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イスラエルの過剰攻撃で苦しむ市民を見るアメリカの現状

A missile attack on an ambulance convoy has drawn severe criticism, including from the U.N., but Israel says it was transporting Hamas fighters.

(救急車の車列へのミサイル攻撃を国連などが厳しく非難するも、イスラエルは彼らはハマスの戦闘員を輸送していたと主張)
― New York Times より

今ウクライナと中東で起きていることの背景を整理すると

 ここであえて今の世界情勢を整理してみましょう。
 まず、アメリカは西ヨーロッパと経済的にも軍事的にも同盟しています。西欧との同盟を通して、アメリカは自国の経済的、軍事的な影響力を拡大しようとEU(アメリカは加盟していませんが)とNATOにテコ入れし、それに対してロシアが警戒感をあらわにします。こうしてアメリカとロシアとの対立が生まれ、ロシアがウクライナに侵攻したことで、その対立が現実の戦争にまで拡大しました。当然アメリカは全力でウクライナを支援せざるを得なくなります。
 
 同時に、アメリカは中東においては伝統的にイスラエルを支持しています。しかし、イスラエルは戦後そこに住むパレスチナ人を追い払って建国した、いわば人工国家です。もともとイスラエルに移住した人々は、第二次世界大戦、あるいはそれ以前からヨーロッパ東欧各地でジェノサイドに遭ったユダヤ人で、彼らの多くはアメリカにも居住していた人々です。従って、アメリカとイスラエルとは常に深い絆を維持してきました。
 となると当然、中東の国々とアメリカは対立します。特にイスラエルに強く反抗するイランやシリア、さらにはイラクなどの国々とアメリカは伝統的に敵対してきました。ロシアは、こうした状況を利用して反米戦略の一環としてシリアやイランとの同盟を強化してきたのです。ですから、ウクライナにロシアが侵攻したときも、イランはドローンをロシアに提供するなど支援を惜しみませんでした。
 
 さて、次に中国です。中国には1949年に共産党による一党支配の国家が生まれました。伝統的に反共を国是とするアメリカは、共産党に追われ台湾に避難した蒋介石を擁護しました。中国・ロシアとアメリカとの対立、そしてアメリカとイスラエルとの蜜月関係は、冷戦が終結した短い休息期間を除けば、戦後70年にわたって続いているのです。ですから、中東やアフリカに反米国家が生まれれば、ロシアも中国もそこに近づき連携を模索します。
 
 今回、パレスチナの人々の長きにわたって蓄積していた不満が爆発する形で、過激派組織ハマスがイスラエル領内で無実の市民を殺害し人質をとれば、当然アメリカはイスラエルに同情し支持を強く打ち出します。この支持をバックにイスラエルは懸案のパレスチナ問題を最終的に解決しようと、ガザ地区への攻撃を始めます。一方、ウクライナ侵攻で手一杯のロシアに代わり、イランは同盟している軍事組織ヒズボラを使って北からイスラエルに圧力をかけたのです。
 

権威主義を指弾するアメリカの民主主義が機能しない現実

 少しでも戦後の国際情勢への知識がある人なら常識ともいえるこの構図を背景に、今回のガザ地区へのイスラエルの攻撃を分析すれば、そこにアメリカのおかれている悲しいジレンマが見えてきます。
 ロシアやイラン、そして中国というアメリカと対立する国家をアメリカは権威主義国家として非難し、そこでの人権問題や民主化運動への抑圧を指弾します。しかし、そんなアメリカが、イスラエルが自らの市民がテロの犠牲になったことを口実に、パレスチナ人に危害を加え、自らの生存権を誇示しようと、ガザ地区で罪もない病人や子どもまで殺害している様子を黙認しているわけです。政治が民主主義という理想のために機能していないことを白日の下に晒したのです。
 
