ブログ

世界に定着しにくいアメリカの民主主義

Democracy is a pivotal crossroad that will determine the nation’s future.

(民主主義は〔アメリカという〕国家の未来にかかわる最も重要な分岐点である)
― CAP20のレポート より

民主化の道程にある試行錯誤と挫折の歴史

 アメリカに新しい大統領が誕生するたびに、その変化に世界が戦々恐々としています。しかし、世界の中にはそうした世界のあり方に疑問を持っている人々も多くいます。
 
 1991年に初めてハンガリーを訪れたとき、ソ連の傘下から離脱して民主主義国の道を歩みはじめてはいたものの、街のあちこちに共産主義時代の雰囲気が残っていたことを思い出します。しかし、人々は一応にアメリカへの憧れを抱いていたようでした。
 それから16年後の2007年に2度目の旅をしたとき、高速道路も伸び、その沿線に新しい物流倉庫などが点在している様子から、資本主義国家としてのこの国の将来性に期待したものでした。
 
 実際ハンガリー経済は堅調です。しかし、EUとの関係が円満であるというわけではありません。最近のハンガリーはロシアや中国との関係強化に熱心で、ウクライナ戦争に対しても、戦費の拠出を渋るなど、独自のスタンスをとっています。
 ハンガリーが民主化をはじめた当初、アメリカなどから多くの教授が招かれ、大学などでは、資本主義とはどういうものかという啓蒙活動も盛んに行われていました。というのも、共産主義下の社会に馴染んできた人々は、上意下達の意識が強く、社員が常に上からの指示を待っていたことで、企業のイノベーションが阻害されていたからです。
 
 このハンガリーの事例のように、国家が民主化したときに、一体どれだけ政治や経済を人々が積極的に動かせるようになっていったかということを考えると、国によって様々な違いがあることがわかってきます。その途上で民主化が挫折したケースも多くあります。
 
 フランスは、18世紀末にフランス革命によって民主化の道を歩みはじめました。しかし、社会の混乱の中でナポレオンが皇帝になり、その後王政復古も経験しました。フランスが本格的な民主主義国への道を歩みはじめたのは、革命から100年以上も経過した19世紀末のことで、その後も試行錯誤が続きます。
 ドイツは、第一次世界大戦まではカイザーと呼ばれる皇帝が君臨する国家でした。そして革命によってドイツ帝国が崩壊し、一時民主化をしたものの、あえなくヒトラーによる独裁国家となってしまいました。
 
 イギリスはどうでしょう。17世紀に2度の革命を経てやっと民主化への道を歩みはじめましたが、今でも貴族の特権や王政が廃止されたわけではありません。
 そして、フランスのような革命を経験したロシアは、その後共産主義という新たな独裁体制へと移行し、ソ連が崩壊したあと、一時民主化が進んだものの、あえなくプーチン大統領による独裁体制に近い政体へと移行してしまいました。
 
 中国は20世紀に入って皇帝を排除し、民主化が進むかのように思われましたが、その後の内戦の末に最終的には共産主義国家へと変貌しました。
 お隣の韓国でも、王政がなくなり、日本による植民地化を経験し独立したものの、その後長い間軍人による独裁体制が続き、民主化が本格的に進んだのは80年代末のことでした。しかも、今でも徴兵制が残り、組織での強い上下関係が完全に排除されたわけではありません。
 
 つまり、民主主義という理念が人々の心に浸透するには、どこの国や地域でも様々な試行錯誤を経験しているのです。
 数百年、中国のように数千年の皇帝や王権による独裁体制が続いていた国々では、人々が民主主義の旗を振ってそれを倒したとしても、結局は新たな指導者が国家を率いて民衆の自由を束縛するわけです。そして大多数の人々は上意下達を望み、その体制に安住してしまいます。
 

“民主主義の国”アメリカと意識がすれ違う国々

 では、アメリカはどうでしょうか。
 アメリカはそもそも皇帝や王の存在しない無の大陸でした。
 しかも、この無の大陸で新たな富を築こうと、世界中から移民が押し寄せたために、単一国家として一つの民族の上に立つ権威を作ることは不可能でした。そこで、彼らは大統領制という新たな制度を生み出し、その権限は4年ごとの選挙で決められるようになったのです。つまり、アメリカは民主主義が育つアドバンテッジと土壌が最初からあった国家なのです。
 
