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両者を譲れなくした不可解な会談の裏にあるもの

Why don’t you wear a suit you’re the highest level in this country’s office and you refuse to wear a suit just want to see if you do own a suit.

(この国の最高レベルのオフィスに来ているのに、どうしてスーツを着ないんだい。スーツを持っていないとでもいうように、スーツを着ることを拒んでいるが)
― トランプ氏とゼレンスキー氏の会談 より

会談で交わされた関係者の発言を分析してみると

 先週末にウクライナのゼレンスキー大統領とアメリカのトランプ大統領との会談がホワイトハウスで行われ、40分少々で交渉が決裂したことが世界に衝撃を与えました。
 理解していただきたいのは、実際のアメリカのビジネスミーティングでは、あのようにヒートアップすることはよくあることで、私も何度か経験があります。
 
 しかし、課題は、なぜそれが外交の場で行われたのかということです。過去に無数にあったホワイトハウスでの他国の元首との会談で、これほどみっともない言葉の応酬は初めてだったというアメリカのメディアもありました。応酬は、特に後半の10分間でヒートアップし、結果として交渉は決裂したのです。
 
 そこで、関係者が交わした会話と記者とのやり取りの英文を詳細にチェックしました。すると、そこに深刻な罠を仕掛けていたトランプ氏側の対応と、それに争わざるを得なかったウクライナ側との確執がみえてきます。アメリカのビジネスではアドバンテージをとることはモラルの上で悪いことではないという習慣があります。しかも、心の中に苦しい状況を持っていてもポーカーフェイスをよしとする習慣もあります。戦果に苦しむゼレンスキー氏を前に、そのアメリカ的な対応でアドバンテージをとろうとし続けたのがトランプ氏側でした。
 
 些細なことに本質が隠れているといいます。
 表題のように記者団とのやり取りの途中に、いきなりゼレンスキー大統領に対して、なぜホワイトハウスを訪問するときに背広とネクタイをしないのかと、突飛な指摘が飛び込んできたことが気になりました。
 実は、質問したのは記者ではなく、そこになぜか出席していたトランプ氏側の人物だったのです。しかもその人物は、トランプ氏を熱烈に支持するマージョリー・テイラー・グリーン下院議員のボーイフレンドでした。どうしてこのような人物がバンス副大統領の側にいて、相手側を侮辱するような質問をしたのでしょう。
 この質問は45分間のやりとりの中間で、全体の流れとは無関係に飛び出しました。こうした人物がそこにいて発言すること自体が異例です。そのときのトランプ氏側の人々の雰囲気をみたときに、実はホワイトハウスがゼレンスキー大統領をいかに「邪魔者」であると意識していたかが垣間見えました。
 

会談という政治の場でビジネスを強調する意図

 ゼレンスキー大統領は、アメリカにレアアースの供給を優遇するというアメリカ側の極めて厳しい条件提示にも応じる覚悟を持っていたようです。しかし、彼はこの条件に応じる代わりに、アメリカがロシアのプーチン大統領の暴挙からウクライナを守ってゆくことへの確約が欲しかったのです。
 捕虜虐待の写真や児童の誘拐などといったロシア側の残虐行為を直接示し、彼はアメリカ側に必死に訴えました。英語を聴くと、アクセントの強い言葉で、不利な条件の中で必死にウクライナが最低限必要としている安全と国民への保護を訴えていたことがわかります。痛ましい光景です。
 
 しかし、トランプ大統領は、少なくとも明快には、彼の要望に真摯に対応することを確約しませんでした。
 彼は再三「まずディールをしよう」と繰り返します。さらに、記者団の質問に対しても自分はビジネスマンだと強調します。ウクライナをサポートするものの、その見返りなしにただ援助を繰り返したバイデン前大統領を厳しく非難し、過去の政権と自分は異なることを強調しました。そして私はビジネスマンで、アメリカの支援に対する代償としてレアアースを供給し、アメリカの産業に活用できるようにするといった取り決め(ディール)にまず合意することが、ゼレンスキー大統領の懸念を払拭するための前提だと強調し続けたのです。ゼレンスキー氏の安全への不安に対して「まずディールをしよう。そうすれば大丈夫だから」という対応を繰り返したのです。
 
