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アメリカと中国の間で風雲急を告げる台湾情勢

President Donald Trump is heading into another volatile week of his trade wars facing an urgent need to de-escalate the clash he ignited with China before it inflicts deep damage on the US economy.

(トランプ大統領は、貿易戦争をはじめたために、米国経済に深刻なダメージを与える前に中国との衝突を緩和することが急務という、先の見えない週へと突き進んでいる)
― CNN より

米中「関税合戦」の行方に翻弄される台湾

 今日(4月14日)、台湾の中小企業のオーナーたちが、春の嵐が吹き荒ぶ福岡県の豊前市に集まりました。大分県との県境にあるこの小さな市では、台湾企業の誘致のためのサービスセンターを台湾の業界団体と共同して設立し、その開所式が同市のジグザグという施設の中で行われたのです。
 
 何年にもわたって台湾に通い、観光や学術、企業の交流のために奔走した豊前市の後藤市長は、あと数日でその任期を終えることになります。
 そんな市長を称え、そこに集まった台湾の60名の中小企業のオーナーを前に祝辞を述べたのは、福岡で台湾の総領事を務める陳銘俊氏でした。彼は民進党の中にあって総統の秘書も務めたことのある人物です。そんな彼が祝辞を台湾語と流暢な日本語とを併用して述べたのです。
 台湾の元々の言語で、台湾で広く使われている中国語とは異なる言葉で祝辞を述べる彼の顔が、心なしか緊張しているように思えたので、横に座る友人にきいたところ、外交官である領事が中国語(台湾華語)を使わず、台湾語で祝辞を述べることは極めて異例だし、そこには彼個人の強い意図があるようだというのです。
 
 いわゆるトランプ関税に振り回される世界の中で、今回のリスクに最も過敏になっているのは台湾かもしれません。アメリカは経済や軍事の分野で台湾を見放すのか、そして中国の反応はどうなるのかという、過去にはない困難な国際環境に翻弄されているわけです。
 中国とアメリカの関税をめぐる釣り上げ合戦によって中国が追い込まれたとき、彼らが台湾に対してどのような対応をしてくるのか、誰もが気にしているはずです。
 
 ほんの数日前に、台湾の東海岸を代表する都市として知られる花蓮の有力者が、日本に移住するために日本でのビジネスにもっと投資をして有利なビザを取得するにはどうしたらいいのだろうと、持ちかけてきました。その表情は真面目そのもので、彼にいわせると、中国は早晩台湾に侵攻するはずだというのです。
 中国がこれ以上追い込まれないように固唾をのんで見守っている人がいかに多いか、その緊張感が伝わってきます。
 
 政治的な視点でみた場合、中国との宥和政策をとってきた国民党を支持している人々の多くが、こうした台湾の基幹産業を支える中小企業のオーナーであることも知っておかなければならない現実です。豊前市に集まるそんな中小企業のオーナーを前にして、台湾の独立を強くアピールしようと陳総領事は思い、普段は公式には使用しない台湾語でスピーチをしたのでしょうか。
 「今回の企業団体の団長は国民党だからね。複雑なつばぜり合いだよね」
 台湾の友人はそう話してくれました。彼自身も元外交官だけに、心中複雑なものがあったのでしょう。
 

対米輸出が困難な中国が掌握する反応中間体

 昨日、中国の知人から面白い話を聞きました。今回の関税の釣り上げで、中国はアメリカへのさまざまな製品の輸出が困難になったが、その代表例は反応中間体だというのです。
 反応中間体とは、簡単にまとめれば化学反応をくり返して一つの物質が生成されるとき、その過程で発生する物質のことです。この物質を活用して先端技術に必要な化学製品が生成されるのです。そして、その物質の多くが中国で製造されているために、アメリカの自動車産業や先端技術関連の製品に甚大な影響がでるはずだと、その人は指摘したのです。
 
