは、イスラム世界の中で保存され、培養されていたからです。当時、バグダッドの図書館には世界中の知識が書物として保管されていたと言われています。
 その後、ローマ教皇の権威が揺らぐ中で、ヨーロッパで過去の文明を見直そうという動き、いわゆるルネサンス運動が始まりますが、それはトゥール・ポワティエ間の戦いから700年も後のことでした。ルネサンス期のヨーロッパの知識人たちは、そうした文明をイスラム社会から輸入していたのです。ルネサンスのことを「文芸復興」と翻訳しますが、そうした復興はイスラム社会に蓄積され、保存されていた文芸活動なしにはありえなかったのです。
 
 一方、トゥール・ポワティエ間の戦いから364年後の1096年から、ヨーロッパではイスラム社会に対して十字軍を派遣し、聖地エルサレムを奪還しようという軍事行動が始まります。キリスト教社会とイスラム社会との本格的な対立はここまで遡れるわけです。
 こうした動きに呼応して、西ヨーロッパではイベリア半島からイスラム教世界を駆逐し、キリスト教国を打ち立てようという運動が起こります。そして1492年、ついにイベリア半島にあったイスラム教国は滅ぼされ、スペインはローマ・カトリックに最も忠誠を誓った王国へと、変貌を遂げたのでした。この財源を維持するために、コロンブスなど多くの探検家が富を求めて海の彼方へと派遣されます。コロンブスが新大陸を発見したのも、同じ1492年のことでした。
 
 スペインの国旗は赤と黄色によって彩られています。それはイスラム教徒を駆逐し、新大陸を征服する戦いで流された血の赤と、それで得られた黄金の富を黄色で表しているのです。
 十字軍などのキリスト教とイスラム教との戦いによって、ヨーロッパ世界は皮肉にも、イスラム圏から多くの科学や知識を輸入します。こうした活動によって育まれ、結実したルネサンス以降の科学への探究が、社会を変え、ヨーロッパに現代へとつながる繁栄をもたらしたわけです。
 

トゥール・ポワティエ間の戦いでのカール・マルテル

 

イスラム教とキリスト教、一神教同士が共存してゆける日まで

 アメリカに暮らす中東系の人々は、こうした事実を忘れ、ただ欧米の文化が科学的で、イスラム世界は野蛮であると断じてしまうことに、憤りを覚えているわけです。このプライドと、その後のイスラエルの登場で混迷を深めたパレスチナ問題とが、彼らの心の中をかき乱します。
 実は、中世の長い歴史の中で、多様な宗教により寛容的だったのは、イスラム社会の方でした。イスラム社会では税金さえ納めれば、信仰の自由は保障されていたと言われています。この寛容な政策が、彼らの繁栄の背景にはあったのです。
 しかし、こうした事実もすでに過去のこととして忘れ去られ、イスラム教は他の宗教を排除する頑なな宗教、というイメージが定着しているわけです。
 
 イスラム教もキリスト教も、そのルーツをさかのぼれば、同じ一神教にたどり着きます。近年、中東での混乱が原因でイスラム原理主義者が現れ、過激なテロ活動を行ったことが、キリスト教社会でのイスラム教に対する偏見へとつながりました。
 ただ、忘れてはならないのは、アメリカでのテロ活動を例にとれば、キリスト教の過激派によるテロ活動に、FBIがより神経を尖らせている事実も忘れてはなりません。確かに偏った宗教の押しつけは、人々がお互いに共存するというモラルをハイジャックしてきたことになります。
 
 一神教同士がお互いの違いを尊重し、共存してゆけるようになるには、まだまだ時間がかかりそうです。そんな理想が成就するまで、アメリカにやってくる中東からの大量の移民たちは、自らのルーツである文明への社会の無知に対して、心の中に苛立ちを抱き続けることになりそうです。
 

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『日英対訳 世界の歴史
A History of the World: From the Ancient Past to the Present』山久瀬 洋二 (著)、ジェームス・M・バーダマン (訳)日英対訳 世界の歴史
A History of the World: From the Ancient Past to the Present

山久瀬 洋二 (著)、 ジェームス・M・バーダマン (翻訳)
受験のためではない、現在を生きる私たちが読むべき人類の物語
これまでの人類の歴史は、そこに起きる様々な事象がお互いに影響し合いながら、現代に至っています。そのことを深く認識できるように、本書は、先史から現代までの時代・地域を横断しながら、歴史の出来事を立体的に捉えることが出来るように工夫されています。 世界が混迷する今こそ、しっかり理解しておきたい人類の歴史を、日英対訳の大ボリュームで綴ります。

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