The Silent Language shows how cultural factors influence the individual behind his back, without his knowledge.
(沈黙の言葉〔サイレント・ラングエッジ〕は、文化的要因が人の知識とは関係なく、いかに個人に背後から影響を与えているかを語っている)
― 20世紀を代表する心理学者の一人、エーリッヒ・フロムの解説 より
留学生を受け入れ停止した米国からの人材流出
トランプ大統領と
ハーバード大学との隔たりは、そう簡単には縮みそうにありません。香港系メディアのジャーナリストは、そもそもアメリカの大学は中国から学生を受け入れすぎているといいます。確かに、アメリカの大学にとって留学生は大きな収入源で、その筆頭が中国からの留学生だといいます。かつ学生のみならず、相当な資金も流れ込んでいるだろうとその人は指摘します。こうした実態をトランプ大統領が嫌い、その槍玉としてハーバード大学が挙げられたというわけです。
これが真相であるかどうかはともかくとして、海外からの知恵が結集して国づくりをしてきたアメリカが、ここまで一気に大きく舵をきれば、それはそれで未来に甚大な負債を残すことになりかねません。あるアメリカ人は、こうしたトランプ大統領の政策は、アメリカにとって取り返しのつかない負の遺産となるだろうと指摘します。仮にトランプ政権下の4年間が終わって留学生の締め出しがなくなったとしても、そこで生まれたブランクは計り知れないインパクトとなって、アメリカの未来に影を落とすことになるはずだというわけです。
いうまでもなく、海外ではこのアメリカの変化をチャンスと捉えて、多くの人材を呼び込もうとしています。特に、アメリカで切磋琢磨していた頭脳を積極的に呼び込もうとしているのが中国であることも、皮肉な事実です。以前にも、戦後の冷戦下で共産主義国出身の人材がアメリカから追い出された例は数多くありました。その結果、中国での宇宙開発が加速し、兵器にも転用されたことはよく知られています。
そこで、日本でもアメリカで学ぶ世界の頭脳を
日本の大学へ呼び込もうと、日本のある有名大学が青天井の条件で、そうした人々のリクルートをはじめたことも最近報道されています。確かに、今回のアメリカの政策転換は、世界中に頭脳が拡散してゆくきっかけになるかもしれません。

留学生を受け入れるには“柔軟な環境”づくりから
このような新たなトレンドのなかで、日本の大学や企業が見落としている大切なことを、ここに強調したいと思います。
それは、未来を牽引する人々を本気でリクルートしたいのなら、単に金銭的な条件だけではなく、彼らが貢献できる柔軟な環境の構築を進める必要があるということです。柔軟な環境とは、異なる価値や発想を否定せず、吸収するための環境に他なりません。
「日本に来たからには、日本のルールを勉強して従うべきだ」という声をよくききます。確かにどこの国でもそれぞれ独自の風習や文化があることは理解できるのですが、海外から来た人に日本の尺度をそのまま当てはめて学習させることは、長期的にみれば決していいことではありません。海外での生活経験のある人ならすぐに理解できるかもしれませんが、目に見えない常識や風習に馴染むことは並大抵のことではないのです。
移民社会では、そこから起こる摩擦によって、社会が右や左に揺れています。その揺れ幅が大きいとき、現在のアメリカのような排外的な政策に人々が同調するわけです。日本の場合、先進国の中でもその揺れに対応する経験があまりにも希少で、世界の現実にそぐわないケースが多々あります。
例えば、日本人は自らの社会の中で、そこに4人集まれば、瞬時にその場でどのように振る舞うかをその4人すべてが判断できます。一人は若者で、自分の横に座っているのは友人。そして斜め前に座っているのは年配のビジネスマンとしましょうか。この状況が与えられたとき、日本人は瞬間的にそれぞれの人に対して使う言葉も変われば、敬語や丁寧語の混ぜ方、さらにどこまでカジュアルに接するかも判断してコミュニケーションをすることができます。
しかし、元々人と人との間に年齢などでの上下関係があまりなく、関係がフラットな環境で育った国からやってきた人には、この使い分けがわかりません。たとえ英語で話していても、年配者の意見には強く反論せず、若者の言葉にはカジュアルに答え、友人にはフランクに対応するといった使い分けもわかりません。それは英語でコミュニケーションをしていたとしても、彼らには理解できない日本の風習に他ならないからです。
