タグ別アーカイブ: プロテスタント

欧米の価値観が育んだ変化とは

“Since large scale human corporation is based on the myths, the way people cooperate can be altered by changing the myths-by telling different stories. Under the right circumstances, myths can change rapidly.”

(人々は神話によって結ばれているので、そうした人々の協力のあり方は、異なった神話を語ることで変えることができる。環境が整えば、神話は即座に変えることができるのだ。)
Yuval Harari著、Sapiens より

今回は、欧米人の意識構造がいかにして形成されたかを考えます。7月3日のブログで、ベンジャミン・フランクリンの「Time is money」という言葉について解説したことがありました。そこで、16世紀の宗教改革によって芽生えたプロテスタントは、神を教会やローマ教皇という従来の権威を通して意識せず、自らが勤勉に働き、奢侈を禁じ敬虔な日々を送ることで、直接自己と神とを繋げてゆこうと意識していると解説しました。
20世紀初頭の著名な宗教社会学者マックス・ウェーバーは、この概念がヨーロッパで人々が勤勉に富を蓄積しようという意識を生み出し、その後の資本主義の発展につながったのだという見解を表明し、注目されました。
 
このように、宗教が直接人々の行動様式や、行動の背景にある意識に影響を与えてゆくケースは、他の宗教に支配されている人々にも見られる現象です。
 

アメリカ社会に潜在する「プロテスタンティズム」

プロテスタントの信条は、その後のカトリックとプロテスタントとの抗争の中で、ヨーロッパを逃れた移民によってアメリカに上陸し、培養されます。そして、アメリカではプロテスタントの様々な分派が育ち、社会に大きな影響を与えていったのです。
ですから、その後アメリカにやってくる人々は、たとえ宗教や心情、文化が異なっていても、こうして育てられたアメリカ人の価値観や常識に馴染まない限り、アメリカ社会で生き抜けなくなりました。もちろん、宗教的にプロテスタントを信仰する必要はありません。しかし、アメリカで生活する以上、プロテスタントが育成した勤労の意識や、人と人とが交流するための価値観を、多かれ少なかれ受け入れてゆく必要があるのです。
 
プロテスタントの多くは、集団より個人を尊重します。権威に服従せず、自らの責任と意思で勤勉に働くことに重きを置きます。それが、集団でのコンセンサスを重んずる日本など、他の社会とは異なった価値観や行動様式を育みます。異なる意識を持つ個人の価値を大切にする社会であれば、ビジネスでは結果を重視し、結果にコミットするための契約が重んじられます。
また、アメリカ社会では、個人が自らの意思をしっかりと明快に表明することが求められます。その上で、仕事の進め方も、個々人の創意工夫を尊重し、その進行を通して次第にプロジェクトやビジネスが形成されてゆきます。逆に日本などでは、まず全体の合意を取り付け、リスクを全て解消した上でプロジェクトを前に進めます。仕事の進め方の本質の相違がそこにはあります。
多くの人が、最初にアメリカにやってきたときに、この違いの向こうに、ここまで深い宗教観が介在していることに気づかず、戸惑ってしまうのです。
 

富の投資と勤勉さが育む「資本主義」

ここで、欧米の資本主義を形成する上での原点となった、神と自己とを直接結び付けようとする考え方が、その後どう変化していったのかということについて考えてみます。
 
勤勉に働けば、富が生まれます。
人は富が生まれれば、それを自らの享楽のために使用したがります。宗教改革の頃のプロテスタントは、そんな享楽を信仰の上での罪であると考えます。ですから、罪の意識をシフトするために、富を慈善事業などに寄付する風習が生まれます。今でも欧米にはキリスト教系の病院や学校などが多いのはそのためです。しかし、もっと大切なのは、富を蓄積したときは、それを個人の享楽に使わず、その富を投資し、さらに大きな事業へと転換してゆこうという、金融戦略的な発想が生まれたことです。そうなのです。起業家は成功しても、次のビジネスへと自らを掻き立てて、プロテスタントとして勤勉に、忙しく働くのです。
 
