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「Compromise(妥協)」が選挙を救うか?

Harris ahead in Pennsylvania and Tied Nationally? Unpacking an Unexpected Result.

(ハリスがペンシルバニアで優勢でも全国的には拮抗? まだまだ選挙の結果がみえてこない)
― New York Times より

TV討論会でハリス氏が見せたコミュニケーションの本質

 一度だけ実施されたカマラ・ハリス氏とドナルド・トランプ氏の公開ディベート(討論会)は、初動でカマラ・ハリス氏が見事にストライクをとりました。
 最初の場面で、彼女がトランプ氏に歩み寄って握手をしたのです。2016年の選挙以降、二名の候補者が討論会の最初と最後で握手をすることがなくなりました。実は、この一見たわいもないようなことが、アメリカの政治や社会での常識がいかに大きく変化したかを物語っていたのです。
 
 そもそも、「討論」はアメリカのコミュニケーション文化の基本でした。立場の異なる者がそれぞれの主張を展開し、相手に自らの正当性をアピールすることで議論の内容と質を深め、最終的にはその違いからより高次元の解決策を模索するのが「討論」の目的でした。選挙の場合は、通常のビジネスとは違ってその解決策は討論からは生み出されません。しかし、欧米では「討論」は子どもの頃からの教育で培われたコミュニケーションの常識なのです。
 このなかで、話者はかなり激しいやり取りを展開します。ただし、あくまでもそれはスポーツと同様で、テニスや卓球での激しい撃ち合いのように、お互いがどのようにこのゲームに挑み、勝利するかを見極め、聴衆もそのやり取りを楽しんでいたのです。
 
 したがって、スポーツのようにディベートの前後はお互いの健闘を讃え合うために握手をするのが慣わしだったのです。ところが、アメリカ社会の分断が深刻になるにつれ、討論そのものがゲームではなく、相手への中傷や誹謗の応酬へと変化していったのです。その傾向は20世紀終盤から見え隠れしていたものの、アメリカの人格を代表するとまでいわれる大統領候補は、対立候補の人格を尊重しなければならないという最低の線は越えていなかったのです。
 
 しかし、2016年のヒラリー・クリントン氏とドナルド・トランプ氏の選挙では、お互いが目を合わすこともなく、それぞれが自らの主張を繰り返すだけでディベートが終了し、握手を交わすこともなくなりました。前回のバイデン大統領とトランプ前大統領の選挙戦でも同様でした。
 これはアメリカのコミュニケーション文化の本質にかかわることだったのです。今回、カマラ・ハリス氏はこの過去を意識してか、自ら歩み寄って、にこやかにトランプ氏の目を見て握手をし、同時に私がカマラ・ハリスですと名乗ったのです。
 この3つの行動、つまり握手とアイコンタクト、そして自らの名前を相手に伝えたことは、それぞれに大きな意味があります。
 
 まず、アメリカではしっかりと自らの考えを述べるときは強いアイコンタクトを持つことが求められます。ディベート中は前を向くために視線を交わしにくいので、最初にしっかりと相手の目を見てコミュニケーションをとることが、その人の自信を無言で語ることになるわけです。それに対してトランプ氏は少々戸惑い気味で、アイコンタクトも曖昧でした。そして、握手は今解説した通りです。さらに3つ目に挙げられる自らの名前を名乗ったことは、トランプ氏が選挙中にあえてカマラ・ハリス氏を無視するかのように彼女のことをSheという言葉などで表現してきたことへの言外の批判を効果的に行ったことになります。これもハリス氏の余裕と自信の表れということになったわけです。
 

討論会を制してもなおハリス氏の前に山積する課題

 さらに、ディベートの内容は、相変わらず双方がお互いの中傷に終始しつつも、明らかに最初のストライクを受けて、トランプ氏の舌鋒にはマンネリズムがうかがわれました。そして移民問題では「オハイオ州のスプリングフィールドでのハイチ系移民がペットを食べている」などという大失言を放ってしまいました。同州は州知事が共和党で、元々トランプ氏への支持を表明していました。その知事がスプリングフィールドの出身で、トランプ氏の失言に対して、それは事実無根で、ハイチ系移民は勤勉にアメリカ社会に貢献しているという強い抗議をニューヨーク・タイムズ誌に掲載したことが、その後話題になりました。
 
 以上のように、現在までは、ディベートがハリス候補への追い風となっています。
 しかし、ここでさらに課題が残りました。それは選挙の行方を占う上で大切なペンシルバニア州での支持率の拮抗が、カマラ・ハリス氏に大きな重石となってのしかかっていることです。すでに触れたように、ペンシルバニア州のような伝統的な重工業地帯における労働者の支持率低下に悩んでいる民主党にとって、環境問題を強調するカマラ・ハリス氏が有効な政策を打ち出せるのか、という懸念が払拭できないのです。そこで、カマラ・ハリス氏は日本製鉄のUSスティール買収に反対し、以前の脱化石燃料の推進策にブレーキをかけて、同州での石油の掘削を容認する妥協策を打ち出しました。しかし、逆にこれに失望した有権者も多くいるはずです。
 
 さらに、気になるのが最新の中東情勢です。イスラエルがレバノンに侵攻した場合、民主党は支持基盤となるユダヤ系市民のサポートを確実にするために、イスラエル寄りの政策を打ち出さざるを得なくなるかもしれません。しかし、そうしたときに注意したいのが、もう一つの選挙の目となるミシガン州で十分な票が獲得できるかという壁に突き当たるのです。ミシガン州も伝統的な重工業が経済基盤となる州で、そこには中東系の移民が多く生活しているのです。
 ミシガン州は北部の農村地帯に行けば行くほど、保守の岩盤支持層が増えてきます。都市部で十分に票をとれなければ、カマラ・ハリス氏はミシガン州を落としてしまう可能性があるのです。
 

政策課題への対応と無党派層の動きが占う選挙の行方

 労働者層の民主党離れと、都市と地方との格差からくる分断という課題は、民主党候補にとって最も頭の痛い課題です。こうした課題に柔軟に対応するために、カマラ・ハリス氏が“Compromise”、すなわち妥協をどこまでするかは、今後の選挙の行方をみる上でとても大切なのです。
 しかし、無党派層は彼女の妥協に失望するかもしれません。彼らが選挙に行って投票することがハリス氏には絶対に必要です。この無党派層は全米に拡散してつかみどころがありません。
 それだけに、これらのスイングステートと呼ばれる民主党と共和党の支持が拮抗している州での対応と、無党派層の支持を維持することの双方のバランスをどう取るかという、極めて困難な舵取りを強いられるのです。
 
 ディベートで一本をとったカマラ・ハリス氏やその支持者にとっては、11月の選挙までの時間は極めて長く感じられるのではないでしょうか。大統領選挙は過去の事例からも、最後まで行方がみえないものです。実はトランプ氏がどうこうではなく、カマラ・ハリス氏の今後のCompromiseのあり方に選挙の行方がかかっているというのが、今回の大統領選挙の大きな特徴といえそうです。
 

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