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フランク・カプリオ判事が救った被告、そして「世間」

A longtime municipal judge, he became a social media star for “Caught in Providence,” which viewers said showed his compassion in the courtroom.

(「プロビデンスの裁判」という配信で、一躍有名になった地方判事の長年にわたる愛情あふれる法廷の様子によって、彼はSNSのスターになった)
― New York Times より

小さな州都の判事が示した人間の温かさと思いやり

 先週、ロードアイランド州の元判事で、自らの裁判をSNSで中継していたことで知られるフランク・カプリオ氏が88歳で亡くなったことがアメリカで報道されました。この報道に涙した人は決して少なくはありません。
 というのも、カプリオ判事が、法治国家を建前とする民主主義社会で、人としての温かみや思いやりが、いかに社会に潤いを与えるかということを、比較的軽微な犯罪の判決をもって社会に問いかけ続けたからです。
 
 彼は、「Caught in Providence」というSNSを使って法廷の模様を視聴者に伝え続けました。彼はアメリカ東海岸の小さな州として知られるロードアイランド州の州都プロビデンスの地方判事で、多くの場合、交通違反などの軽微な犯罪を担当していました。
 その判決にあたっては、いわゆる人情味あふれるパフォーマンスで、懲罰よりも人間ドラマを重視する姿勢で、そのバランスの上に立った公平さを訴え続けてきたのです。特に、判事のユーモアあふれる判決や法廷での対応が多くの人の胸を打ちました。
 
 駐車が許可されるたった2分前に車を停めたことで罰金刑を課されるはずだった被告に対して、「いいかい。罪は重いぞ」と言ったあとで、にこりと笑い、「ばかばかしいことで捕まったね。このケースはなかったことにしよう」と無罪判決を言い渡した場面などは、せちがらい社会の中で人々に喜びと癒しを与えました。
 判決の前に、被告の子どもを判事の横に呼んで、「君はどう思う? 有罪かね、無罪かね」と問いかけたりすることもよくありました。通常の裁判所では考えられない暖かさを人々に与えました。
 

裁判の生中継でみせる人間ドラマと公平な姿勢

 日本ではあり得ないことですが、アメリカでは裁判の模様がテレビ中継されることも多々あります。その中では往々にして法の厳格な運用で善悪が明快に判断され、深刻な犯罪で被告への厳しい判決が下されるケースが中継されます。カプリオ判事は、そうした中継をあえてSNSで行ない、しかも軽微な犯罪に焦点を当てました。
 
 母親がスピード違反で訴追されたとき、その子どもを判事の横に座らせて、「君のおかあさんはスピード違反をしたことはないかな」と問いかけると、子どもは「うーん、時々するね。今日も急いでいたので、ちょっとしてた」と答えます。このやりとりに、法廷は和やかな雰囲気に。そして、判事は「しょうがないね。でも、今回は証拠不十分だから無罪だね」という判決を下します。
 
 被告の多くはいわゆる庶民で、中には貧しい移民の家族も多くいました。判事はそうした被告に接するときに、まずその人に寄り添うことが大切だと主張します。裁判官のガウンの下に人の心がはいっていると彼は言うのです。
 
 もちろん、罪に適当に接するとはどういうことかという議論はあるでしょう。しかし、例えば、この母親と子どものケースの場合、子どもは正直に純粋な心を持っていることから、逆に母親に反省の機会を与えたことが大切です。その上で「わかったね。今回は無罪だ」という意味を込めた温情判決が下されたわけです。人を更生することへのもう一つの道がそこにはありました。
 中には、移民局からビザの不備を指摘されて帰国を余儀なくされそうになった貧しい移民が、彼の判決で救われたケースもありました。
 

社会に求められる人の心と制度とのバランス

 最近、日本も含め、世界中で人の心と制度の問題が取り沙汰されています。法は法、しかれども法はあくまでも法に過ぎず、その目的はよりよい社会を作るための制度というわけです。
 しかし、現実はといえば、この課題の判断には複雑な背景があります。法の濫用や、過剰な温情のもたらす弊害が指摘されるのも当然です。
 
 ただ、一つ言えることは、法の条文だけを参考にした冷徹な判断しかできない警察官や裁判官が増えたとき、ある意味でそうした職業はまさにAIに任せればいいということになってしまいます。
 
 人間が人間の社会でおきたことを、自分の心とも照らし合わせて、豊かで優しい社会づくりを目指した判断ができなくなったとき、人々がただ自己防衛をするだけの、乾いた社会に傾斜してしまいそうです。
 今、すでに日本はそうなっているのではと、カプリオ判事のYouTubeを見ながら考えてしまうのです。
 

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