ブログ

戦没者慰霊式典への海外の冷めた反応

About 71,000 soldiers from Britain and the Commonwealth died in the war against Japan, including more than 12,000 prisoners of war who died in Japanese captivity.

(イギリスと英連邦から約7万1,000人の兵士が日本との戦争で戦死し、そのうち1万2,000人を超える捕虜が日本の捕虜収容所で死亡した)
― BBC より

戦後80年で問われる日本の「反省」と向き合い方

 毎年8月15日になると戦没者追悼式があり、その様子は全国に中継されます。もちろん、海外のメディアもこの様子を報道します。ヘッドラインはイギリスのBBC放送の記者が、当日に日本から中継したときの報道の一部です。
 日本では首相が久しぶりに前の戦争を「反省」という言葉で表現したことが話題になっています。
 また、多くの人はもう80年も経過していて、日本は何度か戦争の責任についても言及しているので、韓国など諸外国はどこまでしつこくこの問題を追及するのかと思っているはずです。
 
 そこで、あえてこのBBCの報道を紹介しました。記者は、イギリスは日本との戦争で、イギリスの植民地での犠牲者も含め7万1千名が命を落としたとしています。
 しかし、今回はその後半の文に注目して欲しいのです。記者はあえて、その犠牲者の中に日本軍によって捕らえられた1万2千名の捕虜が含まれていることに言及しています。この後半の部分こそが、日本人がどのように思おうが、海外から向けられている日本の戦争との向き合い方への厳しい批判を象徴しているのです。
 

「対日戦勝記念日」に海外メディアが報じる日本

 イギリスでは、日本の終戦記念日のことをVJ-Dayと呼びます。VはいうまでもなくVictory(勝利)のことです。この表現はイギリスのみならず、アメリカはもとより日本と戦争を行なった多くの国が使っている表現です。
 そして、彼らはいつも日本の戦没者追悼式の様子に違和感を抱きながら報道します。というのも、日本の追悼式では日本に起こった不幸を語り、戦没者を慰霊するのみで、戦争そのものの世界規模での惨禍について触れることがないからです。VJ-Dayにはイギリス国内でもセレモニーがあります。そして、そこでは日本軍の捕虜になって虐待を受けた人々に報道陣のマイクが向けられます。
 
 これをドイツと対比してみると、その違いがどれだけ際立っているかがわかります。
 ヨーロッパでの戦争の大きな転換点になった連合軍のノルマンディー上陸作戦が行われた日(D-Day)には戦争に関わった国々が集まり、大きな記念式典が毎年行なわれます。そこにはドイツの首相も積極的に参加して、第二次世界大戦での犠牲者に敬意を払います。
 
 また、過去に何度かドイツの首相がポーランドにあるアウシュビッツなどのユダヤ人強制収容所を訪れ、犠牲者に哀悼の意を表しています。それは、ドイツにとって極めて大切な外交なのです。
 さらに、ドイツは言論の自由が保障された民主主義国家であることはいうまでもないことですが、一つだけ違法となっているのがナチス党の結成です。
 
 日本の指導者が「反省」という言葉を口にしたとき、何に対して反省しているのかが海外の報道陣には読み解けないのです。それは、彼らには日本政府、あるいは関係者が当時の交戦国とこうした式典を共有せず、あくまでも日本でおきた悲劇としてだけ戦争と向き合っているように見えてしまうからです。
 反省といっても具体的な事例も指摘されません。このことが、日本がどんなに平和を希求する国家であると自負しても、世界の多くの国々がそれを冷めた目でみている理由なのです。
 
 原爆の日には、世界から多くの人が広島や長崎を訪ねています。
 式典にも日本に駐在する外交官が招かれます。しかし、ここで注意したいのは、彼らは原爆という核の悲劇と向き合うために参列しているのであって、当時、広島や長崎で被害に遭い、熱線を浴びて苦しんだ犠牲者の痛みや悲しみを共有してはいても、原爆投下の責任がアメリカにあるという意識を持っている人はほとんどいないという事実です。
 