 ですから、アメリカ人と他の国家との間には民主主義の理念を巡って自ずと差異があり、ギャップが存在するのです。
 アドバンテッジを持って民主主義国家を建設できたアメリカと、そうではない国々とでは、人々の意識そのものが異なります。
 職場で上司と部下という上下関係はあっても、自らが異なる意見があれば、上司に対してでもそれを堂々と主張する空気があるアメリカ人が、日本やドイツに来れば、そこにある上下関係への意識の違いに戸惑ってしまうのです。そして時には、そんな国々の人のことを「コンサーバティブな連中」と批判します。そんな批判に遭えば、批判された側は「アメリカ人は優越感の塊」だと反論します。
 
 これが国家間の対立となれば、事態は深刻です。
 ハンガリーやトルコなどに燻る反米感情もこうした行き違いが原因です。アメリカ人がそれぞれの国家や社会に根付いている伝統やものの考え方を心から理解できないのは、アメリカ人がもともと育ってきた歴史的な環境に起因するものだとは、なかなか気付かないのです。
 
 EUの中でも組織の上下関係や官と民との間のヒエラルキーが色濃く残るフランスなどは、外交問題でもアメリカのいうことになかなか首を縦に振りません。日本は戦後アメリカに占領され、アメリカの衛星国家といってもおかしくないまでに強い同盟関係を築いてきました。しかし、社会の実態はというと、フランスやドイツ、さらにはイギリスとアメリカとの違い以上のギャップをアメリカに意識しています。
 
 こうした意識の違いがさらに拡大し、新たな求心力をもった指導者によってアメリカ離れを起こしたハンガリーやトルコ、特に民主化に失敗したロシアなどは、すでにアメリカの引力そのものの排除を国是としています。
 

アメリカに左右されない独自の国家運営を

 21世紀も4分の1が過ぎて、今後アメリカの求心力に対する世界各国の民意が変化してきたとき、人々が安易に権威主義へと傾斜する可能性は世界のあちこちに見受けられます。
 
 ただ、一ついえることは、日本もこうした世界の潮流の中で、アメリカの選挙の結果のみに右往左往しないように、いわゆる同じ価値観を共有するアメリカ以外の国々との絆の強化にもっと努めるべきでしょう。
 
 韓国と日本、EUと日本といった新たな絆による同盟が可能になれば、権威主義に走ることも、権威主義に脅かされることもなく、かつアメリカとも距離をおいた面白い外交運営ができるはずです。アメリカにはない「長い歴史」という同じ過去を背負う者同士による独自の民主主義社会を創ることができるかもしれません。
 

* * *

『Introducing Kyoto in Temples and Shrines』IBCパブリッシング (編)Introducing Kyoto in Temples and Shrines』IBCパブリッシング (編)
美しい写真と英文で巡る「京都の寺社」。京都の歴史を物語る、そして日本を知る重要な遺産であると同時に、日本美のミュージアムともいえる、精選された50余りの「京都の寺社」をヴィジュアルと英文で紹介。日本の歴史に興味を持つ外国人が、各寺社の歴史や建物の特徴、建立の由来などを知るガイドブックとして最適な一冊です!

 
 

山久瀬洋二からのお願い

いつも「山久瀬洋二ブログ」「心をつなぐ英会話メルマガ」をご購読いただき、誠にありがとうございます。

これまで多くの事件や事故などに潜む文化的背景や問題点から、今後の課題を解説してまいりました。内容につきまして、多くのご意見ご質問等を頂戴しておりますが、こうした活動が、より皆様のお役に立つためには、どんなことをしたら良いのかを常に模索しております。

21世紀に入って、間もなく25年を迎えようとしています。社会の価値観は、SNSなどの進展によって、よりミニマムに、より複雑化し、ややもすると自分自身さえ見失いがちになってしまいます。

そこで、これまでの25年、そしてこれから22世紀までの75年を読者の皆様と考えていきたいと思い、インタラクティブな発信等ができないかと考えております。

「山久瀬洋二ブログ」「心をつなぐ英会話メルマガ」にて解説してほしい時事問題の「テーマ」や「知りたいこと」などがございましたら、ぜひご要望いただきたく、それに応える形で執筆してまいりたいと存じます。

皆様からのご意見、ご要望をお待ちしております。どうぞよろしくお願い申し上げます。

※ご要望はアンケートフォームまたはメール(yamakuseyoji@gmail.com)にてお寄せください。

 

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

PAGE TOP