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事実と異なるお国自慢の向こうに見える歴史と政治

The House of Wisdom in Baghdad was an important library and intellectual center during the Islamic Golden Age from the 8th to the 13th centuries. The library’s significance lies in its role in preserving and translating knowledge from Greek, Persian, Indian, and other civilizations. This translation movement helped lay the foundation for the European Renaissance.

(バグダードにあった「知恵の館」は、8世紀から13世紀にかけてのイスラム文化の黄金期に知恵の集積庫の役割を果たした重要な図書館だった。そこにはギリシャやペルシャ、インド、さらに多くの文明で育まれた知識が翻訳され、保存されていた。この活動はヨーロッパでのルネサンス運動の礎にもなったのだ)
― GPT-4 より(一部省略)

アメリカ合衆国憲法は「世界で最初の憲法」?

 ロサンゼルスのそば、富裕層の居住地として有名なマリブにベルエアというビーチクラブがあります。私の友人で英語の能力試験を運営する会社の創業者がそこのメンバーであることもあって、西海岸に行ったときはよく夕食に招待されます。
 
 そこでビーチに沈む夕陽を見ながら、ビジネスディナーに参加していたときのことでした。たまたまアメリカ合衆国の憲法についての話題になったとき、アメリカ人のディレクターが、私に向かって「そういえば、合衆国憲法は世界で初めての成文法の最高法規なんだよ」と話し出しました。
 私は即座に、そりゃないだろうと反論します。
 「例えば、日本には7世紀に大宝律令という憲法に相当する法律があったしね。しかも、その法律は中国の律令制度に倣って制定されたわけだから、中国にはもっと古い時代に立派な成文法があったことになるよ」
 そういうと、彼は戸惑ったように「まさか」と呟きます。
 どうも多くのアメリカ人は幼い頃からそのように聞かされて育ったようです。
 
 そんな会話を隣のテーブルで聞いていたヨーロッパからの訪問者と思しき数人の女性が、目を合わせてクスっと笑っている様子が瞼の横によぎります。
 「アメリカ人ってこれだからね。なんでも自分達が一番だと思っているんだから」というニュアンスのシニカルさがそこにありました。
 確かに、実際アメリカの憲法はいわゆる近代民主主義の制度を謳った最高法規としては最も初期のものであるとはいえるでしょう。だからといって、それが世界で最初の憲法だというのは飛躍しすぎています。
 

「世界一」の自国意識が生み出す誤解の数々

 そんな会話をした年の夏に、その友人の創業者とインドのムンバイに出張したことがありました。そのときに空港から乗ったリムジンの運転手との会話が興味深かったのです。
 
 彼はインドには世界で最も高い山があるというのです。友人がすかさず「それはどんな山だい」と尋ねます。するとインド人のドライバーはそんなことも知らないのかというふうな表情で、「エベレスト山に決まっているだろ」と答えます。
 そこで私がまた「待てよ、エベレストはネパールと中国にまたがっているはずだよ」と横槍を入れたのです。友人も私に同意しますが、インド人のドライバーも譲りません。
 これは面白いとムンバイに滞在している間、私とアメリカ人の友人はインド人と出会うと「エベレストはどこにある山だい」と問いかけます。すると面白いように彼らは「インドだよ」というのです。
 
 ムンバイにリングロードという長いビーチに沿った通りがあり、その側にある小高い丘には裕福な人が多く住んでいます。ムンバイ版ベルエアというわけです。そこに同じ友人と行ったとき、案内をしてくれた人が「ここの地価は世界で最も高いのよ」と誇らしげに説明します。
 私も私の友人も、すかさず「マンハッタンやビバリーヒルズより、そして銀座よりも高いのかい」と聞くと、彼女は目に一点の曇りもなくもちろんと答えます。
 
 なぜインド人がこういうふうに思っているかというと、インドが南アジアの大国だからに他なりません。しかも、今では中国を追い抜いて人口では世界一。経済も成長中なので、多くの人が大国意識を持っているからです。アメリカ人の意識と似たものが、彼らにも芽生えているわけです。もちろんネパールをはじめとする周辺の国の人はそんなインド人を傲慢だと揶揄します。
 
