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世界が動きつつあるときの外務大臣の失態の波紋とは

Grand test for Indian diplomacy as American, Chinese and Russian ministers meet in Delhi

(アメリカと中国、そしてロシアの外相がデリーで会合することで、インドの外交力が大いに試される)
― CNN より

ウクライナ問題をめぐって交錯する国際外交

 このところ、いつになくあちこちで外交上の駆け引きが表に出てきています。
 アメリカのブリンケン国務長官の中国非難や各国の首相や高官の思わぬ動きなど、メディアでの報道を整理するだけでも一苦労です。
 通常、ウクライナ問題にしろ、中東での緊張にしろ、表に出ている事件の裏では様々な外交的な駆け引きが行われているのが現実です。その駆け引きをする過程でも、ニュースで取り上げられるような会談や、ときには事件が勃発します。今、そうした会談や事件の起こる頻度が極めて高いのです。
 
 G20がインドで開催される前夜、3月に入ってアメリカではFBIの関係者が、いきなりコロナウイルスが中国の武漢にある細菌研究所から発生した可能性が高いと発表し、中国を強く牽制しました。
 そして同時に、最近話題になった気球による中国の諜報活動に続いて、TikTokなどの中国からのSNSの進出が、アメリカでの世論操作や様々な情報収集に活用されていることへの懸念が表明されました。サイバーセキュリティの観点からも、アメリカ国内でのTikTokの使用を規制しようとする動きが出てきています。先週もアメリカのメディアは頻繁にそうした懸念を報道していました。
 
 同じ頃、中国政府の最高幹部の一人で外交政策を指導する王毅氏が、イタリア、フランス、ドイツ、そしてハンガリーを訪問し、その後モスクワを訪れました。王毅氏のモスクワ訪問が報道されたのは、2月22日のことでした。ロシアのウクライナ侵攻から1年を迎える直前の出来事でした。
 興味深いのは、王毅氏がEUの軸となるフランスとドイツを訪問しただけでなく、右派勢力が政権を握り、EUの不安定化が懸念されるイタリアとハンガリーを同時に訪問したことです。そして、ドイツではウクライナ側とも接触しています。こうした動きを通して、とかく西側寄りのウクライナを中国が力で牽制しながら、ウクライナ問題の外交的な解決に向け存在感を誇示しているようにも見えてきます。
 それと対抗するように、2月後半からアメリカのブリンケン国務長官は、中国が殺傷兵器を密かにロシアに供与している疑いがあることを繰り返し指摘し、そうした行為が表面化すれば中国は多大な代償を支払うことになると強く警告します。
 

中国の動向が世界の外交の行方を左右する

 このように、世界の外交が中国の動向を軸に動いているのです。
 ロシアの影響力を左右する強国として、世界が今までになく中国に注目し、中国もそれを意識しながら、コロナ政策で出遅れた経済の立て直しという内政と、外交での中国のプレゼンスの再構築を意識するかのような動きを見せています。
 ですから、アメリカの中国への警戒感は過去にないほど強くなっています。そして、世論上でも中国を批判する声が異常なまでに高まり、マスコミも世論を後押しするかのように、冒頭で解説したTikTokなど様々な脅威を強調します。
 
 さらに注目されたのが、ベラルーシの動きでした。王毅氏とプーチン大統領がモスクワで握手をした直後、ウクライナ侵攻でロシアが自国の領土を使用することを認めたベラルーシのルカシェンコ大統領が3月1日に中国を訪問します。
 ウクライナにとっても西側諸国にとっても、王毅氏の動きとルカシェンコ大統領の北京訪問の真意について、様々な憶測が流れています。ブリンケン国務長官が同じ頃に中央アジア諸国を訪問したのも、ルカシェンコ大統領の訪中の直前でした。さらにこれらの動きに呼応するかのように、ロシアは今ウクライナ東部で再度大規模な攻勢をかけ、ドンバス地方の完全掌握を目指して今までにない組織的な攻撃をしかけ、ウクライナを圧迫しています。
 
 さらに忘れてはならないのが、中国の東南アジアやアフリカへの経済進出の現状です。アメリカという大きなマーケットから制裁を受けている中国は、携帯電話などの様々な領域で、より安価なサービスを提供しながら、こうした地域で西側の商品としのぎを削っています。例えば、フィリピンなどではiPhoneが高価で手が出ない人々が、ファーウェイ、OPPO、あるいはXiaomiといった中国製の携帯を購入し、それを通してTikTokを楽しむ光景が日常化しています。こうした状況に危機感を募らせるアメリカは、中国がコロナでの負の遺産から回復する前に、外交でも経済でもその再進出に楔を打とうとしているのでしょう。
 

外相のG20欠席という日本外交のお粗末さ

 今、アメリカと中国との対立の向こうに、ロシアのウクライナ侵攻があるようにすら見えてきます。
 今回のG20外相会談は、これら全ての状況の中で開催された極めて重要な会合でした。特に大きな意味があったのが、その開催場所でした。議長国のインドは伝統的にロシアとつながりが強い国で、同時に日本など西側とのパイプも重要視するユニークな外交を展開してきた国家です。アメリカとは常に距離を置き、同時に中国とは北部で領土問題も抱えながら、緊張と協調を繰り返してきた大国です。今、インドは日本とオーストラリア、アメリカとQUAD(クアッド)という枠組みで安全保障上の協力関係を構築しようとしながらも、ロシアとの関係を悪化させることにも慎重です。
 そんなインドに注目したのが、今回紹介したCNNのヘッドラインだったのです。そこがホストをしてG20を開催しているという背景を考えたとき、日本の林外務大臣が国会での予定を理由に会合への出席を見送ったことの汚点を拭うことは不可能だと思われます。
 
 これらの動きをまとめてみた場合、ロシアのウクライナ侵攻への転換点が、中国やアメリカがつばぜり合いをしながら、そう遠くない時期に訪れるのではという見方もできるはずです。
 日本がどんなに国際的な役割を果たそうと躍起になっても、首相はウクライナを訪問できず、同時に外相はインドを訪問できないというお粗末な事実に、世界の世論が日本への非難を通り越して、その存在を忘れかけているという事実を見つめる必要があるのです。
 実は、アメリカと中国が対立する中、中国の外相も全人代開催の予定とルカシェンコ大統領訪中の間隙を縫って、厳しいスケジュールをかいくぐってインドを訪問しています。
 
 外務大臣は、日本にいるときより海外を駆け巡っている時間が多いぐらい活動して、初めて世界と対峙できるはずです。どんな理由があるにせよ、世界の指導者にできることが、どうして日本の政府高官にはできないのでしょうか。その単純な質問に答えようとするとき、日本という巨大組織の弱点と疲労の実態が露見されてしまうのではと思うのです。
 

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『日英対訳 英語で話す世界情勢』山久瀬 洋二 (著)日英対訳 英語で話す世界情勢』山久瀬 洋二 (著)
ますます混沌とする世界情勢を理解するために知っておきたい世界の課題を、日英対訳で解説! 今、世界でさまざまな影響を与えている事象について、単にニュース的な見解と報道を紹介するのではなく、日本人には理解し難い歴史的・文化的背景を踏まえ、問題の向こう側にある課題を解説。そして未来へのテーマについても考察します。また本書では、学校では習わないものの、世界の重要な課題に対して頻繁に使われる単語や表現もたくさん学べるので、国際舞台でより深みのある交流を目指す学習者にも有用な一冊です。

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