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グアテマラからみた日本

アメリカのヒューストンに出張し、そこから2時間ほど飛行機に乗って中米のグアテマラにやってきました。
メキシコに旅したときも同様ですが、アメリカの経済的、政治的影響を強く受け、かつアメリカへの移民も多い中米でありながら、そこの国に入れば英語がなかなか通じないことにはいつも驚かされます。
グアテマラの首都グアテマラ・シティから車で1時間少々、18世紀までこの国の首都であった古都、アンティグアに向かいました。

16世紀にアンティグアに首都が遷されて200年後、この町は大地震に見舞われます。壊滅した町を捨てて新たに建設した首都が、グアテマラ・シティだったのです。
アンティグアは、アグナ山という富士山を思わせる高山の麓にある、日本でいえば京都のような所です。決して治安の良くないグアテマラにあって、観光で成り立つこの美しい古都だけは、安心して散歩ができます。
そんな、アンティグアに昔あった大学の跡が、今では一般に開放され、その中庭のあるスペイン風の回廊に並ぶ部屋には、当時の宗教画が飾られています。
その中に、私はイグナチウス・ロヨラの肖像画を見つけました。

大航海時代、軍人からカトリックの神父になり、新大陸やアジアへの布教をめざし、イエズス会を創設したのがイグナチウス・ロヨラでした。
そして、彼の盟友としてパリのソルボンヌ大学でイエズス会の同士となったのが、日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルです。
ザビエルは、ポルトガル王の保護を受け、アジアへの布教にでますが、ロヨラはイタリアに残り、イエズス会を支えます。

そして、スペインが開拓し、植民地にしたグアテマラにもイエズス会の影響があったのか、ロヨラの肖像画がアンティグアの大学に飾られていたのです。
マヤ文明の子孫の先住民達は、その後のスペインの支配の中で、自らの文化の多くを失い、今ではひっそりと暮らしています。ヨーロッパの血が混じった現在のグアテマラの人が政治的にも経済的にも幅をきかせる中で、アンティグアに現れる先住民の多くは、路上で観光客に民芸品を売って生計をたてています。

ロヨラやザビエルは、カトリック教会のためにイエズス会を結成し、会員の多くはアジアや新大陸への命がけの旅にでてゆきます。
しかし、ポルトガルやスペインの時の為政者は、新大陸やアジアへの航海はあくまでも投資活動で、そうした地域で得た香辛料などからヨーロッパで莫大な利益を得ていたのです。

経済活動が植民地経営の本音であれば、ロヨラやザビエルは、その建前に利用され、カトリックの布教へ一生を捧げたのでしょう。
グアテマラのアンティグアでみたロヨラの肖像と、ヨーロッパの為政者の本音を感じ、ザビエルの布教から1世紀にも満たない間に厳しい禁教と鎖国へと踏み切った日本。
その二つの国が太平洋を挟んで対峙し、そしてグアテマラ山間で細々と暮らす先住民の姿に触れるとき、日本とグアテマラが同じ時期に西欧文化に遭遇し、まったく逆の方向へと国が変わっていったことが実感できます。
ちょっとした歴史の感慨が私の胸を突き抜けたのでした。

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