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ベラルーシは日本の「裏」の姿?

Your money is not charity. It’s an investment in the global security and democracy that we handle in the most responsible way.

(皆さんの支援は慈善事業ではありません。我々が全責任をもって担う、世界の安全保障と民主主義への投資なのです)
― ゼレンスキー大統領のスピーチ より

ウクライナの北に位置する「ベラルーシ」はどのような国か

 今回が本年最後の記事となります。
 そこで、来年に世界が最も気にするのではないかという事柄について、触れておきたいと思います。それは、いうまでもなく、ウクライナがこれからどうなるのだろうということでしょう。
 
 ウクライナの戦況は、ロシアが多少後退したままで膠着状態となっています。この厳しい状況を打開しようと、プーチン大統領はウクライナの北にあるベラルーシを訪問し、ルカシェンコ大統領と会談を持ちました。その様子をほとんどのメディアは、凶悪な独裁者の強い連携であるかのように報道しました。
 しかし、この2つの国の状況をどのように読み解くかを考えたとき、表に見える情勢と、その向こうに隠れている本質とが、いかに複雑に交錯しているかがあぶり出されてきます。我々はマスコミの一面的な報道や、政府の見解だけに頼らず、世界情勢をしっかりと見つめる癖をつける必要がありそうです。
 
 そもそも、ベラルーシとはどのような国なのでしょうか。実は、この国の国民の多くはポーランドとバルト三国の一つであるリトアニア系の人々です。この地域は元々近世にポーランドとリトアニアが連邦を結成し、東ヨーロッパに君臨していた頃の領土だったのです。
 ベラルーシのことを「白ロシア」と訳しているために、多くの人が誤解しますが、ベラルーシの人々は決してロシアに忠誠を誓っているわけではないのです。
 
 その後ベラルーシ一帯は、第二次世界大戦前夜にポーランドへの侵攻を画策していたドイツが旧ソ連と行なった交渉を経て、ソ連に編入されました。以後、ベラルーシは旧ソ連の工場といわれるほどに、ソ連や東欧圏に向けた電化製品などの生産拠点となったのです。
 
 そして、ソ連が崩壊します。新生ロシアは旧ソ連の領土の多くを手放しますが、ロシアの指導者は西側の影響力がそうした隣国に波及することを警戒します。やがて、ロシアは自国のエネルギー資源を外貨獲得の核として、ソ連崩壊後の経済難から立ち直ろうとしたのです。次第に裕福になったロシアや東欧の人々は、もともとソ連のおそまつな技術力の元で工場生産を行なっていたベラルーシの製品を嫌い、多くの消費者が日本や西欧の製品を求めたため、ベラルーシはまたたく間に経済難に陥ったのです。やがて、ベラルーシの中にも旧ソ連への不信感と経済的な立ち遅れを自覚した国民が増え、彼らの間に西側への憧憬が拡散します。
 
 このことは、ベラルーシの政権の座に長い間君臨しているルカシェンコにとっては頭の痛い問題でした。
 次第に国力を取り戻し、できればベラルーシをロシアに編入したがるプーチン政権の野望をかわしながら、西側とも経済関係を伸長させたいと彼は思ったはずです。実際、一時はベラルーシがEUに加盟することを検討した時期もあったようです。しかし、隣国ロシアは強大です。ベラルーシがEUに加盟しようものなら、ロシアからどのような報復を受けるかわかりません。プーチン政権の基盤が強化されるにつれ、ルカシェンコはロシアの圧力とどう妥協するかという選択に迫られたのです。
 

一面的な報道からは見えないルカシェンコ大統領の本音

 つい数年前まで、ベラルーシとロシアの間にはこうした微妙な緊張関係があったのです。その緊張の中で、ロシア寄りの政策転換を余儀なくされたルカシェンコ大統領に、民衆が反発。西欧並みの民主国家にするべきだという抗議運動が国内に拡大します。ルカシェンコ大統領が最も恐れたのは、そうした運動にロシアが介入してくることでした。つまり、ウクライナではなくベラルーシがロシアに蹂躙される可能性が充分にあったのです。
 
 そんなときにウクライナがNATOに加盟するという意思表示をします。ロシアから見ると、ウクライナとベラルーシ双方を失うという危機感にさいなまれたわけです。ロシアはベラルーシに対して強硬に同盟を要求し、ルカシェンコ大統領も自らの政治基盤を守り、ロシアへの編入も回避するために、ロシアの申し入れを受け入れたのです。
 
 こうしてみると、表面上は蜜月関係にあるように報道されるプーチン大統領とルカシェンコ大統領が、実は一枚岩ではないことが見えてきます。これが一般にはあまり報道されていないウクライナ問題の一面です。
 2023年にベラルーシが北からキーウを目指して侵攻してくることはウクライナにとっては悪夢です。ですからウクライナも欧米の関係者も、ベラルーシをロシアにこれ以上走らせないように、微妙な舵取りを迫られています。もちろんルカシェンコ大統領は、できればロシアの手先としてウクライナに侵攻するオプションは避けたいのが本音なのです。ただ、政治的にも国際的にも追い詰められているプーチン大統領が、自暴自棄になったとき、ベラルーシにどのような圧力をかけるかは未知数です。そうなれば、万が一ロシアと欧米との核戦争が勃発した場合、標的になるのはロシア軍の主力が駐留するベラルーシでしょう。
 
 ウクライナのゼレンスキー大統領は、こうした情勢の中でアメリカを訪問し、支援の維持と増強を要請しました。彼はアメリカ人の世論に最も訴えやすい見事な表現で、自らが切望することをアメリカ議会での演説に盛り込みました。その一説が、今回のヘッドラインに他なりません。アメリカのバイデン大統領も、ともすれば厭戦気分に見舞われがちなアメリカの世論を再度刺激するためにも、ゼレンスキー大統領に訪米してもらいたかったのです。
 

超大国に挟まれた国のあり方を日本も学び考えるべき

 ゼレンスキー大統領は、ベラルーシよりも先にウクライナが西側に近づいたことが、ロシアの自国への侵攻を招いたことを誰よりも知っているのです。大国同士のつばぜり合いが起きたとき、実際の戦場になるのは、その隣国であるということを。そして、そうなったのが不幸にしてベラルーシではなく、ウクライナであったことも。
 
 この教訓を、中国とアメリカの間に位置する日本もしっかりと学ぶべきです。
 アメリカと中国、あるいはアメリカとロシアという大国のつばぜり合いの中で、どう主権を維持し、豊かさを守ってゆくか。ルカシェンコ大統領の民主化運動への弾圧は非難されるべきでしょう。しかし、その背景にある彼の本音から、日本が学び考えさせられるものがあるという皮肉を、我々は知っておかなければなりません。
 
 アメリカは西欧やアジアからも離れた超大国です。その超大国が咆哮するとき、実際の戦場となるのは常にその咆哮の先にあるもう一つの超大国ではなく、そこに接した隣国であるということは、歴史を見れば明らかなことです。
 日本の防衛予算の増強や、アメリカとの同盟関係のあり方は、こうした背景を斟酌した上で判断し、進めてゆかなければならないデリケートな事柄なのです。
 
 皆さんにとって、そして世界にとって、2023年が今年よりは希望の見える年となることを祈念します。
 

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鶴岡 公幸、佐藤 千春、Matthew Wilson (著)
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