 ポツダム宣言によって警告を受けたあとも、それを黙殺した当時の日本政府の責任の方に多くの人は目を向けています。自国の国民を犠牲にしてまで無益な戦争を継続させた日本政府への非難の声の方が強いのです。BBCも今回の報道の中で、日本がドイツの降伏したあとも頑なに絶望的な戦争を継続した結果、原爆投下に繋がったという趣旨の記述がありました。
 

もう一度見つめ直したい戦禍への思いと積極的な発信

 確かに、日本は第二次世界大戦で300万人の犠牲者をだし、その深い傷跡は長く国民の中に残り、今に至っています。
 しかし、それ以上に第二次世界大戦は、最低でも5,000万人以上ともいわれる犠牲者をだした戦争で、その主要な参戦国であった日本の位置付けへの表明が足りなければ、他の国の同じような犠牲者の遺族たちや実際に傷つき生き残った人々が抱く思いへの癒しは訪れないわけです。
 
 こうしたことが、日本での官民での戦争に対する思いが世界に伝わらない原因ともいえましょう。80年間このわだかまりが消えないこと自体が異常なことだと思います。それには日本政府も、戦争に反対する多くの団体や個人も、もっと積極的に海外での戦禍と向き合い、交流をしてゆく必要があるのです。さらに、「反省」や「遺憾」という日本語ならではともいえる曖昧な表現でメッセージを発信するのではなく、具体的な実例や事件を認識して、それを日本側から表明する勇気も必要です。
 
 第二次世界大戦がどうしておきたかという、そこにある19世紀以降の複雑な事実への歴史的な検証にはさまざまな見方があるでしょう。問題はそういうことではなく、どちらがどうということではない、事実においての戦争体験の共有が海外と充分になされていないことです。
 もし、海外の冷めた反応や隣国の批判が続くとしたら、それはこうした日本の外交方針、そして長年日本人に植えつけられている国内だけに向けられた戦災への思いを、もう一度見直してゆく必要があるのではないでしょうか。
 

* * *

『日英対訳 英語で読む地政学』山久瀬洋二 (著)、エド・ジェイコブ (訳)日英対訳 英語で読む地政学
山久瀬洋二 (著)、エド・ジェイコブ (訳)
国の位置や地形、海路などの“地理的条件”が、国家の戦略や国際関係にどのような影響を及ぼしてきたかを考察する「地政学」。そのような一般的な「地政学」とは少し視点を変え、気候変動などの気象や、そこから発する海洋への影響、文明の発達による山や川の環境変化などに着目。それが人々の生活にどのような影響を及ぼし、そして人類の歴史をつくってきたのかを解説します。科学の進歩とともに、旧来の地政学がすでに時代遅れになりつつある時代に、環境問題の深刻化や社会に広がる分断、それらを背景に問われる国家戦略のあり方を日英対訳で考察します。国境の向こうを理解する教養が、英語とともに身につく一冊です!

 

山久瀬洋二からのお願い

いつも「山久瀬洋二ブログ」「心をつなぐ英会話メルマガ」をご購読いただき、誠にありがとうございます。

これまで多くの事件や事故などに潜む文化的背景や問題点から、今後の課題を解説してまいりました。内容につきまして、多くのご意見ご質問等を頂戴しておりますが、こうした活動が、より皆様のお役に立つためには、どんなことをしたら良いのかを常に模索しております。

21世紀に入って、間もなく25年を迎えようとしています。社会の価値観は、SNSなどの進展によって、よりミニマムに、より複雑化し、ややもすると自分自身さえ見失いがちになってしまいます。

そこで、これまでの25年、そしてこれから22世紀までの75年を読者の皆様と考えていきたいと思い、インタラクティブな発信等ができないかと考えております。

「山久瀬洋二ブログ」「心をつなぐ英会話メルマガ」にて解説してほしい時事問題の「テーマ」や「知りたいこと」などがございましたら、ぜひご要望いただきたく、それに応える形で執筆してまいりたいと存じます。

皆様からのご意見、ご要望をお待ちしております。どうぞよろしくお願い申し上げます。

※ご要望はアンケートフォームまたはメール(yamakuseyoji@gmail.com)にてお寄せください。

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

PAGE TOP