日本人には「場」という考え方があって、その「場」に適した対応ができない人は、空気が読めない「間」の悪い人だと判断されがちです。こうした日本的な文化背景が希薄なアメリカや他の地域の人にとっては、その場での会話のタイミングや適切な表現方法がわからずに、思わぬ誤解を相手に与えてしまうのです。
例えば、年配の教授が学生の輪の中で何かを話したとします。外国の学生であれば、それが自分の意見と異なれば即座に教授に反論するかもしれません。しかし、別のアジアの学生は、年齢や権威を意識して日本人より尻込みして黙っているかもしれないのです。そして、その教授や、そこにいた日本人の学生は、いきなり反論した学生を、自己顕示欲が強く、和を保てないやつだと心の中でなじるかもしれないのです。
しかも、そのターゲットとなった学生が、不満があればそれを率直に相手にぶつけることが普通だという常識がある地域から留学してきた場合、後になって別の学生から「あのときはまずかったよ」と指摘されると、なぜその場で直接言ってくれなかったのかと強い不満を抱くかもしれないのです。これが重なるとお互いに不信感を募らせてしまいます。
実は、日本にやってきた留学生が卒業後に日本の企業に就職しても、長く続かずに海外の企業に頭脳が流出するケースも増えています。その背景にあるのも、日本人には見えにくい日本文化への不消化からくる不満が、彼らの間に蓄積しているからなのです。

異文化間に横たわる「沈黙の言葉」を意識して
ルールはルール、と言えば簡単です。しかし、世界には文化ごとに他の文化に属している人には見えないルールがあるのは当然です。とはいえ、この事実を身をもって理解している人は、いまだに少ないのです。こうした目に見えないルールのことを、
エドワード・ホールという文化人類学者は「サイレント・ラングエッジ」と表現しました。それは1970年代に彼が日本で得た体験を基に編み出した概念なのです。
日本人が、そして日本の学術機関や企業が、この「サイレント・ラングエッジ」をしっかりと意識して、海外からくる頭脳への対応を学習しないかぎり、トランプ大統領が追い出した頭脳を日本社会の発展のために活用することはできないでしょう。「人、物、金」という組織活動の基本の中に、「多様な人」という概念を組み入れることが今、最も求められている課題なのです。
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『外国人と話す前に読みたい 英語とマナーを学ぶ実践ガイド』ジェームス・M・バーダマン (著)
日本人が誤解しがちな、外国人とのより良いコミュニケーションに必要な130のマナーと英語が同時に学べる! プライベートでもビジネスでも、日本人が外国人と接する機会が増えている昨今、異文化間のおつきあいをスムースにするためにもマナーは非常に重要です。本書では、日本人と外国人のエチケットを比較し、誤解を招きやすい事項を厳選して解説します。文化の違いについての視野を広げることでマナーを学びながら、さまざまなシチュエーションごとに必要な英語表現も習得できます。
山久瀬洋二からのお願い
いつも「山久瀬洋二ブログ」「心をつなぐ英会話メルマガ」をご購読いただき、誠にありがとうございます。
これまで多くの事件や事故などに潜む文化的背景や問題点から、今後の課題を解説してまいりました。内容につきまして、多くのご意見ご質問等を頂戴しておりますが、こうした活動が、より皆様のお役に立つためには、どんなことをしたら良いのかを常に模索しております。
21世紀に入って、間もなく25年を迎えようとしています。社会の価値観は、SNSなどの進展によって、よりミニマムに、より複雑化し、ややもすると自分自身さえ見失いがちになってしまいます。
そこで、これまでの25年、そしてこれから22世紀までの75年を読者の皆様と考えていきたいと思い、インタラクティブな発信等ができないかと考えております。
「山久瀬洋二ブログ」「心をつなぐ英会話メルマガ」にて解説してほしい時事問題の「テーマ」や「知りたいこと」などがございましたら、ぜひご要望いただきたく、それに応える形で執筆してまいりたいと存じます。
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