Netanyahu said the Israeli Army was the only force that could take military responsibility for Gaza after the war and no future administrative role there for the Palestinian Authority.
(ネタニヤフはイスラエル軍だけが戦後のガザをコントロールでき、パレスチナ側にはその役割は担えないと表明)
― New York Times より(一部編集)
ユダヤ系アメリカ人の友人が抱える葛藤と本音
「我々はチェス盤の上での駆け引きと、実際に起きている悲劇との間で、行き場を失っているんだよ」
晩秋の寒気に覆われたボストンの朝、私は今回のアメリカ出張で聞き取ったイスラエルをめぐる様々な人の意見を、一人のジャーナリストにぶつけてみました。
スコット・ハースはボストンを象徴するようなリベラルな人物です。
そんな彼が、自らがユダヤ系であることをどう捉えているのか気になったのです。それは心を通わせた友人だからこそ聞くことができる繊細な質問です。
「今、アメリカではイスラエルの過剰防衛ともいえる攻撃で、イスラエルへの非難の声が上がっているね。ユダヤ系の人々の中にもそんな非難に賛同している人が多くいると聞いているんだけど」
「知っていると思うが、アメリカのみならず、イスラエル国内も意見が割れているんだよ。私もローラ(彼の妻)も
ネタニヤフは嫌いだよ。でも、同時にハマスがイスラエルを崩壊させると言っていることは、我々の生存権にかかわることだよね。だから、とても複雑な気持ちになる。イスラエルのやっていることがジェノサイドなら、我々にハマスが突きつけていることも我々へのジェノサイド宣言のようなものだから」
これは、まさに今アメリカに住むユダヤ系の人々の本音といえましょう。ロサンゼルスで同様の会話をしたときに、いつもは雄弁で陽気に話してくれるユダヤ系の友人が、この話題だけは気まずそうに避けようとしたことを思い出しました。
パレスチナ問題を歴史的に紐解いてみると
同様な会話を西海岸でしたときに、興味深いコメントをもらうことができました。ロサンゼルスで富裕層の多く住む地域で歯医者や医者、不動産業など、個人事業で成功している人々の多くが、19世紀から20世紀にかけて、オスマン帝国の抑圧によりイスラエルに移住してきた人々だということは
以前の記事で言及しました。アルメニア人はそんな悲劇を経験した代表的な人々です。
私の仕事仲間であり、英語教育関連の事業を国際的に展開しているペリー・エーキンスが、今回のイスラエルの問題を話し合ったときに、そんな人々について語ってくれたのです。
「イスラエルの建国のとき、つまり1948年にユダヤ系の兵士の暴行によって家や財産を失ったのはパレスチナ難民といわれているイスラム教徒だけではないんだよ。あのアシールだって彼の父親がイスラエルから追い出されていてね。彼らはトルコに対してもイスラエルに対しても複雑な気持ちを持っている。パレスチナには当時たくさんのキリスト教徒もいたわけさ」
アシールとはレストランで偶然再会したペリーの友人で、アルメニア系の人物です。中東の問題がいかに複雑かということが見えてきます。ペリーはまさにアメリカ人といったアングロ・サクソン系の人物です。前述のスコットもペリーも歴史には詳しく、同じようにこの問題は19世紀にヨーロッパの大国、特にイギリスの植民地政策が生み出した負の遺産なんだよとコメントします。
「パレスチナにユダヤ人が移住してきたのは戦後のことじゃない。19世紀からヨーロッパやアメリカでの差別や抑圧を逃れるように人々が移住していた。それをイギリスもアメリカも後押ししてきたわけで、今ユダヤ人にイスラエルから出ていけといわれても、それは不可能だよ。しかもイギリスは当時、自分たちに協力すれば自治を承認するとパレスチナの人々にも約束していた。この矛盾が両者の対立と土地や財産をめぐる争いになったのだから」
ペリーもスコットもこの事実を忘れては何も語れないとコメントします。
「だから、なんとかイスラエルとパレスチナの人々との共存の道を探ってもらいたい。その努力が今崩壊しようとしている」
スコットは深刻な顔をしてそう言います。
アメリカのイスラエル政策はどう波及していくのか
「でも、バイデンがイスラエルを支持したことは、ネタニヤフを支持したことになる。それは大きな間違いじゃないのかい」
私はそう切り込みました。
「彼にはチョイスはなかったよ。だって考えてごらん、日本に極右の首相が出てきたとしても、アメリカはもし中国が日本に攻撃をしかけたら、同盟国として日本側に立つだろう。それと同じことだ。これがチェス盤での国際政治の舞台と現実の戦争との間の矛盾なんだよ」
実はバイデンに選択肢はなかったというコメントは他のユダヤ系の友人からも聞いていました。
「最近、そんなバイデン政権の
政策に抗議している人が増えているけど」
「そうだよね。だから我々はネタニヤフに抗議するしか方法がない。パレスチナの人々への扱いは確かにフェアではない。ハマスがテロに訴える背景も理解できる。でも、イスラエルからユダヤ人を抹殺すると表明されると、我々はとても胸が痛むし恐怖を覚えるよ。あのドイツでの出来事のように」
「確かに、今アメリカではユダヤ人へのヘイトクライムが懸念されているね。ユダヤ人陰謀論も横行しているし」
実際にアメリカではユダヤ系の人々への暴行事件などが起きたために、学校が休校するといったことが起きています。
「こうした事件が起こると、イスラエルの政策とユダヤ人、ネタニヤフとユダヤ人が同期され、偏見の対象となる。よくあることだよ。プーチンとロシア人を同期して、アメリカに住むロシア系の人々に憎悪を向けるのが正当ではないのと同じことなのに、ユダヤ人となると特に何か裏に大きな陰謀があるかのように思われてしまう。これが辛いんだ」
実際、アメリカで成功している人々の多くが中東にルーツを持っています。ユダヤ系の人々のみならず、実はパレスチナ系、アルメニア系、さらにトルコ系やペルシャ(イラン)系の成功者も無数にいて、そうした事例を挙げればきりがありません。ペリー・エーキンスが指摘するように、彼らの多くが医者や弁護士といったプロフェッショナルとしてアメリカで活躍しているのです。
冒頭に引用したコメントでのチェス盤とは、アメリカやEUの強国とロシアや中国といった国々とが繰り広げている、国際政治でのイデオロギーや経済原理を背景にした戦略の衝突を意味しています。
このチェス盤でのやり取りが現実の戦争となって人々が犠牲になった結果、そのハレーションが最も顕著にあらわれたのが、今アメリカやヨーロッパに住むユダヤ系を含む中東にルーツを持つ様々な人々の複雑な反応なのではないでしょうか。
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『日英対訳 世界の歴史[増補改訂版]』
山久瀬 洋二 (著)、ジェームス・M・バーダマン (訳)
シンプルな英文で読みやすい! 世界史の決定版! これまでの人類の歴史は、そこに起きる様々な事象がお互いに影響し合いながら、現代に至っています。そのことを深く認識できるように、本書は先史から現代までの時代・地域を横断しながら、歴史の出来事を立体的に捉えることが出来るよう工夫されています。世界が混迷する今こそ、しっかり理解しておきたい人類の歴史を、日英対訳の大ボリュームで綴ります。
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