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将来のアメリカ、そして世界に影響を与えるカリブの島

English message can reach people’s brain. However, if we forward the message in their native language, it can reach people’s heart.

(英語で語れば人々は頭脳で理解する。でも、彼らの言葉で語れば、人々の心にメッセージを届けることができる)
― ニューヨーク在住の企業家のコメント より

アメリカの将来を左右する、もう一つの選挙とは

 ニューヨークに、多言語でのストリーミングビジネスを手がける友人がいます。
 彼は、若い頃から世界各地で様々な事業を手掛けて蓄えた財産で、英語に加え、世界各地の言語で情報を直に伝達することの重要性に気づき、そのシステム開発を手掛けているのです。

「英語は世界言語で、それを人々は頭では理解できる。しかし、その国の言語で語れば、その人の心にメッセージを届けられる」

というのが、彼のビジョンです。

 さて、そんな彼が今、ジョージア州での上院議員の選挙に向け、初めて政治的なメッセージを各国語で配信しようとしています。どういうことだろうと思う人もいるかもしれません。

「もともとアメリカには、人種的な対立や貧富の差など様々な分断があった。しかし、今の大統領はその分断を利用して社会の溝を深くしてきた。この問題を少しでも改善するためにも、ジョージア州の上院議員の決選投票は極めて大切だ」

と彼は主張します。
 そして、ジョージア州に住むアジア系、ラテン系、プエルトリコ系などの人々に対して、それぞれの出身国の言葉で選挙に協力するようにメッセージを送っているのです。

「ジョージアとプエルトリコでの動きはとても大切だ」

と彼は付け加えます。

 アメリカでは、大統領選挙の熱気の陰で、同じ頃にもう一つの選挙があったことを知っている人はあまりいません。それは、プエルトリコがアメリカの51番目の州になることに、賛成か反対かを問いかける住民投票でした。
 結果は、51%を超える有権者が州への昇格を望むというものでした。
 

プエルトリコの歩みとアメリカ議会の駆け引き

 プエルトリコがアメリカの施政下に入ったのは19世紀末のこと。米西戦争の結果、スペインからアメリカに割譲されたのがきっかけでした。
 1917年にはプエルトリコの人々にアメリカの市民権が付与され、さらに1948年には、住民が選挙で知事を選ぶことができるようにもなりました。
 しかし、同地はその後も自治領のままで現在に至っているのです。
 
 そもそも、プエルトリコの住人で州への昇格を望まない人の中には、プエルトリコがアメリカの植民地であることへの反発もあったのです。独立運動は20世紀を通して何度かありました。
 しかし、すでに100年以上の年月が経過した今、そうした意識も変化し、多くの有権者がアメリカの他の地域と同じ権利を求めるようになったというわけです。もともと独立国であったものの、アメリカに併合された後に、最終的にはアメリカの50番目の州に昇格したハワイと似た道を歩もうとしているのです。
 
 しかし、今回の住民投票がそのままプエルトリコ州の誕生へとつながるわけではありません。州に昇格するためには、アメリカ議会の承認が必要なのです。
では、議会は承認するのでしょうか。
 もともとスペイン語を話し、人種的にも白人系とはいえない彼らは、黒人と同様に差別の対象となったこともありました。アメリカに移住した人も、より多彩な人種に寛容な大都市圏で生活し、地方に支持母体を持つ共和党を支持する人はそれほど多くありません。当然そのことは、現在プエルトリコに居住する人々にも影響を与えています。端的にいえば、プエルトリコが州に昇格すれば、民主党の票田が一つ生まれることになるのです。
 プエルトリコが州に昇格すれば、今後のアメリカ議会での勢力図や、大統領選挙にも少なからぬ影響を与えてしまうというわけです。
 したがって、トランプ大統領の敗北で劣勢に立たされている共和党にとっては、プエルトリコ州の誕生は好ましいことではないのです。
 
 今、アメリカ連邦政府の下院は民主党が過半数をとっていますが、上院では共和党が多数派となっています。
 大統領選挙では民主党のバイデン氏が当選したものの、彼が自らの新たな政策をスムースに実施するには、上院の協力が必要です。であれば、上院が共和党に支配されている状況が、トランプ政権で起こった様々な変化をもとに戻してゆく上での支障となることは必至です。こうした力学から見て、プエルトリコの州への昇格は、上院で共和党が多数派である以上、簡単にはいかないのです。
 
 そこで、今アメリカ人の多くが関心を寄せているのが、ジョージア州での上院議員選挙の行方というわけです。1月に上院の2議席の行方をめぐって、ジョージア州で決選投票が行われるのです。この選挙で民主党が勝利すれば、上院での勢力図に大きな変化が起きるのです。その流れを、そのまま2年後の中間選挙に持ってゆければ、バイデン政権にとって追い風となることは間違いありません。
 逆に共和党は、すでに4年後の大統領選挙へ向けて準備を始めなければなりません。そのためには、議会の様々な権限を使ってバイデン政権の機能に制約を加え、実績があがらないようにしたいものです。
 こうした中期的、さらには長期的な視野に立ったとき、プエルトリコの州への昇格は、アメリカの今後の政治に大きな影響を与えることになるのです。
 

トランプ政権の終焉と移行が世界にもたらすもの

 今、世界では、トランプ政権の最後の50日間に、自らの国に有利な政策を実施し、既成事実を作り上げようとする動きが目立っています。
 イランでは、核開発において重要な役割を担ってきたファクリザデ氏が暗殺されるという事件が起こりました。暗殺の背景にイスラエルが関与しているとイランは主張し、これはイスラエルと親密であったトランプ政権下で、アメリカに非難されることなく画策された暴挙であると非難をしています。
 バイデン政権が発足すれば、オバマ政権下で進められていたイランとの緊張緩和へと外交政策が傾斜し、中東でのイスラエルの立ち位置にも影響があるのではないかと考えられています。
 
 では、EUはどうでしょう。おそらく、EUとは何かと摩擦の多かったトランプ政権が消滅することへの期待が大きいはずです。この状況にピリピリしているのが、中国です。中国は人権問題や香港問題などで、バイデン政権が厳しい対応をしてくることが予想され、むしろトランプ政権の方が、実利的な合意がなされれば緊張緩和が進んでいたのではないかと、警戒感を強めています。そこにアメリカとEUとの連携が再構築されれば、相対的に中国は孤立してしまうかもしれないのです。
 
 こうしたアメリカの外交政策を目に見える形で推し進めるために、バイデン政権は、ジョージア州の上院議員選挙での民主党の勝利を願い、さらにはプエルトリコの州への昇格による民主党の基盤の強化を望んでいるのです。
 
 我々がほとんど関心を示していない、カリブの島での人々の意識の変化は、今後のアメリカの外交政策を通して、世界情勢への波紋へと進化するかもしれない、注目すべき出来事なのです。
 

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『A Short History of America アメリカ史』西海コエン (著)A Short History of America アメリカ史』西海コエン (著)
アメリカの歴史を読めば、アメリカのことがわかります。そして、アメリカの文化や価値観、そして彼らが大切にしている思いがわかります。英語を勉強して、アメリカ人と会話をするとき、彼らが何を考え、何をどのように判断して語りかけてくるのか、その背景がわかります。本書は、たんに歴史の事実を知るのではなく、今を生きるアメリカ人を知り、そして交流するためにぜひ目を通していただきたい一冊です。

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