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当事者双方の国内事情が危機を煽るイランとの戦争

Iran’s foreign minister warned that the U.S. decision to join Israel’s war against Iran would have “everlasting consequences.”

(イランの外相は、アメリカがイスラエルとイランとの戦争に加担したことは、「とんでもない結果」をもたらすだろうと警告)
― New York Times より

「複雑怪奇」な中東情勢を理解するために

 アメリカによるイランの核施設への攻撃があった21日(アメリカ東部時間)の直後に、台湾では頼総統が異例のテレビ会見を行い、国民に防空壕の確認と、非常用の食料と水を用意するようにと呼びかけました。台湾の人々は、この放送を受けて、中東での混乱とアメリカのイランへの対応に反応して、中国が台湾に向けて何かを仕掛けてくるのではと思ったのです。
 
 しかし、当の中国は強い口調でアメリカを非難しただけで、今のところイランの支援などに向けた直接の動きはみせていません。ロシアもイランと外交上の接触をしながら、国連などでは強くアメリカを非難してはいるものの、中国と同様に不気味な沈黙を維持しています。
 
 国際政治は不可解です。戦争など世界が混乱するときは、どこがどのように動くか読みにくいのです。第二次世界大戦の直前にナチスドイツとソ連が不可侵条約を締結したときに、当時の平沼首相が「欧州の情勢は複雑怪奇」と述べたことを思い出します。
 今回の危機はどうなのでしょうか。それを知るためには、イランの内部の状況をまず理解する必要があるようです。
 
 何度か触れてきたように、イランは現在、革命政権が国政を運営しています。これは1978年に、当時西欧化を推進していたパーレビ国王を追放して、シーア派の指導者アヤトラ・ホメイニが起こした革命後、その権力構造が継続していることを意味しています。しかも反米のイデオロギーに押されて革命が成就したときに、イラン国内のアメリカ大使館が占拠されるという事件がおき、それを解決できなかった当時のカーター米大統領の再選が阻まれたのです。以来、イランとアメリカとは犬猿の仲となりました。その後、イランは厳格なイスラム至上主義の国家として現在に至っているのです。
 
 一方、この革命で国を追われた人々もいます。彼らの多くがイランを離れてアメリカに移住し、イランの革命政権の崩壊を願っているのです。アメリカでは、こうした亡命した人々の世論は、我々が思う以上に政治に影響を与えます。
 
 かたやイスラエルは、イランが核を開発し敵対することを恐れています。また、ガザ侵攻以来、北部ではレバノンでイランの支援する軍事組織ヒズボラの脅威に常に晒されています。イスラエルとしては現在のイランの政権は最も取り除きたいものの一つなのです。
 
 しかし、イスラエルがイランの現政権の壊滅を目論むには大きなリスクが伴います。少なくとも核攻撃は避けたいのです。こうした状況のなかで、イスラエルに深くコミットしているアメリカのトランプ政権は、最低でもイランが核攻撃を開始しないように、その施設を潰しておくことでイスラエルを支援しようと決心したわけです。それが、今回のイランへの攻撃につながりました。
 

攻撃に踏み切ったイスラエル・イラン・アメリカの事情

 ここで改めてイラン国内の状況を見つめる必要があります。それはイラン革命以降、厳しい宗教統制をしている現政権にすべての人が従っているかというと、決してそうではないという事実です。
 
 イランの指導者からみれば、自らの政権を安定させるためには、イスラム教の親派の強い支持がどうしても必要なのです。さらに、大陸国家によくある傾向として、権力が崩壊したときに、崩壊した権力についていた人々が報復を受けることがあり、現政権の親派の人々もそのことは不安なはずです。その人々はといえば、警察官や軍人に他なりません。現体制としては、彼らが保身から反旗を翻したり、逃走したりすることも大きな警戒要因です。こうした事情がある以上、現政権がアメリカの攻撃に対して弱腰になることは、政権の信用を維持できなくなりかねないリスクなのです。
 
 従って、イランはアメリカに報復するとメッセージを送りながら、イスラエルへの攻撃は続けようとします。この行為がどこまで過激であるかが、アメリカとイランとの今後の衝突が回避できるかどうかの鍵となります。イラン側からみれば、何もしなければ国内が不安定になり、何かを強行しすぎるとアメリカとイスラエルから強力な報復を受けるというジレンマに晒されているのです。
 
 さらに、イスラエルの国内情勢も理解する必要があります。イスラエルでは構造的に厳格なユダヤ教徒の人口が増え、いわゆる現代社会でリベラルに暮らそうとする人々を凌駕しつつあることが、選挙にも影響を与えているという事実があるのです。厳格なユダヤ教徒は、宗教上の理由もあって子だくさんです。従って、イスラエルは建国後、そうした人々の人口比が着実に増えていて、それに比例するように時と共に社会が右傾化し、ユダヤ教至上主義者の主張に左右されやすくなっているのです。
 
 ネタニヤフ政権がガザに固執し、イランに対しても執拗に攻撃をしかけなければならない理由は、彼の政権がこうした人々の後押しによって成り立っているからに他なりません。
 
 まとめれば、イランにもイスラエルにも、戦争をしなければならない国内の事情があるのです。このやっかいな事情に、ロシアも中国もどのように関わればよいのか躊躇しているところに、アメリカのトランプ政権が強力にイスラエルをバックアップする形でイランへの攻撃に踏み切ったのです。
 さらに、アメリカ国内の世論を考えたとき、ユダヤ系の人々は、かなりリベラルな人々でも、イスラエルのこととなると口が重くなる傾向がないとはいえません。トランプ政権はそうした国内の動向を利用して、強引とも言える手法でイスラエルへの支援を明快に打ち出したわけです。
 

中東での応酬が世界にハレーションをもたらす可能性

 アメリカとしては、イランの核を無力化したことで自らの役割を終えて、あとはイスラエルがイランを処理してくれればと願っているはずです。そうすれば、トランプ政権の評価も上がり、国際的な立場も維持できます。しかし、イランの国内事情とイスラエルの国内事情が戦争への動機となっている場合、アメリカの思惑通りに事が運ぶかは微妙です。「国際問題は複雑怪奇」なのです。
 
 台湾の頼総統が、この複雑怪奇な状況に過敏ともいえるほど即座に対応したことは驚きでした。
 しかし、よく考えれば、その行動の速さと比較して、日本の世論や政府の反応の鈍さの方が気になります。大陸国家同士のトラブルは、思わぬハレーションを引き起こし、それが大惨事を誘発する連鎖になることは歴史をみれば明らかだからです。
 

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