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ラトビアの歴史と日本の終戦、そのリンクから学ぶこと

“My uncle, aunt, and grandparents were incarcerated in Riga for several years by the German government after being sent there from their home in Bavaria. Speaking of hidden histories.”

(僕の叔父と叔母、そして祖父母は故郷のバイエルンからドイツ政府によって移送され、リガで数年間監禁されたんだよ。すでに忘れられた歴史かもね。)
(Facebookのある友人のメッセージから)

今、ラトビアLatvia)の首都リガ(Riga)でこの原稿を書いています。
もうすぐ日本は73年目の終戦記念日をむかえます。1945年8月は、日本がポツダム宣言Potsdam Declaration)の受諾の是非を巡って大きく揺れた時期でした。
当時の日本の状況を考えるとき、参考にしたいのがラトビアをはじめとしたバルト三国の歴史だというと、驚かれる方も多いかもしれません。
ラトビアの戦後の運命を考えると、当時の日本の選択がいかにぎりぎりの、そして大切な選択であったかがみえてくるのです。
 

【 原爆ドーム 】
 
まずはラトビアの長い歴史を振り返ります。
ラトビアは、1991年に旧ソ連から独立しました。それはソ連が崩壊した頃のことでした。
しかし、元々ラトビアと共にソ連から独立したバルト三国は、長年ドイツと北方の強国だったスウェーデン、そして東から押し寄せるロシア帝国に挟まれて揺れ動いた地域なのです。
ときには、そうしたパワーバランス(power balance)の中でポーランドと連携して独立を保っていた時代もありました。しかし、最終的にはバルト三国はスウェーデン、そしてその後は帝政ロシアの統治を受けることになります。
 
この地域で元々特権を持っていた人々は、中世に移住してきたドイツ騎士団の末裔ともいわれるバルト系ドイツ人でした。実は、19世紀にドイツで君臨したプロシャ(Prussia)はこのドイツ騎士団がそのルーツなのです。従って、長年この地域ではドイツ語が話されていました。
彼らは周辺の列強の思惑を利用して、見事にこの地域での特権を維持してきました。しかし、19世紀末期にロシアの支配が強まり、さらにロシア革命Russian Revolution)でロシアがソ連となると、バルト系ドイツ人は没落し、特権も奪われます。同時に、ラトビアも独立を達成したのです。
 

【 戦争で破壊されたリガ旧市街 】
 
しかし、第二次世界大戦World War 2)が始まると、ドイツとソ連との協定で、ラトビアをはじめとするバルト三国はソ連に併合され、厳しい共産化の中で、ラトビア人もバルト系ドイツ人もひどい迫害を受けました。そんなとき、ソ連との協定を破っていきなりソ連に宣戦し、東進してきたナチス・ドイツNazi Germany)は、彼らにとっては自らを解放する同盟者に映ったのでした。
皮肉なことです。ソ連に対抗しようとナチス・ドイツに協力したラトビアでは、多くのユダヤ人がラトビア人の監視のもとで強制収容所に送られ、虐殺(slaughter)の対象となったのです。リガには、当時の模様を記録したユダヤ人博物館(Rīgas Geto un Latvijas Holokausta muzejs)があり、重たい歴史の事実を人々に伝えています。ユダヤ系の人々は元々、中世にポーランドを通してラトビアに移住してきた人々でした。しかし、そんなラトビア在住のユダヤ系の人々のみならず、ドイツ本国やドイツの占領地から大量のユダヤ人が移送されてきたのです。ここに紹介した私の友人の祖父母や親戚もそうした人々の中に含まれていたわけです。
しかも、第二次世界大戦でバルト三国はソ連のみならず、ドイツにも蹂躙され、多くの被害を受けたのでした。
さらに悲劇は続きます。戦後になると、連合国の協定によってラトビアなどバルト三国はソ連に併合され、スターリンの圧政を受けるのです。その後バルト三国はソ連が崩壊するまでソビエト連邦の共和国となったのでした。
 

【 ラトビアに侵攻したドイツ軍 】
 
日本は、終戦間際に北から迫るソ連の脅威に晒されていました。
ソ連が北海道に到達する前にアメリカに対して降伏し、日本を社会主義の圧政から守ることが緊急の課題だったのです。
バルト三国は大陸国家であったが故に、日本が経験することのなかった厳しい体験を強いられることになります。ラトビアの中には今でも旧ソ連時代に移住してきたロシア系の人々が多く居住しています。こうした人々にラトビアは国籍を与えず、それが人権問題ともなっています。列強に挟まれた戦争の怨念が今でも残っているのです。
 
