Thailand shuts land crossings with Cambodia as dispute deepens
(国境問題が深刻になるなか、タイがカンボジアとの国境の行き来を閉鎖)
― TRT World より
強国に挟まれ中国の資本に溺れるカンボジア
今回、台北のある大学で講義をする機会がありました。
その後で、カンボジアから来た学生と教授たちと対話をする機会があったのです。話を交わすなかで、数年前に訪れたカンボジアのことを思い出しました。
カンボジアは、東南アジアという地域を考える上で、最も理解しておかなければならない国といえましょう。
現在、我々は複雑な国際情勢の中にいます。それはウクライナや中東といったように、ユーラシア大陸の西側で起きている混乱が原因です。しかし、20世紀後半はそんな戦火に見舞われ、最も深刻な被害を受けていたのが東南アジアだったことを、我々は忘れがちです。しかもベトナム戦争以上に、その渦中で苦悶したのがカンボジアだったことも、しっかり記憶しておかなければならない事実なのです。
一人の学生が、今カンボジアとタイの国境が閉鎖されていると説明してくれました。カンボジアにとってタイは強国です。そのタイが、カンボジア国境にあるプレアビヒア寺院一帯の領有を巡り、カンボジア軍と衝突したのです。カンボジア兵一人がタイ軍に射殺されたため、両国の緊張が高まり、その中でそもそも不安定だった
タイの政権にも批判が集中します。というのも、タイの
ペートンターン首相が父親のタクシン元首相とカンボジアの指導者との親密な関係を利用して、タイ側を妥協させようとしたことが公に暴かれ、保守派の猛反発にあったのです。
学生は、カンボジアはタイとベトナムという強国に挟まれている地政学上の宿命があるとぼやいていました。それを聞いた教授が、お酒の席で、
「カンボジアは民主化されているようでそうではなく、政府の批判をすれば逮捕されかねない。今の政権はタイとベトナムに挟まれたカンボジアというよりは、その地政学上の弱みを握っている中国の植民地になろうとしている」
と語ってくれました。一帯一路の政策で、カンボジアへの中国の投資が増えていたことは誰もが知っていることです。しかし、中国を襲っている不動産不況でその先行きも不透明になっているなか、カンボジアは一歩間違えれば、政治的な混乱に巻き込まれかねないリスクを背負っています。
「中国は、カジノを作って中国から従業員を入れて、カンボジア人は雇用しない。今の政権とつるんで空港などのインフラ整備は進めても、それが本当にカンボジア人のものになるかわからない。カンボジアの借金が増えて、しわ寄せは税金となって民衆にくる。実際、カンボジア経済が上向いたって実感はないんだよ」
その教授はこっそりと耳打ちしてくれました。この不満は教授のような知識人だけではなく、一般に広く普及しているのも事実です。

埋め立てられていく「キリング・フィールド」の記憶
そんな話を聞いたとき、数年前にカンボジアの首都プノンペンを訪ねたときのことを思い出しました。「
キリング・フィールド」で有名な無数の市民を虐殺した処刑場跡のそばに広がる広大な沼地がどんどん埋め立てられ、中国資本による高層建造物が文字通り、雨後の筍のように建設されていた風景を思い出したのです。
70年代にカンボジアにはアメリカの支援を受けてクーデターで成立した
ロン・ノル政権がありました。その上でアメリカ軍は、ベトナム軍がカンボジアを迂回して当時アメリカが支援していた南ベトナムを攻撃しているとして、カンボジアに激しい空爆を行い、多くの市民を殺害したのです。それに対して、クメール・ルージュと呼ばれた共産主義勢力が支配地を広げ、ベトナム戦争の終結と呼応するようにカンボジアを制覇します。
しかし、
ポル・ポトという指導者が率いるクメール・ルージュは、極端な共産化を推し進め、都会に住む人々を地方に強制移住させて、奴隷さながらの労働を強いました。また、プノンペンなどではロン・ノル政権に協力した人々、高学歴者、クメール・ルージュに反革命勢力と見なされた人々が容赦なく収容所に送られ、過酷な拷問を受けた後、キリング・フィールドなどで処刑されたのです。犠牲者は200万人とも300万人ともいわれ、今もその詳細はわからないままなのです。
そんな狂気ともいえる悲劇が終わったのは、ベトナム軍がカンボジアに侵攻して、ホル・ポト政権を崩壊させた1979年のことでした。以後カンボジアではベトナム寄りの政権が続きます。しかし、そんなカンボジアに領土問題などで対立するベトナムを牽制するように、経済支配を強めてきたのが中国なのです。
私にそんな中国への怒りをこっそり伝えてくれた教授は、今も両親が健在です。彼らはポル・ポト政権のときに強制的に地方に移住させられた人々の生き残りで、教授の祖父母はプノンペンの強制収容所に送られたまま、クメール・ルージュに殺害されてしまいました。あのキリング・フィールドの犠牲者なのです。
今の学生は、そんな過去などなかったかのように、タイとの緊張をあたかも他人ごとのように語ります。カンボジアの政権に影響力をもってきた東の強国ベトナムへの複雑な気持ちもそれほど抱いてなさそうです。しかし、中国に対しては一帯一路が横暴な経済侵略だとして教授と意見を共にします。
キリング・フィールドそばの湖沼の埋め立ては今も続いています。若い母親が目の前で乳児を木に叩きつけて殺害され、その後その母親本人もナタで切り殺されたと語り伝えられている残忍な刑場の記憶までも、一緒に埋められてしまうかのような、中国資本による不自然な近代化の波に今も晒されているのです。

大国の覇権争いに翻弄される東南アジアの国々
ASEANがEUのように進化できない理由は、東南アジアの構成国にカンボジアに代表されるような複雑な事情があるからです。
戦前、アジアやアフリカの国々は欧米の植民地化のもとで他国の支配に喘ぎ、戦後は冷戦の煽りで、超大国のエゴに翻弄されました。そして今は、急速に力をつけた中国やインドとアメリカとの確執のなか、カンボジアなどの国家は、その経済的利権争いのターゲットとなっています。カンボジアはそんな超大国のパワーゲームに翻弄される典型的な国家なのです。
現在、東南アジアは世界から注目される経済発展を続けています。そんな東南アジアが、ほんの40年前にはガザやウクライナ以上の破壊と殺戮に見舞われていたことを風化させてはならないのです。遠くない未来に、経済恐慌や大国の覇権争いの中で、台湾、そしてカンボジアなどの国々が、今の中東のようにならないよう、人類の知恵が試されているのです。
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『動物農場(IBC洋書ライブラリー)』ジョージ・オーウェル (原著)
ディストピア小説の名作で、原文読書の醍醐味を味わいながら読解力を磨く! 原文のまま名作の内容を余すことなく味わえるよう、【作品解説】【章ごとのあらすじ】【ページごとの要約】【巻末のワードリスト】で英文読書を強力にサポートするシリーズ、[IBC洋書ライブラリー]にディストピア小説の名作が登場! 荘園農場の横暴な農場主を追い出すため動物たちが蜂起する。動物のための、動物による農場統治を実現させようというのだ。豚に率いられた動物たちの反乱はみごとに成功し、人間たちを駆逐する。しかし次に動物たちを待ち受けていたのは、権力を手にした豚による独裁だった。ロシア革命を寓意的に描きながら、人間社会における権力と堕落の関係を描いた、ジョージ・オーウェルの傑作風刺小説を原文で楽しめる一冊。
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