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2025年を考えない人の2035年??

Layoffs have been a defining feature of the job market in 2025, with several major companies announcing thousands of job cuts driven by artificial intelligence.

(2025年の雇用市場を特徴づけるのは人員削減。複数の大手企業がAIの進化を理由に数千人の雇用削減を発表している)
― CNBC より

2035年を生きる、とある会社員のお話

 佐藤裕太は今年32歳になります。
 その日、彼はいつも通りに勤務先に行きました。ただ、心の中には一抹の不安がよぎっていたと彼は語ります。2035年、裕太は東京の不動産会社の課長に昇進しようとしていました。
 
 しかし、そんな期待とは裏腹に、昇進試験は突然中止になりました。そして、その翌年に彼が知ったのは、自らの会社が倒産を回避するためにインドの大手デベロッパーに買収された事実でした。
 
 インドからその辣腕ぶりで知られる若手の管理職が彼女の部下とともに送り込まれ、裕太はオフィスの隅でわからない英語に悩まされ、インド人の同僚との仕事にもついていけず、追い込まれていきます。
 日本は、従業員の地位は法律で守られているとはいえ、急激な環境の変化と、今まで自らがやってきた業務のノウハウが一蹴されるなかで、裕太は心身の均衡を失ってゆきます。耐えられずに辞職したとき、彼はすでに35歳に近づいていました。
 
 裕太がふと周りを見渡したとき、大学の同級生の多くがすでに転職を余儀なくされたり、失業したあと行方すらわからなくなっている友人が多くいたりすることに気づきます。そもそも彼は会社で何をしてきたのでしょう。入社したとき、裕太は先輩から言われました。安定した企業だから安心しなと。そんな先輩も5年前に転職して起業したものの、不景気もあって1年も経たずに廃業。家庭は崩壊。今は食糧の配送の手伝いをして生活しています。
 
 裕太は大学を卒業するとき、確かに迷いました。
 このまま就職するより、語学留学でもして英語を身につけ、手に職をつけてゆくのもいいのではないかと。しかし、両親も指導教官も、世の中はそんな甘いものじゃないから、まずはしっかりとした会社に就職してからそうしたことは考えればいいんだよと説得されました。大学に入るときも、大学に入りさえすればいやな受験勉強からも解放されるからと、教師と親の進めるままに進学しました。そして英語も忘れ、高校までに勉強した知識もどんどん忘却してゆきました。
 
 そして今、裕太が退職してみると、会社の中でやっていた仕事が世の中では全く役に立たないペーパーワークの連続だったということに気付かされます。印鑑を押す書類はとうになくなっていました。不動産売買の手続きや審査のノウハウもAIが代行できると、インドからきた経営者は大鉈を振るい続けたのです。
 そして、不動産関連の国内で取得した資格による仕事も、すでにAIが代行するようになっているので、退職しても今まで培ってきた経験は役に立ちません。先月まで働いていた大手町の高層ビルが、裕太を追い出した巨大なロボットに見えてきます。そう、裕太が未来を切り開くには、根本から生き方を変えない限り、無理であることがわかったのです。
 

自分の経験を生かすも殺すも自分次第

 彼がまだ不動産会社に勤務していたとき、業務で利用したタクシーの運転手さんが不安そうに呟いていたことを思い出します。その運転手さんは無人運転のタクシーが増えて、失業するかもしれないというのです。
 
 そのとき裕太は思いました。確かに無人運転の車の方がミスをせずに安全だし、疲れて乗っているときに運転手さんの退屈な話に付き合うこともないし、第一、無人運転の車は最短距離を間違いなく選んでくれるから、時代だよなと。
 
 同じことがその後、彼の身に降りかかろうとは思ってもみませんでした。
 
 そんなある日、あの先輩から連絡がありました。今は起業して失敗した借金を返すために、運転手をしているんだと。裕太は、タクシーの運転手さんのことを思い出し、暗い気持ちになります。しかし、先輩の声は明るいのです。先輩はいいます。タクシーの未来はないよ。でも観光ハイヤーなら実力次第でどんどん稼げる。英語を勉強し、お金持ちの外国人観光客に気に入られ、その人が求めるところを案内してやればチップもはずんでくれる。リピーターも増えるし、SNSでお客さんが宣伝してくれる。
 先輩は、もうすぐ借金を返済し終わるどころか、この仕事で新たなビジネスを立ち上げることも考えていると。
 そういえば、不動産業をやっている人はその地域の土地に明るい。先輩は思わぬところで自分の経験を役立てているわけです。
 
 担任の教師も、塾の進路指導も、親も、そして大学の先生も、誰も裕太の20年後を想像せずに、何十年もくり返された指導を裕太にしてきました。それを受け入れて信じたのは、佐藤裕太の自己責任。でも、それだけでは納得できないなと、彼は心の中で行き場のない鬱積したものを感じました。世間では、AIの時代はこうだとかああだとか言っているけれど、その本質をどうしたら掴めるのか、わかった振りをした浅薄な議論も多いので、何を信じればいいんだろうと彼は常に思っていました。
 
 そう、その昔日本史の教師が言っていたっけ。明治維新になったとき、ほとんどの武士は、それまでと同じ武士の身分がこれからもずっと続くと思っていたんだと。裕太は久しぶりに高校で学んだことを思い出しました。日本史のイベントとか年号とかは忘れてしまったけれど、先生の言ったあの一言が、今になって忘却の彼方から浮かび上がってきたのです。
 
 俺は語学は苦手だから、若い頃に一瞬迷ったものの、今では別に英語を改めて勉強しようとは思わない。でも、あの先輩の変化は参考になるなと彼は思いました。しかし、そんな変身を遂げるにはどうすればいいんだろう。そんなことを考えるノウハウも今までは学んでこなかったと裕太は思います。学ぶってなんだろう。彼はふとそう呟きました。
 

2025年の終わり、雇用が続く保証はどこにもない

 2025年の終わり、裕太が就職を決めた年に一つのニュースが流れました。大手リテーラーのアマゾンで大量のリストラが実行されるかもしれないと。そのとき人々が思ったのは、失業するのは倉庫で働く人々ではないかと。
 
 しかし、倉庫はすでにかなりの部分が自動化されていて、肝心なポイントで働く人材は逆に有用でした。無用だとされたのは、事務職についていた膨大なホワイトカラー。それも中堅社員だったのです。事務職の多くはAIでも十分にこなせる、人の知恵は必要ないものだとレッテルを貼られたのです。
 
 佐藤裕太は、そのニュースを聞いたとき、自分の就職を考えなおそうなどとは思ってもいませんでした。
 いろんな変化はあるけれど、日本は外国と違って安定している。これからも社会はしっかりとサステナビリティのレールに乗ってゆくだろうと。
 

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