【海外ニュース】
Beijing says its right to the area goes back centuries to when the Paracel and Spratly island chains were regarded as integral parts of the Chinese nation, and in 1947 it issued a map detailing its claims.
(BBCより)北京は南沙諸島は何世紀にもわたって中国固有の領土とされており、1947年にも地図の上でも詳細にクレームされていると表明
【ニュース解説】
最近、日本も中国も「わが国固有の領土」という言葉をよく使います。
ここに紹介したヘッドラインのように、中国とベトナムやフィリピンとの南シナ海の島々をめぐる紛争でも、中国は島々を integral part of the Chinese nation (中国固有の領土) であるとして、強硬な姿勢を崩しません。
日本も尖閣列島や竹島、あるいは北方領土をめぐる問題などで、ことあるごと「わが国固有の領土」という言葉を使って、自国の権利を主張します。
この「固有の領土」という言葉を聞くたびに思い出すのが、東ヨーロッパの複雑な現実です。
例えば、ドイツの全身となるプロシアという国の起源について考えてみます。プロシアのルーツは複雑ですが、その一つのルーツが現在のカリーニングラードにあったドイツ騎士団領です。カリーニングラードは、ロシアの東端にある都市で、バルト三国がソ連から離脱して以来、ロシア本国とは陸続きでなくなり、「ロシアの飛び地」といわれています。
第二次世界大戦まで、そこはケーニヒスベルクと呼ばれていました。
そこにはドイツ人が居住し、古くは神聖ローマ帝国という現在のドイツ一円を支配していた国家の一部だったのです。
第二次世界大戦が終了すると、ソ連はケーニヒスベルクに居住していたドイツ人を追放し、徹底したロシア化を断行しました。以後、同地はカリーニングラードと名前を変えて現在に至っています。今となってはドイツのルーツが、ロシアの東部にあったことを知っている人の方が少なくなっています。
次にポーランドの領土について考えます。
ポーランドの状況は悲惨でした。ポーランドはもともと現在のソ連領の西部にも国土を持ち、長年にわたってロシアと摩擦をおこしていました。そうした背景の中で第二次世界大戦の初期にナチスドイツとソ連がともにポーランドに侵攻し、ポーランドは分割されてしまいます。
戦後、確定したポーランドの領土の大部分は、ナチス側として分割された地域で、ソ連が獲得したポーランド領は、ベラルーシとウクライナの一部としてソ連に編入されてしまうのです。
ポーランドからみるならば、彼らの「固有の領土」が大国の主張する「固有の領土」の論理に従って奪われてしまったのです。
ポーランドの一部を編入したウクライナも、その後様々な変化に見舞われます。
2014年にロシアがウクライナからクリミア半島を奪還したことは記憶に新しいのですが、ウクライナはもともとソ連の一部の共和国で、ソ連の時代に旧ポーランド領の一部と共にクリミア半島はウクライナに帰属しました。しかし、ソ連の主権を継承したロシアは、クリミア半島はロシアの「固有の領土」であるとして、2年前に強制的に併合したのです。
こうしたヨーロッパの状況をみながら、再び「固有の領土」という概念について考えます。そもそも、国家が領有権を主張するときに、歴史上のどの段階までさかのぼって、それを主張することができるのでしょうか。国家の領土は常に変化してきました。そんな歴史上の事実を踏まえて、ここは「自国の領土」であると主張できる根拠をどのようにして正当化できるのでしょうか。
例えば、日本はドイツと同様、第二次世界大戦での敗戦国です。
その結果多くの領土を失いました。しかし、領土を失ったことと、その領土がそもそも昔から日本のものであったかは別の次元の問題なのです。
こうした事例は、ここに紹介した東ヨーロッパのケースのように、世界には数え切れないほどころがっています。そして、時には「固有の領土」を取り戻し、守り抜こうというスローガンがナショナリズムによって悪用され、人々の間に他国への憎しみを植え付け、最悪の場合は戦争を引き起こしてしまったことも多くあるのです。
特にヨーロッパに代表される大陸国家の場合、大国同士の「固有の領土」という概念によって過去にヨーロッパ全土を舞台にした戦争が何度もおこり、最終的には二つの世界大戦へとつながったのです。
これらの悲惨な教訓から、それぞれの国家が領土を主張するのではなく、国家同士を積極的に統合してゆこうとして出来上がったのが EU だったのです。
その結果、少なくとも西ヨーロッパでは戦後一度も領土をめぐる戦争がおきず、長い世界史の中でも稀な平和が続いています。日本も同様に70年以上平和を享受してきました。
我々は一つの教訓を知っておくべきです。
この「固有の領土」という概念自体、時に為政者などの意図でプロパガンダとして使用されることがあるという事実です。日本を含む大国がこの言葉で国民を煽り、双方の対立を促すことは特に危険です。我々は、冷静に歴史を見つめながら、為政者の一方的な情報に踊らされることなく、この「固有の領土」という概念について考えてゆかなければならないのです。
山久瀬洋二・画
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日英対訳
『海外メディアから読み解く世界情勢』
山久瀬洋二 (著)
IBCパブリッシング刊
海外ではトップニュースでありながら、日本国内ではあまり大きく報じられなかった時事問題の数々を日英対訳で。最近の時事英語で必須のキーワード、海外情勢の読み解き方もしっかり学べます。