ブログ

若きウクライナ副首相のとった21世紀の戦略とは

Ukraine has started using Clearview AI’s facial recognition during war

(ウクライナは戦争にあたり、クリアビューAIの顔認識システムの使用を開始した)
― ロイター通信 より

ウクライナ軍の抵抗に寄与する若き副首相のデジタル改革

 ウクライナにロシア軍が侵攻してきたとき、真っ先にウクライナへの支援を表明したのが、テスラの創業者として知られるイーロン・マスク(Elon Musk)氏であったことは様々な報道機関が取り上げています。彼がスターリンク(Starlink)の端末をウクライナに提供したことで、ロシア側はウクライナのネット環境にダメージを与えにくくなりました。つまり、衛星からどのような場所にも通信環境を提供できるネットワークが供与されたわけです。
 
 このことが物語っている背景を我々は知っておくべきです。というのも、日本政府がデジタル庁を創設し、デジタル環境を整えようと言いながら、行政のサービスが一向にデジタル環境に置き換えられないでいる現実と、ウクライナ政府の対応との違いの中に、日本の置かれているどうしようもない現実が見え隠れするからです。
 
 ウクライナでは、2019年に1人の青年が副首相に抜擢されました。
 当時まだ28歳だったミハイロ・フェドロフ(Mykhailo Fedorov)氏が副首相となり担ったのが、ウクライナでの行政サービスをはじめとした様々な公的機関でのデジタル改革でした。彼の功績によって、ウクライナは世界でも初めての電子パスポートを発行し、行政サービスの様々な部分もオンラインで瞬時に享受できる社会を作り上げていったのです。
 そのフェドロフ氏がロシア軍の侵攻が確認されたとき、イーロン・マスク氏にロシアのサイバー攻撃への対応についてTwitterで援助を求めたのです。マスク氏はその呼びかけにたった1時間でゴーサインを出して、スターリンクの供与が決まったのです。
 
 フェドロフ氏がロシア軍の侵攻を食い止めるためにどれだけ貢献したかは、計り知れないものがあります。
 例えば、彼は世界中のハッカーに呼びかけ、ロシアに通信障害が起きるように手配します。ハッカーと言えば、我々はコンピュータネットワークにウイルスを流し込むようなサイバーテロリストだと誤解しがちですが、ハッカーの多くはそうしたサイバー攻撃を防いだり、テロリストを追いつめたりする人々です。ホワイトハッカーと言われている彼らは、犯罪を防ぎ、テロ行為の犯人を追いつめる役割を担う重要な人材です。もちろん、FBIであろうがCIAであろうが、そうした人々とのネットワークを大切にしています。フェドロフ氏はそうしたバーチャル空間での戦闘行為に参加してもらうためにハッカーを組織化していると言われています。
 

露軍侵攻前から構築されていたウクライナのペーパーレス化

 そんな噂が流れていたときに、ロシア軍の動きをさらに封じ込めるための技術が導入されました。
 フェドロフ氏は、ベトナム系オーストラリア人で現在ニューヨークに居を構える、ホアン・トッタット(Hoan Ton-That)氏と連絡を取ったのです。ホアン・トッタット氏が運営するクリアビューAI(Clearview AI)という会社は、膨大なデータベースをもとに人の顔を認識し特定するシステムをもつ先端企業です。この会社のデータベースは行政機関の治安維持などに使用されていますが、TwitterやFacebookなどのSNS関連会社からは、個人情報を権力に提供する行為だという批判にさらされていた企業でもあります。
 
 しかし、今回クリアビューAIの技術がウクライナに提供されたことで、ロシア軍兵士の顔を識別でき、かつ検問所では顔を識別することで、ロシア軍をサボタージュ(sabotage:労働量や質を低下させること)させることも可能になりました。もちろん、戦争で離散した家族の再会のためにも、このシステムは活用できます。なんと、戦死者の損傷した顔からもその人物が特定できるほどに精密な技術のため、ロシア軍の戦死者の情報も的確に把握できるのだというから驚かされます。
 
 現在、サイバーの世界では様々な才能が世界各地に点在しています。特にフィリピンやベトナムなどはそうした人材の宝庫と言われていますが、ホアン・トッタット氏が元々ベトナムの由緒ある家系の子孫であることも、そうした背景と無縁ではないかもしれません。
 そして、ウクライナ軍が当初の予測に反して頑強にロシアの脅威に抵抗でき、ロシア軍の占領地での戦争犯罪行為に対しても具体的な証拠を即座に公にできるのは、この若き副首相の存在があるからなのです。
 
 では、このウクライナの状況を見たときに、どうして日本のことを憂い、警鐘を鳴らす必要があるのでしょうか。
 それは言うまでもなく、デジタル庁にしろ、様々な公の機関にしろ、日本の組織にはフェドロフ氏の事例のような若さがないことです。さらに世界の才能とネットワークするオープンな発想も欠如しています。20代の人物を副首相に抜擢し、デジタル改革を押し進めるような柔軟で臨機応変な対応が、日本の組織では不可能だという現実を考えたいのです。
 
 フェドロフ氏はロシアとの戦争のはるか前から、国内のデジタル化を推し進めました。特に興味深いのがe-Residencyと呼ばれるシステムで、外国籍の人がオンラインでウクライナ国内の行政サービスにアクセスでき、ウクライナ国内でビジネスができるシステムを構築したことです。この構築を行う中で、ウクライナ国民はペーバーレスで瞬時に起業でき、様々な行政サービスを享受できるように改革が進められていました。今回の戦争さえなければ、2024年までにウクライナ全土のどのような場所でも、均等にネットワークサービスが受けられ、ほとんど全ての行政サービスがペーパーレス化するところまで行き着いていたのです。
 

世界のネットワークから孤立したデジタル後進国・日本

 日本では、こうした海外の情報があまり把握されていません。官僚と政治家の固い頭脳では、世界に点在するハッカーをネットワークし組織化することなど不可能です。そもそも、法的な整備すらできていないのですから。
 
 もちろん、AI化や情報のオンライン化には、個人情報の問題や権力による濫用の問題が付きまといます。しかし、仮にそうした問題があったにせよ、サイバーセキュリティの技術を駆使してその課題を乗り越えるノウハウの追求もしなければなりません。
 そんな頭脳集団が、フィリピンやベトナム、あるいはバルト三国やウクライナといったような、思わぬところで活動し、彼らがバーチャルでネットワークしながら、移民の受け入れに柔軟なアメリカやヨーロッパの国々から投資を仰いでいる現実があることを、我々は認識するべきです。
 
 こうした意味で、日本がすでに次世代への準備という点では後進国になりつつあることを、この機会に強調したいと思います。
 

* * *

『The Elon Musk Story イーロン・マスク・ストーリー』トム・クリスティアン (著)The Elon Musk Story イーロン・マスク・ストーリー
トム・クリスティアン (著)
ファンタジーやSFの世界が好きだった少年は、わずか12歳でゲームソフトを開発・販売するなど、早くから異彩を放っていた。再生可能エネルギーの可能性と人類の宇宙旅行を夢見て、まだ誰も挑戦していない分野に商機を見出した彼は、並みいる世界的企業の経営者たちを追い抜き、世界一の富豪へと上りつめる。その男の名前は、イーロン・マスク。ガソリン車からEV(電気自動車)への転換をもたらし、民間で初めて人類を宇宙に運ぶことに成功した彼の半生をやさしい英語で綴る。

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

PAGE TOP