 この対応から見えてきたことは、トランプ大統領がゼレンスキー大統領を追い込んで、最終的に合意に持ち込むためにこの会合を利用していた状況です。しかも、それを公にみせることで、共和党の中にも燻っていたトランプ氏の強気の姿勢に懸念をもつ、かつ一般的に海外の事情に無知なアメリカの世論を再度引き寄せるための罠があったようです。交渉をゼレンスキー氏側から暗礁に乗り上げさせ、さらなるアドバンテージをとろうという残酷ともいえる、しかし「ビジネスはビジネス」というアメリカ側の戦略があったのでしょう。
 
 しかし、アメリカという大国の支援なしに厳しい戦闘の継続が困難だと考えるゼレンスキー大統領には、それでも昼食会を通して話し合いを続ける意思はあったようです。そして、終盤にゼレンスキー大統領に決定的な変化がおきました。
 それは、バンス副大統領がいきなり苛立ちを露わに、大統領がここまで話し合いに応じているのに、ホワイトハウスという場所で、アメリカの記者団に対してあなたの対応は失礼だと指摘したことでした。これはいわゆるトドメでした。しかも、そのコミュニケーションスタイルが、東ヨーロッパの人々を刺激しやすい、ストレートで強い口調だったのです。ゼレンスキー大統領がその発言に強く反発した瞬間に、トランプ大統領がバンス氏を擁護しながら、ゼレンスキー大統領にディールへの合意を強く迫ったことが、会談を一挙に破局に導いたのでした。
 

ディールを盾にした「脅迫」にどう対応するべきか

 これがホワイトハウスで起きた会話の一部始終を、その一言一言を分析した結果からみえてきたことです。アメリカ側は、ディールというビジネスでの成果に固執していました。レアアースの利権を獲得し、中国や同盟国との経済戦争にもそれを有利に活用できることを国民に強調する狙いもありました。
 「あなたは戦争で追いつめられ、切れるカードもなくここに来た」というトランプ大統領の恐喝にも近い批判に晒されながら、ゼレンスキー大統領が自国の安全と戦闘員の保護への要求を曖昧に処理されたことへの怒りが、最後にバンス氏に背中を押されるように会談を決裂させた原因となりました。
 
 国際慣習の中で、このアメリカの対応が妥当かどうか理解に苦しむものの、これはある種のアメリカ側のアドバンテージを利用した、したたかな対応であることは、今後のために我々もよく知っておく必要があるようです。
 根本は、トランプ大統領が再三指摘してきた、自分はビジネスのディールをしているのだという未来のみを語る言葉にあります。それに対して、戦争による被害の実態を理解してもらい、二度と同じことが起きないよう、アメリカのサポートを要求する、過去と現実をあわせて語るゼレンスキー大統領の異文化ともいえる意識との隔たりが、バンス副大統領の会話への介入で顕著になったのです。
 
 そもそも外交の世界ではこうした本音での厳しいやり取りは密室で行うべきです。会談を済ませ、意見の隔たりはあってもメディアの前では紳士的に対応するのが慣わしです。しかも、こうした場に副大統領や知人まで参加させることも異例です。かつ、ビジネスと政治は分離して考えることが、民主主義でのバランスを維持する上での常識ですが、トランプ政権はそのバランスを最初から意識しない政策に固執しています。このことが、国民の運命を背負い、屈辱を承知で訪米したゼレンスキー氏が交渉を中断し、途中で帰国した原因でした。苦渋の決断です。
 
 しかも、この設定はアメリカ側が今後事態を有利にするためにゼレンスキー大統領を追い詰める罠だったようにしか思えません。日本も含め全ての関係国は、そのことを知った上で対応を模索するべきです。
 実際、和平がアメリカの経済と軍事力を背景としたビジネス的な「脅迫」によって達成されようとしていることに、世界は当惑しています。それが、ゼレンスキー大統領が最後までアメリカだけではなく、ヨーロッパの重要性を強調した本意であるといえましょう。
 

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『日英対訳 世界の歴史[増補改訂版]』山久瀬 洋二 (著)、ジェームス・M・バーダマン (訳)日英対訳 世界の歴史[増補改訂版]
山久瀬 洋二 (著)、ジェームス・M・バーダマン (訳)
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