 最近、イスラエルとアメリカとの同盟に対して、世界の世論に明らかな変化が生まれています。イスラエルがブレーキを踏むどころか、パレスチナへの攻撃を加速させ、制御がきかなくなっているなかで、アメリカが常にテーゼとして世界に示してきたテロの撲滅、自由と人権の擁護というメッセージが、色褪せつつあるのです。
 
 CNNやBBCといった西側のマスコミによる報道にも疑問があります。
 例えば、イスラエルにハマスが侵攻し人々を殺害し、人質をとったとき、西側のマスコミはその家族の悲しみを詳しく報道し、人質をとられた家族へのインタビューなどを繰り返し報道しました。しかし、イスラエルがガザ地区を爆撃している様子は、遠目に見た爆撃の様子のみで、その瓦礫の下に埋もれる人々の家族へのインタビューは多く見られませんでした。
 
 西側の報道のバイアスがそこにあります。とはいえ、イスラエルの行為が過剰防衛だという非難が広がるにつれ、さすがにガザ地区の惨状もニュースになり始めます。転機となったのが、ガザの病院の爆破事件でした。真相はイスラエルが攻撃したのか、ハマスの誤爆によるのか判断が分かれます。しかし、この段階でもイスラエルはガザを攻撃するのではなく、ハマスを打倒することが戦争の目的で、残念なことにハマスはパレスチナの人々を盾に使っていると非難しました。言葉を変えればイスラエルはハマスがパレスチナ人を人質にして、イスラエルの侵攻を防ごうとしていると主張しているわけです。
 であれば、ハマスがイスラエル人をはじめ200名以上の人々を人質にしていることを非難することと同じレベルで、パレスチナ人を人質にしていることにもマスコミはスポットを当てなければなりません。そうすれば、イスラエルは、パレスチナ人は盾になっていても構わないのでガザの攻撃を断行し、そうした人々を殺害していながら、200名以上の人質に対しては犠牲者として同情を集めようとしていることが視聴者にも伝わるはずです。
 
 このイスラエルのロジックのすり替えを厳しく糾弾するマスコミが少ないのは極めて残念です。日本のマスコミに至っては、そうしたロジックのすり替えどころか、70年間にわたってパレスチナで日々起きていることがどのようなことなのか、順を追って丁寧に解説しているケースもほとんどありません。
 

その地に生きる人々より自国の利益を優先する情勢のなかで

 世論が次第にイスラエルへの非難へと傾くなか、今アメリカではユダヤ系市民の間でも、ユダヤ系であることを理由にイスラエルを支持することは間違っているという意識が拡大しています。同時に国内でユダヤ系市民への脅迫や暴力行為が頻発することから、学校が休校になるケースも出てきています。
 こうした内外からの指摘の中で、アメリカの外交戦略が、戦後の対ロシア・中国戦略と中東での対イスラエル戦略の矛盾の中で行き詰まりつつあるのです。バイデン政権は激しい頭痛に悩まされていることになります。
 
 どの国でも大国は自国の利益に過敏に反応しながらも、その対立の結果生まれている市民の苦しみへの治癒には目を伏せている様子があからさまに見えてきます。日本が大国かどうかはさておき、こうした国際情勢のなかで、ただ盲目的にアメリカとの同盟を強調するのではなく、もう少し独自の判断と視点で冷静な外交戦略を展開してもらいたいと願うばかりです。
 

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『日英対訳 英語で話す世界情勢』山久瀬 洋二 (著)日英対訳 英語で話す世界情勢』山久瀬 洋二 (著)
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今、世界でさまざまな影響を与えている事象について、単にニュース的な見解と報道を紹介するのではなく、日本人には理解し難い歴史的・文化的背景を踏まえ、問題の向こう側にある課題を解説。そして未来へのテーマについても考察します。また本書では、学校では習わないものの、世界の重要な課題に対して頻繁に使われる単語や表現もたくさん学べるので、国際舞台でより深みのある交流を目指す学習者にも有用な一冊です。

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