この発想が、欧米の経済が世界を席巻したときに、グローバルベースで拡散しました。好むと好まざるとにかかわらず、我々はこうして育てられたビジネスの常識や金融システムの中で生きているのです。
これは、他の宗教にも影響を与えます。例えば、元々国を持たず、迫害による移動を強いられてきたユダヤ系の人々は、自らの資産の安全に対して常に注意を喚起してきました。彼らはアメリカに移住してきたとき、プロテスタントの土壌の中で、自らの金融戦略を縦横無尽に培養できたのです。
 
さて、ここまでまとめてきたことは、マックス・ウェーバーが着眼した、プロテスタントと資本主義の発展の過程の歴史を、私なりに解釈したものです。
では、彼の死後100年以上が経過した現在はどうなのでしょうか。実は、彼が生きていた19世紀から20世紀初頭にかけての時代ですら、宗教改革から400年が経過しています。その時間の経過の中で、宗教改革での理念がその後の社会システムの構築に大きな影響を与えながらも、それを担う人の意識は時とともに変化していったのです。
 

「貨幣経済」とプロテスタンティズムのねじれが形作る現代社会

確かに、勤勉に働くことで富を得た人間が、富をさらに増殖させることで、社会的なインフラや産業システムそのものが進化していったことは事実です。しかし、その過程で、宗教改革の中で戒められた富を謳歌することへの罪の意識が薄れたのみならず、富の獲得の過程で人類が行なった収奪や人権への侵害などの歴史をみれば、本来プロテスタンィズムという信仰の中で培われていた意識が、時とともに大きく変化してきた現実がみえてきます。この意識の変化の原因となった「罠」。それは富がMoney、すなわち貨幣経済と結び付けられざるを得なかった宿命です。
勤勉と節約により、富が増えた人は、それをさらに活用するために、貨幣経済の原則に取り込まれてゆきます。貨幣をより蓄え、資産を増やすことへの人間の本能的な欲望が、プロテスタントの作り上げたシステムを活用し、それを運用する人の意識自体を大きく変化させていったのです。
 
それが、今回ヘッドラインとして紹介した、神話が変化したことでの、人の行動様式の変化なのです。富の蓄積は、神話による信仰の対象が、キリストから貨幣へと変化し、人の行動様式と価値観そのものを変えてしまったのです。
 
プロテスタントの遺伝子、つまりジーンによって、組織と構造が形成されながらも、それを取り扱う人の意識が変化し、ねじれながら現代社会は形成されたのです。そのねじれの過程で人類は世界大戦を経験し、さらにITはAIの世代を通して膨大な富の蓄積と、生命の限界への挑戦をはじめているのです。
このねじれながら加速する変化が、人々の間で無意識のアイデンティティクライシスを育み、それが現代人の歪みや不安、恐怖の源泉になっているのかもしれません。
 
また、欧米人の意識の原点を500年前の宗教改革におきながら、その意識で作られた社会経済システムが世界に拡大したとき、全く異なる環境で文化を形成してきた、日本をはじめとする世界の他の民族は、それを消化不良やアイデンティティクライシスなしに受け入れてゆくこと自体、多くの困難を伴いました。
日本や中国など、プロテスタンティズムの土壌のない地域を見舞う様々な課題をみるときに、こうした視点をもってそれを分析することも、また必要なのではないでしょうか。
 

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『日英対訳 アメリカQ&A』山久瀬洋二日英対訳 アメリカQ&A
山久瀬洋二 (著)
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ビジネスの未来のためにも求められるco-existenceという概念

“Nobody in Europe will be abandoned. Nobody in Europe will be excluded. Europe only succeeds if we work together… Germany wants peaceful co-existence of Muslims and members of other religions.”

(ヨーロッパの誰も見捨てられず、排除されない。ヨーロッパの試みは多くの人が一つになるときに、成功するのだ。そしてドイツはイスラム教徒と他の宗教のメンバーとの共存を望んでいる)
Angela Merkelのスピーチより

“interactive”な市場から取り残される日本

今、ビジネスはグローバル化されていると誰もがいいます。
実は、ビジネスもグローバルとローカルとに二分され、そこに明らかにギャップや格差が生まれています。
ただ、これからのビジネスでは、何を行うにしろ、AIやInternet、MaaS (Mobility as a Service)といった未来型のネットワークがなければ、市場から取り残されてゆくことだけは確実でしょう。例えば細かいことですが、いまだに日本の鉄道の中ではクレジットカードが使えない駅が多く、実は新幹線でも車内で切符を変更してもらうときなどは、キャッシュだけの応対です。オンラインどころではありません。これを海外の状況と比較すると、将来の日本に強烈な不安を覚えます。
 