また、第二次世界大戦で日本と同盟したドイツは、首都ベルリンにソ連軍が侵入し、激戦の中で降伏(surrender)しました。
ちょうど赤坂見附や新橋まで戦車(tank)や装甲車(armored car)に先導されたソ連軍が皇居に迫ってきたことを想像すれば、その状況がいかに緊迫したものか理解できるのではないでしょうか。
しかし、終戦まで日本の本土には海外の兵士は一人も侵入してはきませんでした。
沖縄やアジア各地で犠牲となった日本人、そして空襲(air raid)や原爆(atomic bomb)の犠牲になった日本人は300万人以上。そうした人々を見舞った悲劇を忘れてはなりません。しかし、戦争の最後まで、本土が軍靴に蹂躙されなかったことは、他国の事例と比較すれば、極めて好運なことだったのです。(参考:戦争による国別死者数
 
アメリカは、日本が降伏すると即座にソ連に対してアメリカが主体となって日本を占領する旨の意思表示をします。その結果、日本はドイツのように分断もされず、ラトビアのようにソ連の支配下におかれることもなかったのです。日本の代わりに犠牲となり分断されたのが朝鮮半島だったことを考えると、今の日本の繁栄と平和がどのような背景のもとで培われたかがわかってきます。
 
今、ラトビアでは二つの世代が共存しています。
一つは、1991年の独立前の世代。そしてもう一つはそれ以降の若い世代です。若い世代には英語教育が浸透し、彼らは
EU(European Unionの一員として西欧の文化の洗礼を受けています。しかし、それ以前の世代は、過去の重い歴史を記憶に残し、今のラトビアを見つめています。
戦後70年以上が経過した今、日本でも戦争体験が風化しつつあると人々は警鐘を鳴らします。ラトビアはソ連の圧政から解放されて27年。二つの世代はラトビアの世論を大きく左右する要因となっています。
ベルリンの壁(が崩壊したのが1989年。東西冷戦は第二次世界大戦と共に、次第に彼らの中で遠い記憶となってゆくのかもしれません。
 
リガ旧市街は、戦後昔の趣を再現し、中世の街並みの残る地域として、世界遺産(world heritage)となり、観光都市として繁栄しています。バルト三国の今後は、戦後70年以上戦争のない西ヨーロッパの未来と深く関わっているのです。
そして、戦争体験が風化しつつある日本も、ラトビアやドイツの体験から、自らのあり方を再び見つめ直す時代の転換期に差し掛かっているといえましょう。

【 現在のリガの旧市街 】
 

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『海外メディアから読み解く世界情勢』山久瀬洋二日英対訳
海外メディアから読み解く世界情勢
山久瀬洋二 (著)
IBCパブリッシング刊

海外ではトップニュースでありながら、日本国内ではあまり大きく報じられなかった時事問題の数々を日英対訳で。最近の時事英語で必須のキーワード、海外情勢の読み解き方もしっかり学べます。

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

各論にこだわる日本、「しがらみ」を捨てたアメリカ

ロシアは日本を求めている?

 

“Putin: It’s important to look for Russia-Japan WW2 peace treaty, solution that would reflect the strategic interests of both. “

(プーチン大統領は、第二次世界大戦を解決した平和条約を見つめ、お互いの戦略的連携を見つめてゆきたいと表明)
Reuterより

モスクワの街を歩けば、スーパーマーケットに寿司が並んでいます。
この寿司を生産しているのは、日本企業ではないとのこと。アメリカで発案されたカリフォルニアロールがヨーロッパ経由でロシアにはいってきたのです。この日本とアメリカとロシアが関わって流通している寿司をみると、それが現在の極東情勢を象徴したものとして映ってくるのも事実です。
 
ロシアの広大な国土の半分以上はアジアにあります。
その国境の向こうには、モンゴルがあり、さらには中国があります。
1960年代、共産主義社会での覇権をめぐり、中国とソ連とが激しく対立しました。以来中国とソ連、そしてソ連の権益を引き継いだロシアとは、アジアのライバルとしてお互いを意識し続けてきたのです。
 
そもそも、中国とロシアとの対立は旧ソ連時代にはじまったことではありません。
帝政ロシアの頃、南へと利権の拡大を目論んでいたロシアは、当時中国を統治していた帝国への進出を目論みます。このロシアの南下に対して当時の日本(大日本帝国)が脅威を感じた結果勃発したのが、日露戦争であったはずです。
 
