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世界の危機に問われるマスコミの役割

Palestinian health ministry: 2,215 people killed and 8,714 wounded in Israeli strikes on Gaza.

(パレスチナの厚生当局はイスラエルによるガザへの攻撃で2,215名が犠牲になり、8,714名が負傷していると発表)
― アルジャジーラ より

イスラエルで起きた悲劇を伝える報道に見える偏り

 どのような過去のいきさつがあろうと、今やってはいけないことをすれば、それはその時点で裁かれるというのが法治国家によって成り立っている現在の国際社会の原則でしょう。
 ハマスが非難されるのはその一点に尽きるわけです。誰も無実の市民を無差別に殺害し、誘拐することを許すことはできません。ハマスの攻撃によってイスラエル側に市民を含めた1200名の犠牲者が出たことはまぎれもない事実です。
 
 しかし、一方でイスラエルの行動に対して、それを客観的に指摘するメディアが少ないことにも驚かされます。CNNもBBCも、また日本のメディアの多くもニュースの時間のほとんどを割いて、イスラエルで起きた悲劇を伝え、犠牲者の親族の悲しみを伝えています。そして、その前提に立って、イスラエルがガザ地区に本拠を構えるハマスへの報復をしている模様を報道します。こうした報道に接して、多くの人がパレスチナ人そのものへの疑念を募らせます。これは大きな誤解でしょう。
 ハマスの国際法違反の行為は非難すべきで、犠牲者に哀悼の意を示すことも大切です。しかし、なぜこうした悲劇が起きたのかを双方の立場に立って、冷静に報道するのがマスコミの役割であると思うのです。
 

アルジャジーラの公平なインタビューが引き出したもの

 ここで、あえて中東のテレビ局アルジャジーラがハマス側とイスラエル側の責任者双方にしっかりとインタビューを行い、事態を公平に伝えていたことについてお知らせしたいと思います。
 
 番組でアルジャジーラは、ハマスとイスラエルの責任者に対して別々にインタビューを行いました。最初に登場したのは、ハマスの高官ウサーマ・ハムダーン氏です。ハマスが無実の市民に対して行った行為は容認できないと、記者がウサーマ・ハムダーン氏に詰め寄ります。そして、そのインタビューが終わったあとに、ハマスに対して報復することで同様に罪のない市民を殺害することが正当化できるのかと、イスラエルの元外務副大臣のアヤロン氏にも容赦なく問いかけたのです。メディアの中で、ハマスとイスラエルの両者に厳しく問いかけ、その際立った対立の様子を伝えることができたのがアルジャジーラだけだったように思えるのは、残念なことでした。
 
 アルジャジーラがインタビューを行ったイスラエルの元外務副大臣アヤロン氏は、避難してきた住人は難民としてしっかりと保護するようになっていると主張します。そうはいっても、家も財産も残して130万人の人間がそのままどうやって避難するのかと、記者がさらに訊けば、街から離れてまずは砂漠、海辺に沿って指定された避難路をたどれば、そうした人を保護するようエジプトなどにも働きかけていると答えます。
 とはいえ、難民になる人々はガザ地区でイスラエルの経済的な抑圧を受けながらなんとか生活している一般の市民に他なりません。その前提に立って、「ではイスラエルがガザ地区への水や電気の供給をストップすることで、病院が墓地に変わっていることはどう説明できるのか」と記者が告げると、その病院は実はハマスの資金源なのだと、アヤロン氏は突っぱねます。
 
 記者がアヤロン氏に質問を向ける前、ハマス側のハムダーン氏に対峙した際には、ハムダーン氏はイスラエルが長年にわたってパレスチナに住むアラブ人の家と土地を奪い、抑圧し、数えきれない人の財産と命を奪ってきたという主張を繰り返し、この人権と自由の剥奪の長い歴史への罪に対して、イスラエルは責任をとるべきだと述べていました。記者はこの問題については必ずイスラエル側にも問いかけると約束し、そのうえで、この病院の問題も取り上げ、いつでも犠牲になるのは武器を持たない民衆であることを強調したのです。そして、今回もパレスチナ人の方がはるかに多くの犠牲者を出していると繰り返します。
 特に病人やお年寄り、子どもなどの弱者は、まさにイスラエルの掃討作戦の前に死刑宣告を受けたかのような厳しい状況に追い込まれていることは確かで、中東で事態収拾のために外交活動を展開しているアメリカのブリンケン国務長官がこの病院の問題に一切触れないことには多くの非難が集まっているのです。
 
 改めて、ハムダーン氏の主張には一理あるとしても、ハマスによる罪もない市民への攻撃は許されないはずです。そこを押さえたうえで、アルジャジーラの記者がインタビューによって引き出した結果は、結局「お前らが我々の市民を殺したのだから、俺たちだってお前らを殺すんだ」と、双方が同じように相手を非難し、双方が国際法を冒していることを正当化しているという悲しい現実を浮き彫りにしたことになるのです。
 

無関心と偏見を助長する報道にこそ警鐘を鳴らすべき

 今回の事態に直面して、イスラエルはハマスとパレスチナとは分けて対応していると主張しています。つまりテロ行為を行ったハマスと、イスラエルの中にも居住するパレスチナ人とは別で、あくまでもイスラエル市民に被害を与えたハマスという組織へ攻撃を行うのは当然の権利であるという立場をイスラエルは貫いているのです。
 CNNでもイスラエルの救助隊にインタビューをし、彼らの同僚の中にもパレスチナの仲間がいるんだというコメントを伝えています。つまり、今回の問題は暴走したハマスにすべての責任があるというわけです。
 しかし、そのハマスが活動する地域こそ、パレスチナの人々が生活をしている地域に他ならず、そこにも罪のない市民が日々生活をしているのはまぎれもない事実です。ハマスの資金源になっているという病院にも、そんな背景とは関係のない普通の人々が入院し、治療を受けているのです。
 そうした場所を無差別に攻撃することへの非難の声をメディアが積極的に伝えないのは不思議な事実です。
 
 そして、イスラエルのやっていることは当然の自衛行為だとアメリカは全面的にイスラエルをバックアップします。こうした対応に、ロンドンやニューヨーク、さらには中東や北アフリカなど、世界各地でイスラエルを支援する人々と、パレスチナの人々を支援しイスラエルを非難する人々とが大規模な抗議行動を繰り返しています。
 この非難の応酬に押されるように、ガザ地区のみならず、イスラエルを中心とした地域での戦火も拡大しています。イスラエルがガザ地区の住人に、24時間以内に南部に移動するよう警告し、攻撃を始める旨を伝えると、130万人の住人がどのように移動できるのかと国連が懸念を表明します。国連はここでも有効な手段を打てずにいるのです。
 
 我々はこうした救いようのない複雑な状況が、中東や世界のあちこちで起きていることにもっと関心を持つべきです。そのナビゲーターになるべきマスコミが、今回は極めて偏った報道に終始しているように見えるのは、極めて大きな警鐘となるのではないでしょうか。
 

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