海外でのサービスはますますinteractive、すなわち双方向になろうとしています。ユーザーとサプライヤーが双方のニーズを交換し、サービスのネットワークを広げるのです。例えば、ネットで航空機を予約すれば、それに連結した鉄道やホテル、さらには現地のレストランでの夕食の予約や機内食の好みまで、様々なサービスが受けられるように、国際間でネットワークすることがMaaSの目指すところです。そこには、Uberやそれに類するタクシーやバスなどのサービスも含まれます。もしかすると、長距離を移動してきたビジネストラベラーが、空港に到着すれば、そこに自動運転のタクシーやカーシェアリングサービスが待機していて、それを利用すれば、そこに注文していたサンドイッチとコーヒーがあり、それを楽しみながらホテルへ、ということも近未来にはあり得るのです。
 
日本の弱点は、実は中国と似ています。それは、日本は島国で物理的に他国と閉ざされ、さらに隣国とも良好な関係が築けないのです。ですから、ヨーロッパなどのインタラクティブなサービスへの発想に限界が生まれ、しかもその限界をよしとする行政の規制が根強いのです。中国は、大陸国家ですが、民主化を恐れ、国が海外からの情報とそのインタラクティブな流通を極度に規制しているという課題があります。ですから、現在中国国内がいかに電子化され便利になっていても、海外からの知恵を自由な発言と共に取り入れない限り、いずれ技術力にも中国ならではのガラパゴス現象がおきるはずです。
日本も中国も、双方にこうしたジレンマを抱えながら未来を見据えているのです。

“co-existence”を揺るがす”identity crisis”

現在の市場社会で、世界の動きに対応するためには、人々の知恵の共有とネットワーク、そして知識そのものの流通に注目しなければなりません。サービスの必要なところに、世界中から知恵や人材が集まり、ニーズのあるところに、世界中からビジネスのオファーがあるような社会造りが必要なのです。それには、日本でもある程度の移民の受け入れと、出入国、さらには就労に関する自由化が不可欠です。
 
この課題に古くから取り組んできたのがヨーロッパです。ここに紹介したドイツの指導者メルケルの言葉はその背景を象徴しています。
ヨーロッパやアメリカでよく話題になる概念に、ここで彼女が語ったco-existenceという言葉があります。それを直訳すれば「共存」となります。
今、世界ではこのco-existenceが大きなテーマになっています。つまり、移民や異なるジェネレーション、さらには同じ民族であっても異なる価値観を持った人と、いかに共同して社会を形成してゆくか、ということがそのテーマになります。
 
ヨーロッパやアメリカの場合、この課題が社会を揺るがしています。
例えば、ロンドンの例をみるならば、そこには多くのイスラム教徒の移民がいます。彼らは伝統的なイギリスの生活習慣とは全く異なった毎日を送っています。日本では「郷にいれば郷に従え」という言葉がありますが、そこに宗教が絡むとそう簡単にはいきません。
例えば、学校での給食を考えても、食べられるものに大きな違いがあります。祈りの時間も考えなければなりません。さらに、断食月といわれるラマダンの期間は、日の出から日没まで食事ができません。女性の地位に関する常識も、時には大きく異なります。
こうしたことは、別にイスラム教徒に限ったことではありません。ベジタリアンとして生きている人は、レストランでの食事のメニューのみならず、そこで使用されている目に見えない材料にも気を配ります。レストラン側でも、こうしたベジタリアンや様々な宗教のニーズにあったサービスが求められます。それは、ちょうどアレルギーのある人が、その素材に対して気をつかうことと同じです。
 