なぜロシアと中国との関係をここで解説する必要があるのかというと、そこには大きな理由があります。それが北朝鮮への日本のアプローチのヒントになるからです。
確かにロシアは、アジアにおいては常に中国を意識してきました。そんなロシアにとって、実は日本は極めて組みやすい相手なのです。
しかも、シベリアには日本が欲しがる膨大な資源が眠っています。そんなロシアがシベリアの開発のために日本の経済力に期待しているのも事実です。
こうしたお互いの利益を前向きに捉え、ロシアと強力なパイプを造ることができれば、中国とアメリカとの間で硬直した日本の北朝鮮政策に新たな可能性が生まれるはずです。ロシアのプーチン大統領は、日本のそうしたアプローチを強く望んでいることが、このヘッドラインからも見えてきます。
 
しかし、日本人には常にこうしたチャンスを見逃す弱点があります。
それは日本人の各論にこだわる癖に他なりません。つまり、日本人は各論にこだわりすぎ、大きな絵図面から外交問題を有利に解決するチャンスを何度も逸してきたのです。
ロシアとの間の北方領土問題、そして北朝鮮との間の拉致問題への日本の取り組み方は、そんな日本の弱点を象徴しています。不当に拉致された人々への家族の思いに疑問を抱いているわけではありません。拉致を解決するには、拉致からあえて離れた大きな視野と戦略が必要だと思うのです。
ロシアとの間も同様です。北方領土を解決するためには、日本とロシアとの経済協力が双方にとって無視できなくなるほど強くなることが大切なのです。
 
拉致問題一点に日本がこだわりすぎれば、北朝鮮への外交的な対応そのものが後手にまわります。そして北方領土にこだわれば、ロシアとの経済協力はなかなか進みません。そうした状況を一番利用できるのは中国であり、北朝鮮そのものなのです。
安倍首相は、トランプ大統領が金正恩との会談で拉致問題に触れてくれたことを、国民に強調しました。
しかし、トランプ大統領が、拉致問題に触れたというのは、日本のメッセージを伝えたよということに過ぎないのです。アメリカが積極的に日本の利益のために拉致問題に触れたのでない以上、それは何ら意味のない伝言ゲームにすぎません。
 
結局、日本は単独で北朝鮮と拉致問題について交渉をせざるを得ないわけです。そんな状況の中で日本が拉致問題を理由に北朝鮮との対話を進めないことは、北朝鮮からみるならば、日本を交渉相手からブロックし、中国を味方につけながらアメリカに対応するためには極めてありがたいことなのです。
 
一方、ロシアは北朝鮮への影響力を維持するためにも、日本との連携を視野にいれたいはずです。しかし、何かを持ち出せば北方領土にこだわる日本の対応にロシアの幹部がうんざりしているのもまた事実でしょう。
 
北朝鮮問題は、単に北朝鮮に核を断念させて、国際社会の仲間入りをさせることを意味しているわけではありません。北朝鮮問題は、北朝鮮という扱いにくい国家の存在を利用して、極東の中でいかに自らの利益や影響力の伸長をはかろうかと模索する関係国同士の外交合戦なのです。
日本が、北方領土と拉致問題という「動かない石」にこだわればこだわるほど、そうした関係国の複雑な交渉の蚊帳の外に日本が置かれてしまい、最終的に拉致問題や北方領土問題自体の解決も遠のいてしまうのです。
 
どこの世界でも、政治は「しがらみ」によって動いています。
アメリカの歴代大統領も、支持母体の政党や有権者という「しがらみ」を常に意識して政権を維持してきました。それは日本でも中国でも同様です。ところが、トランプ大統領はそうした「しがらみ」が最も希薄な大統領として選挙に勝利しました。そして、金正恩も中国という「しがらみ」を離脱した指導者でした。ですから、この二人は様々なスタンドプレーが可能だったのです。
 
日本の場合、多くの政権は国内では自民党内部の「しがらみ」があり、国外ではアメリカとの強い「しがらみ」に左右されながら外交の舵をきってきました。そんな政治家の「しがらみ」が、拉致問題と北方領土問題への取り組みにも大きな影響を与えているようです。
しかし、今のアメリカは「America First」というスローガンを大きく掲げています。「しがらみ」よりも自国の利益を優先させようとするアメリカに最も翻弄されているのが、今でもアメリカを「しがらみ」と捉える日本なのです。
 
日本がこうした実態を改めて見直しながら、改めて中国とロシアとの立ち位置を冷静に見つめた独自のリーダーシップを取ることができれば、北朝鮮問題への日本の影響力にも大きな変化がおこるはずです。
 
 

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『海外メディアから読み解く世界情勢』山久瀬洋二日英対訳
海外メディアから読み解く世界情勢
山久瀬洋二 (著)
IBCパブリッシング刊

海外ではトップニュースでありながら、日本国内ではあまり大きく報じられなかった時事問題の数々を日英対訳で。最近の時事英語で必須のキーワード、海外情勢の読み解き方もしっかり学べます。

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