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ドイツの選挙が示すヨーロッパ人が抱くEUへの期待とは

The centre-left Social Democrats (SPD) will be the biggest party, closely followed by the centre-right Christian Democrats (CDU/CSU). The Greens and the libertarian FDP both increased their share, while the far right and far left fell back.

(〔ドイツの選挙では〕中道左派の社会民主党が最大党となり、中道右派のキリスト教民主同盟に僅差をつけた。そして、緑の党と自由民主党が議席を増やし、極右政党が敗退した。)
― BBC より

今のヨーロッパを象徴するドイツの選挙とポーランドのデモ

 先月、ドイツの選挙で環境問題に特化した緑の党をはじめとする左派政党が躍進したことは、ヨーロッパでは大きなニュースとなりました。
 また、ポーランドでは、ポーランドの国内法がEUの規定に対応していないことから、EUに縛られていいのかという議論が法曹界や国会で起こり、EU残留を求める国民の大規模なデモにつながりました。
 これは、今のヨーロッパの事情を象徴した二つの出来事と言えましょう。
 
 毎年2度ほど、ヨーロッパの人といかに仕事をするかというセミナーを企業向けに開催しています。元々、アメリカとのビジネスコミュニケーションのノウハウに始まって、アジアや中東でのビジネスにおける同様のセミナーをクライアントの企業内で実施していたのですが、最近目立ってヨーロッパとの業務遂行のノウハウに関する問い合わせが増えてきたのです。
 それはAIや先端医療など、様々な分野でM&Aによる企業の再編が国際規模で進み、日本企業の調達部門にとっても、ヨーロッパ、特に北欧やスイス、オーストリア、さらにはドイツの企業とのやりとりが著しく増えてきていることと無関係ではないようです。
 

スペインとドイツの友人たちの会話から見えてくること

 ヨーロッパのセミナーを開催するとき、必ず2人の人物を招き、私と3名で顧客に対応します。一人は、スペイン出身で現在日本の大学で教鞭をとっている友人、そしてもう一人は、ドイツ人の教師でドイツの元検察官だった友人です。
 理由は簡単です。スペインの友人は南ヨーロッパのビジネス文化について、そしてドイツの友人は北ヨーロッパについて解説をしてもらうからです。
 よくヨーロッパは、大きく分ければアルプスを挟んで全く異なる二つの文化があると言われます。その代表がイタリアとスペインであり、北側はドイツやオランダ、そして北欧というわけです。
 
「我々から見るとドイツ人はちょっと退屈ですよ。真面目なのはいいのですが、友人として打ち解けてこない。細かいことを指摘して論理的にアプローチされることが多いのも、彼らの特徴ですよね」
 こうスペインの友人が言うと、ドイツ人はニコニコしながらそれを受け止めて、
「確かに、そうでしょうね。だって、我々ドイツ人はビジネスとプライベートとはしっかり分けているんです。仕事の関係者と友人になることは全くないわけではないけど、極めて稀。仕事は仕事。だから、仕事が終わって同僚と一緒にビールを飲みにいくことは想定外なのです」
 そう言うと、スペイン人は、
「我々にとって食事はとても大切ですよ。仕事でもね。でも、仕事が終わってからではなく、ランチに長い時間をかけるんです。ワインも飲みますよ。仕事と友人との区別ってそれほど気にしませんね」
 
 こう語る友人は、実のところ、厳密に言えばスペイン人ではありません。スペインの北部バスク地方の出身です。国籍はスペインで、日本ではスペイン語も教えていますが、バスク人としてのプライドも高く、日本でバスク語を教えることのできる貴重な人材でもあるのです。
「ヨーロッパを今の国の色だけで判断するのは安易ですよ」
 彼はそう語ります。
「だって、ご存知のように、今スペインではカタルーニャで独立運動が起きているでしょ。あそこはスペインの南東部ですが、我々バスク人も、スペインからの分離を求めて激しい闘争をしていた時期があるんです。最近のことですよ。そして今だって、自分たちのことをスペイン人だとは思っていませんしね」
「ドイツの成り立ちだって考えてみれば複雑ですよ。今ロシアの飛び地と言われている、バルト三国の西にあるカリーニングラードというところ。その西はポーランドでドイツとは一見離れて見えるけど、近代ドイツの強国と言われたプロシアはそこから発展した国なんです」
 
