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梨泰院の悲劇の向こうにある韓国の3世代

At least 151 killed in Halloween crowd surge in Seoul

(ソウルでハロウィンの群衆が押し寄せ、少なくとも151人が犠牲に)
― New York Times より

閉塞感漂う若者たち、その親の民主化世代、さらに上の戦争世代

 韓国・ソウルの梨泰院(イテウォン)に若者が殺到し、最終的には154人の犠牲者が出た日、私はソウルに滞在していました。3年ぶりに大学で教鞭をとる友人と夕食を共にしながら、彼女が教える教養学部の学生たちの様子について、話を聞いていたのです。今回犠牲になった人たちの大半は、その世代に属する人たちでした。
 
 最近の韓国といえば、韓国発のポップカルチャーが世界に刺激を与えていることで注目を浴びています。そんな文化現象の発信地の一つ、梨泰院に集まった若者の心に大きな変化があるとその教授は話してくれました。それは事件が起こる直前、ソウルは東大門の近くにある又来屋という北朝鮮風の料理で知られるレストランでのことでした。
 
 コロナによって、若者の海外への関心が薄れ、未来に希望を持てない人が増えていると彼女は語ります。昔のように、残業をしてでも仕事でキャリアを伸ばそうという若者は少なくなり、多くがプライベートと仕事のバランスを重んじるようになったそうです。日本の状況となんとなく似ていますね、と問いかけると、「私は日本の未来はそのまま韓国の未来だと思いますよ」とコメントしてくれました。閉塞感が国全体を覆っているなか、人々の価値観も大きく変化してきているわけです。
 
 彼らの父親の世代、つまり私と食事をしている友人の世代は、韓国で最もジェネレーションギャップを感じた世代だといわれています。それは今の40代から50代の人々で、韓国が1980年代に民主化され、その後の過程で左右に揺れた社会を生きてきた世代にあたります。
 
 食事を共にした又来屋は、そんな世代のさらに親の世代に北朝鮮から逃れてきた人が開いた店で、1950年から53年に起きた朝鮮戦争で今の北朝鮮に帰れなくなった人々が集まるレストランとして知られています。午後にはその店に戦争で離散した人々が集まり、北朝鮮風の冷麺を食べながら昔話をする場所として知られていたのです。
 今では、そうした人々も高齢化し、多くは他界してしまいました。そして、私の友人の世代は、そんな親たちに育てられ、多くは昔の価値観に反抗して韓国の民主化を牽引してきたのです。
 

かつての時代の記憶も薄れてポップカルチャーの時代へ

 梨泰院で命を落とした20代の人々は、私の友人よりさらに1世代あとの若者ということになります。
 又来屋のそばには、清渓川(チョンゲチョン)が流れています。昔は庶民が川辺で洗濯をしたり、井戸端会議をしたりといった光景があったところですが、近年整備されて若者のデートスポットに生まれ変わりました。
 
 戦前、韓国からすれば植民地時代に、そんな川辺に生きる人々の様子を見事に描写し『川辺の風景』という小説を発表し、韓国現代文学を代表する作家として注目された人がいました。彼の名前は朴泰遠(パク・テウォン)。彼は戦後に社会主義に傾倒し、朝鮮戦争が始まると北朝鮮に亡命しました。戦争の混乱もあり、彼の家族は韓国に残り、以後家族が再会することはありませんでした。
 
 私の知人にも、祖父が朝鮮戦争のときに平壌に残ったために離散家族となった人がいます。彼の父親が自分の父親(知人の祖父)と離散したのは8歳のとき。1950年のことでした。以来、彼の父親はソウル出身の女性と結婚して必死で一家を養いました。その息子、つまり私の知人は、そんな朝鮮戦争以来の韓国で生きてきた父親と折り合うことが難しかったと語ります。彼も伝統的な家族の在り方に執着する父親と対立してきた、民主化運動を生きた人なのです。
 もちろん、南北に分断されたなか、私の知人は祖父と会うことはありませんでした。年齢からしても祖父は北朝鮮のどこかですでに他界しているはずです。
 
 そして今、梨泰院や清渓川に憩う世代は、そんな時代も過去のことと思う人々です。そんな若者が生み出した様々な芸術活動が世界で話題になっています。その中には映画も含まれます。韓国の映画界を代表する監督、奉俊昊(ポン・ジュノ)は、2019年には『パラサイト 半地下の家族』でアカデミー賞を受賞しました。彼がコミカルにも深刻に描く格差と世代のギャップは、日本でも多くの反響を呼びました。
 実は、1969年生まれのポン・ジュノ監督の母方の祖父が、あの『川辺の風景』を執筆したパク・テウォンなのです。ポン・ジュノ監督自身が離散家族の孫ということになります。
 

3世代を経て大きく様変わりした梨泰院での痛ましい事故

 又来屋に集まる北朝鮮出身の人々の数は、年ごとに少なくなり、コロナが蔓延したこの2年半で韓国の人々のライフスタイルも大きく変化しました。
 そんなコロナもなんとか一段落し、人々の往来が元に戻ろうとした矢先、久しぶりにハロウィンを楽しもうと若者が殺到して起こったのが、今回の悲劇だったのです。そんな梨泰院は植民地時代には日本軍の基地で、龍山基地と呼ばれていました。そして戦後は米軍に基地として接収されたことから、米軍相手の商店やレストランが集まる歓楽街であったことも、犠牲者の多くは知らなかったかもしれません。
 
 梨泰院も、祖父母から父母、そしてその次の世代の若者たちという3世代を経て、大きく変化した場所だったのです。
 
 犠牲者の冥福を心からお祈りしたいと思います。
 

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