A U.S. Marine has been arrested in the killing of a woman on Okinawa, triggering outrage in Japan
沖縄で女性殺害の容疑により米海兵隊員が逮捕され、日本で怒りが広がる
AP通信(Mari Yamaguchi記者、PBS NewsHour掲載、2026年10月5日)より
フランクフルトに出張しました。現地での仕事を終えた後、3日間休暇を兼ねてルクセンブルクまでドライブをしました。ルクセンブルクはドイツとフランス、ベルギーに囲まれた小国ですが、一人当たり国民所得は世界一と評判の国です。そんなルクセンブルクを訪ねた機会に、今、日本で問題となっている沖縄での米兵が逮捕された殺人事件や沖縄の経済問題について考えてみました。というのも、ルクセンブルクと沖縄は実に似た歴史を辿ってきたからです。
大国に翻弄された小国の、したたかな戦後
フランクフルトから2時間半も車を走らせると、都市国家といっても過言ではないほどの規模のルクセンブルクの中心街に到着します。かつては永世中立国でしたが、今はわずか1,000名の軍人が国の最低限の防衛にあたっています。
そんなルクセンブルクは長年、大国同士の軋轢に晒され、戦火と侵略の犠牲となってきました。この経緯は沖縄とそっくりです。その歴史を物語るかのように、現在のルクセンブルクの中心街は中世から近世にかけての要塞の中にあり、それが観光客を魅了する散策路となっています。1830年にオランダからベルギーが独立し、ベルギーを支援していたルクセンブルクも9年後に独立しましたが、20世紀の二つの世界大戦でもドイツに蹂躙されてしまいました。

そんなルクセンブルクですが、戦後の舵取りは巧みでした。フランスの発案で現在のEUの母体となる欧州石炭鉄鋼共同体の本部を誘致したのを皮切りに、それが現在のEUに成長する節目ごとに、その重要な機関がこの国に置かれました。自国軍の規模は小さいものの、NATOには加盟しており、現在の西ヨーロッパの体制の中では盤石な安全保障を勝ち取っています。こうした国際的な機関の拠点としての役割をしっかりと担ったことが、戦後のルクセンブルクの発展に繋がったのです。
この国の人口は70万人弱ですが、東ヨーロッパなどからの労働者がサービス業に従事し、フランスやドイツからの越境通勤者も多くいます。隣国からの通勤者の多くが金融業に従事し、政府が金融業への税制優遇を行っていることから、ルクセンブルクは世界第2位の投資ファンドのセンターへと成長したのです。これがルクセンブルクの国民所得を大幅に引き上げたのです。
国境が消えた街、シェンゲン
ルクセンブルクを訪れた後、1時間強、車を走らせ、フランスのナンシーに向かいました。ここはドイツとの国境にも近い古都として知られており、ドイツとフランスとの間で戦争が起こるたびに領土問題の脅威に晒されてきた都市として有名です。フランクフルトからルクセンブルクまでと同様、検問も何もないままフランスへと入ると、そこには都市そのものの風景や雰囲気がドイツともルクセンブルクとも異なるフランス文化が漂っています。国境を越えた途端に文化や言語が変わる、ヨーロッパでよく体験する、あたかもワープしたかのような瞬間です。
そんなナンシーに向かう途中に見えてくるルクセンブルクとドイツ・フランスとの国境に流れるモーゼル川。その川に沿ったルクセンブルクの南東端にシェンゲンという街があります。ここはEUの域内をパスポートなしで自由に行き来できる条約が締結されたところで、その条約はシェンゲン条約として知られています。シェンゲン条約のおかげで、ルクセンブルクから気軽にナンシーへと移動できたわけです。ヨーロッパの小国が戦後の西ヨーロッパの和平と繁栄の舞台となってきたことを象徴的に物語る逸話です。
沖縄は「アジアのルクセンブルク」になれるか
ここで再び沖縄に目を向けてみます。我々は国家ということを考えるときに、安全保障や経済規模、さらに国際政治のベクトルの中でいかに優位に立つかということに傾注しがちです。しかし、ルクセンブルクのとった方針は、そうした表向きの力への執着ではなく、平和と富という「実」をとった政策でした。日本の場合、国の規模でいえばルクセンブルクより遥かに大きく、経済規模も安全保障にかける予算規模も異なります。ですから、ルクセンブルクが小国だからこうしたことができるのだと主張する人も多いでしょう。
ただ、沖縄のことを考えてみると面白い比較ができるはずです。沖縄も以前は日本と中国という大国に挟まれた独立国でした。ルクセンブルクと同様に近隣の国家の影響はあるものの独自の言語もあり、民族的にも日本人と全く同じというわけではありませんでした。しかし、1879年に日本政府によって琉球王朝は強制的に廃止され、日本に編入させられました。そして、第二次世界大戦では沖縄は日本の領土の中で唯一、住民を巻き込んだ大規模な地上戦の場となり甚大な被害を被りました。このように、沖縄とルクセンブルクの歴史には多くの共通点がみられます。しかし、戦後はアメリカの統治下に置かれ、1972年の本土復帰後も沖縄は日本の地方自治体として、日本という国家の中央集権の渦に巻き込まれていったわけです。
そして今でも、沖縄は日米安全保障条約による米軍基地の問題に悩んでおり、アメリカ兵による暴行事件も何度となく起きています。今年の10月にも39歳の女性への強盗殺人事件が起き、現地の怒りに対して日本政府の対応が注目されています。こうした沖縄の未来を考えたとき、ルクセンブルクの政策が参考になるのではと思うのです。
ルクセンブルクは確かに独立国ですが、沖縄も日本の中で本来より強い自治権を持ち得る地域のはずです。他の県と異なる制度を沖縄に導入することが、沖縄にも日本にもよりベネフィットをもたらすのではと思うのです。より強い自治権を得て、アジアの中での地政学的な立場を活用した独自の経済政策や税制によって、豊かな沖縄を作ることは困難なことなのでしょうか。夢のような話かもしれませんが、現在、沖縄県民の平均所得は日本の中でも最低のレベルとなっていることを考えると、こうした思い切った政策転換も視野に入れるべきかと思うのです。
沖縄の経済問題を解決しない限り、基地問題も前に進みません。なぜならば、経済が弱い限り、人々が基地による収入に頼るからです。日本政府は中央から沖縄を経済的にサポートしようとしますが、沖縄自身が自立した経済圏を建設できない限り、国の支援に頼り続け、基地への依存からも抜け出せないという悪循環が続くのではないでしょうか。
中国との緊張関係が云々され、台湾有事に神経を尖らせているなか、とかく沖縄のこうした問題に人々は目をつむりがちです。しかし、緊張の最前線だからこそ、中国のみならず、東南アジアとの交流を考えたとき、沖縄がアジアの金融や物流、国際交流の拠点として、ルクセンブルクのような役割を果たせる極めて良い立地にあることがわかってきます。
沖縄が米軍基地に経済基盤を求める限り、日本とアメリカとの外交関係でも日本はしっかりとしたカードを切りにくくなります。アメリカにとっていかに沖縄が大切であるかを理解させるためにも、まずは沖縄経済の飛躍が必要です。経済的に自立してこそ、基地を前提としない立場から「それなら基地はいらないよ」とアメリカ側としたたかに交渉でき、その結果、安全保障をも確保することが可能になるのではと思うのです。
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