ブログ

国連改革を行き詰まらせた2023年

All Members shall refrain in their international relations from the threat or use of force against the territorial integrity or political independence of any state, or in any other manner inconsistent with the Purposes of the United Nations.

(全ての加盟国は、その国際紛争において、武力による威嚇または武力による行使を、いかなる国の領土保全または政治的独立に対するものも、また国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない)
― 「国連憲章」第2条4項 より

国際連合の機能不全とキッシンジャー氏の死

 2023年も12月になりました。今年も世界でいろいろなことがあり、そのハレーションが日本にも間断なく影響を与えました。物価高、円安、ウクライナでの戦争などの影響による物流や商流の滞りなど、事例を挙げればきりがありません。これから4回にわたって、今年みえてきたこと、そして今後それがどのような課題となって我々に迫ってくるのかというテーマについて、まとめてみたいと思います。
 
 まず、何といっても今年も世界で紛争が続きました。不安定な政情に揺れたアフリカ諸国、泥沼状態のまま解決しないミャンマー情勢など、ウクライナ対ロシアやイスラエル対ハマスとの戦闘以外にも新冷戦と呼ばれる世界の緊張が、熱い戦争になった事例は多くあります。
 これらの事例を通して、一体何が問題なのかと問いかけたとき、我々にはたった一つの大きな課題がみえてきます。
 それは、本来国際紛争を解決し、世界の平和の番人として設立された国連が、機能不全に陥っているという現実です。
 
 先週、戦後の世界の政治に大きな影響を与えてきたアメリカの元国務長官(フォード政権)で、国家安全保障会議の特別補佐官(ニクソン政権)も務めたことのあるヘンリー・キッシンジャー氏が100歳という高齢で他界しました。
 キッシンジャーの功績は、国連の理念と現実との間を繋ぎながら、冷戦時代の軋轢の解消に努力してきたことにありました。
 
 彼はナチス政権下のドイツに生まれたユダヤ人で、彼の一家がアメリカに移住したあと、親戚の多くが強制収容所などで命を落としています。この経験はのちの彼の政治信条にも大きな影響を与えたといわれています。
 世界でも有数な先進国であったドイツが、どうしてあそこまで野蛮で残虐な独裁国家になったのかというテーマを解決できない限り、世界の恒久平和と人類の繁栄はありえないというのが、彼の外交活動を支えたモチベーションでした。
 ヘンリー・キッシンジャーは海外で生まれ、のちに米国籍を取得した関係で、大統領になる資格は持っていなかったものの、アメリカで最も優れた政治家として、冷戦下の国際政治に大きな影響を与えてきた人物だったのです。
 
 彼が活躍した時代、アメリカはベトナム戦争の深い傷を負っていました。しかも、彼が貢献したニクソン政権はウォーターゲート事件という盗聴事件に大統領自らが関与していたとして、米国政権史上最悪のスキャンダルに見舞われました。
 しかし、彼はニクソン政権下で機密裏にアメリカと中国との雪解けを達成し、ソ連ともデタント(軍事力の削減による緊張緩和)の道筋を模索しながら、中東問題の解決にも貢献してきました。彼のアメリカの国益を中心に据えた現実的な政策には賛否両論あるものの、時にはアメリカのために自身の育てた諜報機関の特別なルートを通してダイナミックにアメリカの外交政策の舵取りをしたことで知られています。
 

改革に立ちはだかる拒否権行使と圧倒的な人材不足

 今、国連にはキッシンジャーのように対立する相手をも説得力をもって口説くことができる人物が不足しています。
 新冷戦と呼ばれる現在、戦後間もなく戦勝国の主導で設立した国際連合は、常任理事国が拒否権を持つことで、何か事が起きても迅速な対応ができなくなったのです。
 拒否権を防ぐには、該当する国家がそれを使わないようにするための強い外交力が必要です。それには世界各国との太い人脈が必要で、同時に世界の指導者がその言葉を聞こうとする影響力のある人材も必要です。これが足りていないことが、国連の機能不全の直接の原因になっています。
 キッシンジャーの死は、そのまま国連の死を意味するのではと思わせるほどに、戦後に生まれた国連の構造疲労が目立つようになってしまいました。
 
 国連は、経済問題、人権問題、環境問題、さらに健康衛生問題など国際政治に直接関係しない分野でも大きな役割を担っています。
 しかし、その組織に一つの大きな瑕疵があることはあまり問いかけられていません。それは、民主国家であれば当然持っている三権分立の制度が機能していないことです。国連は世界に向けた大きな行政機関で、司法機関、立法機関との住み分けが明快ではないのです。それは国連が複雑な国際政治の課題を解決する軍事力をもった国際機関、つまり国際行政機関として機能しているためで、国際法によって相手を裁くときにも、行政の長としての安全保障理事会の承認が必要となるからです。特に常任理事国には大きな権限が与えられ、多数決ではものごとが決まりません。
 
 ですから、常任理事国の一つであるロシアがウクライナに侵攻すれば、ロシアはそれを正当化するために拒否権を行使すればよいことになります。
 そんなロシアを正し、ウクライナから撤兵させるか、休戦へと持ち込むことのできる人材が世界的に不足しているのです。
 
 さらに国際連合が設立した頃の国際情勢から、国連の憲法ともいえる国連憲章の条文が曖昧で、さまざまな解釈ができるようになっていることも大きな課題です。今回のヘッドラインで紹介した条文はそうした曖昧な条文の典型的な事例といえましょう。
 

国連なしに世界秩序を創造するためのスタートライン

 国連の制度改革は新冷戦が恒常化している現在、そう簡単にはできないでしょう。であれば、国連軍をもって現在の紛争解決にあたらせることも、その戦争に常任理事国が関わっている以上は不可能です。そのことから、いわゆる西側諸国はNATOと日米安全保障条約などの軍事条約をより強固にし、国連を差し置いて自国の安全を守ろうと必死になります。
 同様の動きが中国とロシアとの間にはないものの、アフリカや中央アジアといった地域を中国やロシアが取り込もうとしていることは周知の事実です。
 
 国連が機能しない今、どのような世界秩序を我々人類全体が創造しなければならないのか、その長い道のりの出発点に2023年は位置していたのかもしれません。
 

* * *

『日英対訳 世界の歴史[増補改訂版]』山久瀬 洋二 (著)、ジェームス・M・バーダマン (訳)日英対訳 世界の歴史[増補改訂版]
山久瀬 洋二 (著)、ジェームス・M・バーダマン (訳)
シンプルな英文で読みやすい! 世界史の決定版!
これまでの人類の歴史は、そこに起きる様々な事象がお互いに影響し合いながら、現代に至っています。そのことを深く認識できるように、本書は先史から現代までの時代・地域を横断しながら、歴史の出来事を立体的に捉えることが出来るよう工夫されています。世界が混迷する今こそ、しっかり理解しておきたい人類の歴史を、日英対訳の大ボリュームで綴ります。

===== 読者の皆さまへのお知らせ =====
IBCパブリッシングから、ラダーシリーズを中心とした英文コンテンツ満載のWebアプリ
「IBC SQUARE」が登場しました!
リリースキャンペーンとして、読み放題プランが1か月無料でお試しできます。
下記リンク先よりぜひご覧ください。
https://ibcsquare.com/
===============================

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

PAGE TOP