 確かに、カリーニングラードはその昔、ケーニヒスベルクというドイツ人の都市で、有名な哲学者カントもそこの出身です。中世から現在まで、様々な人種が交錯し、領土を広げたり占領されたりしながら、現在の形におおよそ落ち着いたのは第二次世界大戦後のことでした。
 であればこそ、それまでに流された膨大な血を考えてEUが出来上がり、より大きな視点でヨーロッパを統合し、平和な世界を作り出そうとしたわけです。戦後76年にわたって西ヨーロッパで一切戦争や軍事行動による抑圧がなかったのは、歴史の奇跡とも言われています。
 

複雑なヨーロッパが軋轢を乗り越えて融和し続けるために

「でも、人々はそれぞれの文化へのアイデンティティは大切にしていて、今でも独立運動は起こるわけです。ただ、そのことと武力による抗争とを一緒にはできないということを、歴史から学んだということです」
 スペイン、というよりもバスク人の友人は、アイデンティティの違いによる自立と、武力闘争とをきっぱりと分けて考えることが、ヨーロッパの人々が1000年以上にわたって血を流してきた結果、たどり着いた知恵だと強調します。
「そうですね。例えば、今回退陣するメルケル首相は16年にわたってEUを守り、移民政策にも寛容でした。そんな彼女のルーツがポーランドにあって、彼女が育ったのは東ドイツだったんです。ヨーロッパの複雑さを、身をもって示した人だったわけですよ」ドイツ人の友人はこう強調します。
 
 そうした意味で、コロナでの混乱やイギリスのEU正式脱退後、ヨーロッパの主要国では初めての選挙として注目されたドイツの連邦議会選挙の結果、中道左派の社会民主党が、メルケル首相の所属する中道右派のキリスト教民主同盟を僅差で破って第一党になったことは、ヨーロッパ各地で驚きをもって報道されたのです。ヨーロッパで見られた民意の右傾化に危機感を募らせていたなか、EUの要となるドイツの選挙で少なくとも右にぶれず左に傾斜したことは、EUを支持する人にとっては大きな安堵となるはずです。
 
 しかし、課題は残ります。左派と中道左派、中道右派のどれをとっても議席数が充分ではないために、3党以上の連立が必要なのです。となれば、環境問題に厳しい左派と、企業や経済への懸念で妥協を主張する中道右派との共同歩調が必須となるかもしれません。ドイツは日本と共に、自動車産業の拠点でもあり、そこでどのような妥協と政策が立案されるかが注目されるのです。ドイツの政権の安定はEUの安定に直結します。そして、来年のフランスの大統領選挙がどうなるか。それは、イギリスのEU脱退に始まった分離の波が静まるのかどうかの、もう一つの大きなポイントとなる選挙なのです。
 
「プロテスタントってビジネスはうまいけど、楽しみ方は下手だよね。その点、カトリック文化が残る南ヨーロッパは彩りがあって面白いんです」
 そう語るバスク人の友人の言葉を、楽しみながら聞くドイツ人の元検事。ドイツにはプロテスタントの文化がしっかりと根付いています。
 こうした会話を楽しみながら、同時にEUの価値を共有している二人を見たときに、歴史の軋轢を乗り越えてきたヨーロッパの知恵の深さをしみじみと味わえるのです。そんなヨーロッパが今後も続くことを願いたいものです。
 

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『言い返さない日本人[新装版]海外との究極のコミュニケーション術』山久瀬 洋二 (著)言い返さない日本人[新装版]海外との究極のコミュニケーション術』山久瀬 洋二 (著)
その態度が誤解を招く!異文化の壁を乗り越え、ビジネスを成功させるコミュニケーション術を伝授!
欧米をはじめ、日本・中国・インドなどの、大手グローバル企業100 社以上のコンサルタントの経験を持つ筆者が、約4500名の外国人と日本人への取材で分かった、“グローバルな現場で頻繁に起こるビジネス摩擦”の事例を挙げ、それぞれ の本音から解決策を導き出します!外国人とのコミュニケーションで、単なる言葉のギャップでは片付けられない誤解や摩擦、そして行き違いに悩むビジネスパーソンに向けた「英語で理解し合う」ための究極の指南書です!

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