 滑稽に思われるかもしれませんが、こうした誤解は世界中にあるのです。ちなみに、ドイツ人に世界初の印刷技術は誰が発明したかと聞けば、誰もがグーテンベルクだと答えるでしょう。しかし、韓国で同じ質問をすれば、その発明以前に韓国では金属活字を印刷する技術があったと彼らは答えます。シルクロードの終点は日本だと思っている日本人に対して、韓国人はそれは韓国だと胸を張ります。
 
 日本人はどうでしょう。日本人のほとんどは「招き猫」は日本のものだと思っていますが、実は中国から伝わったものだという説もあるなど、日本の例を挙げてもきりがありません。
 

「お国自慢」合戦の背景にある複雑な歴史

 こうした自慢合戦は子供っぽい話ですが、実はその背景には長い歴史の中で培われた政治が絡んでいることも事実です。
 
 例えば、イギリス人は大英図書館こそが世界最高の図書館だと思っているはずです。しかし、このことをイスラム圏の人に指摘すると、彼らは口を揃えて、それはイギリスが植民地経営をしているときに、我々の国からいろんなものを盗んだからだと答えます。
 では、イスラムの人にとっての図書館はといえば、多くの人が「知恵の館」の話をします。それは8世紀にイスラム王朝の庇護のもとにバグダードに設立された壮大な図書館で、そこには世界中の資料が集積されていたといわれています。実際、ヨーロッパでのルネサンス運動から始まる近代化は、この図書館での知識が逆にヨーロッパに伝えられた結果だと多くの学者が主張するほどです。そして中東の人たちは、そうした事実を学ばない欧米の人々を傲慢だと批判するわけです。
 
 ところで、この「知恵の館」について、イラン革命を逃れて世界各地に離散したペルシャ系の人に問いかけると、それはイスラム教の指導者がそれ以前のペルシャ文化をもみ消すために作った図書館だと主張します。事実かどうかはさておき、世の中は確かに複雑なのです。そして、そんな長年にわたる人類の確執で発生する膨大な難民は、移民としてアメリカやヨーロッパに移住し、2世や3世になるとその国の市民としてごく普通に生活しています。
 
 先週、イギリスでチャールズ3世の戴冠式が行われたとき、新王がこうした移民社会に配慮し、彼らのプライドを尊重した式典を行おうとしたことが話題になり、チャールズ3世のお株が急上昇したことは記憶に新しいはずです。しかし、それでも中東の人々、さらには中東から欧米に移民してきた人々にとって、イギリスやアメリカへのシニカルな意識を払拭することは不可能です。チャールズ3世も、去年他界したエリザベス2世も、中東やイラン、そしてイランから逃れてきたペルシャ系のごく一般の人々の間では、過去に自分たちの国を侵略し、現在に至る政情不安の原因を作った、とんでもない国の王様だと思われているのです。
 

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異文化ビジネスコンサルタントのアンドリュー・ロビンス氏に、世界最低レベルといわれる日本人の英語力について等、インタビューを行いました。ご興味のある方はぜひご覧ください。
⇒動画はこちら:https://youtu.be/oi5i3eYruZY
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『日英対訳 英語で話すロンドンQ&A』トム・クリスティアン (著)日英対訳 英語で話すロンドンQ&A』トム・クリスティアン (著)
教会・宮殿・官公庁舎・公園・モニュメントなど、美しくて歴史があり、民族的にも多様な都市「ロンドン」は、「世界渡航先ランキング」で、2010年以降常に上位3位に入る人気の観光地です。本書では、そんなロンドンについて、地理や歴史、観光地についての基礎知識から、イギリス王室や歴史的事件、そしてロンドン生まれの著者ならではのディープで為になる情報を日英対訳でご紹介! ロンドンに興味のある方必読の一冊です。*本書の英文は「アメリカ英語」を採用しております。

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