 反応中間体は半導体の製造にも欠かせない物質で、反応中間体の広範な製品群は中国なしには入手できないのです。当然、台湾の生命線ともいえる半導体産業にとっても人ごとではない出来事です。
 例えば、半導体の製造の前工程の中で、シリコンウェハー上に回路を製造するときなどに使用されるフォトレジストという感光材料は、反応中間体が媒介して生成されるものなのです。同様の事例は半導体製造の細部にわたって指摘できるのです。
 
 そこには皮肉な現実があると、別の専門家は答えてくれました。
 それは、もともと反応中間体の製造で秀でていたのは日本だったという事実です。しかし、この物質の製造過程で発生する公害や環境汚染への規制のなかで、日本で製造が困難になった反応中間体が多数あるわけです。この事情は欧米などでも同様でした。これに規制がゆるい、あるいは公害問題などが発生したとしても隠蔽が可能な中国やロシア、さらにはインドなどが目をつけ、その製造技術を進化させたのです。
 
 結果として、現在半導体の製作に必要な反応中間体の多くが中国から供給されるようになったのです。そのため台湾の半導体関連の企業、さらには台湾と共同して半導体の製作に取り組んでいる日本の企業も、中国からこれらの物質の供給を受けることになったのです。
 こうした歴史的な過程を考える時、華々しいグローバル経済の裏側を覗いたような気がします。同時に、世界の物流がどれだけ複雑に絡み合って、製品が造られているのかも痛感させられます。
 
 実は反応中間体は半導体のみならず、製薬分野など現代を代表する産業に幅広く使用されている多彩な物質群となります。したがって、アメリカと中国とで関税の引き上げ合戦をした場合、アメリカ国内の多くの商品の価格に思わぬ影響がでてくるわけです。
 単にMade in Chinaとレッテルを貼られたおもちゃやマグカップだけに関税の影響がでるわけではないことが、ここからも理解できるのです。
 

台湾の半導体事業と独立維持の行く末は

 では、当の台湾の実情はどうでしょう。
 台湾や日本にとって、中国にそうした生産技術が集中していることは確かにリスクです。であれば、多くの企業はその製造元を多様化するように、中国以外の国からの供給ができないものか、血眼になって探しているのはいうまでもないことです。
 
 ただ、楽観的な見方ができないわけではありません。中国にアメリカから高関税がかけられたとき、中国はアメリカにそうした製品を輸出せず、台湾を併合せずに独立させておきながら、台湾経由で該当する物質を使用した完成品をアメリカという巨大市場に持っていく方が経済的に有利だという見方もあるのです。ただ今のところ、台湾への関税がどのように推移するかは見えてきません。
 こうした世界経済と世界のパワーゲームとのデリケートな関係、そして矛盾を、トランプ政権があまりにも場当たり的で、どのようについてくるのかが見えないところに、問題があるわけです。
 
 豊前市とその周辺は終日強い風と雷雨に見舞われました。台湾からの訪問団一行はさぞかし寒い思いをしたのではと思います。そんな風雲とは別の嵐の中で彼ら自身が揉まれていることを、陳総領事のスピーチを聞きながら思った人も多くいたのではないでしょうか。
 

* * *

『基礎から学ぶ 実用台湾華語 初級』国立台湾師範大学国語教学センター (著)、古川 裕 (監修)基礎から学ぶ 実用台湾華語 初級
国立台湾師範大学国語教学センター (著)、古川 裕 (監修)
国立台湾師範大学が台湾華語の標準テキストとして作成した学習書の日本語版が登場! 中国語の学習経験がない学習者を対象にした本書は、台湾に留学して中国語を勉強する学生や、 海外の高校や大学で中国語を勉強する学生に広く使用されており、口語から書き言葉、そしてリアルな日常会話まで、基礎から本格的に学べる学習書です。

・台湾で日常的に使われている現代中国語を採用
・ピンイン(漢語拼音)を併記
・文法及びタスクベースの2種類の練習問題
・中華文化に関する読み物を掲載
・台北を中心にした親しみやすい会話
・会話文の簡体字も掲載

 

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