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Googleの提言の重みを今考えよう

Sundar Pichai says ethicists and philosophers need to be involved in the development of AI to make sure it is moral and doesn’t do things like lie.

(サンダー・ピチャイは、倫理学者や哲学者がAIの開発に関与する必要があり、AIが道徳的であり、偽りがないことを確認してゆくべきだと発言した)
― Business Insider より

AIが進化する現在、そして未来にこそ哲学の思想が必要

 科学の発展や、人の発想の変化に社会の制度が追いつくには、必ずある程度の時間がかかります。イギリスで清教徒革命、そして名誉革命が起こった17世紀、そこでは著名な哲学者が活動していました。ジョン・ロックです。
 
 彼は母国で起きた革命の影響も受けながら、人間は経験によって知識を積む存在で、元々そこには身分や権威は存在しないと主張しました。そんな彼の考えが進化して社会制度へと発展するきっかけとなったのは、1776年のアメリカの独立革命でした。そして、その直後に起きたフランス革命にも飛び火しました。
 しかし、ジョン・ロックの思想が本格的な自由と平等を基盤にする社会制度として取り入れられたのは、第二次世界大戦以降のことだといえましょう。もしかすると現在も、権威主義と民主主義との戦いや、世界各地で起きている人権の蹂躙をみると、ジョン・ロックやそれ以前から語られていた発想が未だ結実していないのではないかとも思われます。
 
 2023年の4月にGoogleを率いるSundar Pichai(サンダー・ピチャイ)氏がビジネス・インサイダー誌などに向けて、今後のAIなどの発展を目指すには、企業として哲学者や倫理学者などの参入が不可欠だという意見を発表しました。
 実際、先端企業の中にはそうした人材を求め、助言を得ているところが見受けられます。
 
 誰もが考える将来への不安。それはAIが進化した時代に人類はどのようになるのかということでしょう。さらに、現在でもITやAIの力を利用して、ウクライナやガザ地区の戦争では、過去には見られなかった規模で科学の力による殺戮が繰り返されています。
 ピチャイ氏は、人間のモラルや道徳に加えて、人間の価値観とAIとの連携、社会への脅威の除去、技術の暴走の阻止、異文化や多様な世界への配慮などを考慮して、人間が開発したAIが、我々が思いもよらない結果を社会にもたらすことを懸念して、このような発言をしたのです。
 

科学と哲学が一元的であったかつての考え方を今こそ求めて

 ジョン・ロックの語った民主主義へと発展する根本的な思想を人間が適用するには相当の時間がかかりました。
 しかも、ジョン・ロックがそうした思想を持つに至った背景には、さらに200年以上前の宗教改革、中世の殻を打ち破ったルネサンス運動などがありました。ジョン・ロックの理想とした社会では、その後産業革命が起こりました。実は科学(science)という言葉が、哲学(philosophy)という言葉と分離して使用されるようになったのは、18世紀から19世紀にかけてのことで、まさに産業革命により、技術のみがサイエンスであると人々が思い始めたことが背景でした。
 
 それまでは、哲学と科学は表裏一体で、ニュートンでもコペルニクスでも、科学的な考察と哲学的葛藤とを一元に捉え、世界の発展に寄与していました。
 サンダー・ピチャイ氏の発言は、我々が科学と哲学とを分離し、その結果我々が生み出したAIの進化をみたときに、あえて未来のために過去の科学のあり方に学ぼうとしたものだったといえましょう。
 
 新しい発想が社会制度に反映されるには、時間がかかるのみならず、その過程で多くの混乱を経験します。
 人間の業が深く、万能ではないために、その混乱を制御できないとき、例えば人々は20世紀の二つの世界大戦などを経験し、多くの犠牲者を出してしまいました。AIやIT技術、さらには個人のニーズが直接他のシステムと連結できるような、未来を予測できるブロックチェーンなどに代表される現在の科学技術は、まさにそれに見合った新しい社会制度を再び蘇生するきっかけになろうとしています。それは希望であるとともに脅威なのです。ですから、サンダー・ピチャイ氏の言葉には重みが感じられるのです。
 
 科学の発展はいわゆる哲学や歴史学といった人文科学との間に疎外を生み出しました。しかし、古代ではそれは同じものと見られていました。しかし社会制度の発展とともに、教育メソッドの合理化のために人間は理科系と文科系というカテゴリーをつくり、子どもを育てるようになりました。その最たるものが、日本の教育制度だといっても過言ではありません。
 
 産業革命以降の社会は、職業が細分化され、さまざまな専門職が生まれました。今アメリカでは医療の現場で、特定の病気のみに特化した専門医が多いために総合的に患者を診て接する人材が不足していることへの弊害が議論されています。同様に、日本でも文科系や理科系に分離された学生が、就職の場での利便性のみによって学習科目を選定することで、トータルな人間としての知恵を持たない人材が増えていることが懸念されています。
 

AIの進化とともに我々のあり方をもう一度見直すことが求められる

 Googleで哲学者を採用しているというニュースは、その後AIを開発する多くの企業に影響を与えました。
 人間の意識の探究は、単に視覚や聴覚といった五感から脳に送られる信号とその反応のみでは解き明かされません。
 その反応への判断には、ジョン・ロックのいうように個々人の経験や意識へのアプローチが大きく影響します。ですから、サンダー・ピチャイ氏が指摘する通り、異文化や多様な世界観への配慮も不可欠でしょう。
 
 50年後、100年後の世界への延長を考えたとき、今こうした提言を元に、社会制度、教育制度のあり方をもう一度見直すことも、我々にとって必要なことなのではないでしょうか。
 

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