こうした、風俗習慣の異なる人が共存するときに起こりがちなことが、そこに元々住んでいた人々を見舞うidentity crisisアイデンティテイ・クライシスです。
自らの伝統的生活文化が蝕まれてゆくような危機感に苛まれるのです。それは、そこに新たに移住して来た人々にとっても同様です。その典型的な事例がアメリカにあります。
アメリカは、最初に大量に移住してきたプロテスタント系の白人が社会規範を作りました。後発の移民達は、宗教的な儀式や風習は維持できても、ビジネス文化や社会常識においてプロテスタント系のアメリカ人の作り上げた常識に従って生活をしてゆかざるを得なかったのです。
しかし、移民がより多様になった現在、従来の風習や常識そのものが変化を強いられています。こうしたことへの不安や苛立ちが、社会に新旧双方のグループに排他的な意識を育むのです。ヨーロッパやアメリカでおきるテロ事件の多くが、海外から送られてきた犯人によるものではなく、自国に育ち教育を受けた移民グループや伝統的な価値に固執する人々によって起こされていることに注目するべきなのです。

日本に求められる”cultural awareness”

こうしたidentity crisisの軋轢を乗り越えて「共存」を模索するときに使われるのがco-existenceという言葉なのです。co-existenceの基本はdifference、つまり人との相違を肯定すること。そしてcultural awarenessという概念を常に意識することになります。cultural awarenessとは、他の文化への受容性と寛容性を抱くことを意味します。
 
日本の場合、社会においてまずグループでの発想が優先される傾向にあるために、difference という言葉はともすればネガティブな意味で捉えられます。
「彼は変わっている」といえば、それはその人に対する批判と捉えられます。しかし、co-existenceという課題と取り組んできた欧米ではdifference は良いことだという意識が主流です。その土台の上に、cultural awarenessというアプローチが存在するのです。
 
こうした事例をみるにつけ、移民や異文化摩擦へ柔軟に対応する方途の模索が、今後の日本の競争力を担う上でも求められていることがわかります。ここに記したco-existence, difference, cultural awareness, そしてdiversityについて考えることが、世界の知恵を流通させ、日本の中にもそれを導入し、応用し、創造的な技術を芽生えさせる社会的な知恵を育む原点になるのです。
島国国家日本が、精神的な島国から脱出せざるを得ない現在、こうした海外の動きや現実を直視することが強く求められているのです。
 

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外国人とビジネスをするためのテクニックを学ぶなら

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プロテスタントとカトリックの本音と建前

“Remember that Time is Money. He that can earn Ten Shillings a Day by his Labour, sits idle one half of that Day, tho’ he spends but Sixpence during his Diversion or Idleness, ought not to reckon That the only Expence; he has really spent or rather thrown away Five Shillings besides. “

「知っておいてほしい。時は金なりだ。もし1日に勤勉に働いて10シリング稼ぐ人がいたとして、その人が1日の半分を享楽に費やしたとしよう。その人は享楽のために、6ペンスを浪費したと主張するかもしれないが、それは間違っている。彼は、その6ペンス以外に1日の半分の時間で稼げる5シリングも失っているのだ」
(ベンジャミン・フランクリン「Advice to a young tradesman」より)

これは、アメリカの独立革命で大きな役割を果たした、ベンジャミン・フランクリンが、若いビジネスマンに向けて送った手紙の中の文章をまとめたものです。
有名な Time is money という言葉は、ここから生まれました。
この一言は、アメリカの文化を知る上でもとても重要です。
初期のアメリカに渡ってきた人々の多くはプロテスタントでした。ベンジャミン・フランクリンも例外ではありません。彼自身、どれだけ熱心に宗教を信奉していたかはわかりません。しかし、一つだけ言えることは、彼の心の中にはプロテスタントしてのモラルがしっかりと受け継がれていたということです。
そのことを象徴するのが、ここに紹介する手紙なのです。
勤勉に働くことで、常に社会の中での信用によってお金を稼ぎ、生活をしてゆくことが彼らの理想的な信条でした。
 

アメリカ人は、waste of time という言葉をよく使います。つまり、自分の時間を無駄にすることを極度に嫌います。時間を無駄にするということは、自分が生産し、財産を造る時間を失うことを意味しているからです。

「そうね、ベンジャミン・フランクリンね。でも、プロテスタントの人たちって、言っていることは正当かもしれないけど、ちょっと退屈な人たちなんだよね」

スペイン人の友人が最近このベンジャミン・フランクリンの文章に対してこのように語ってくれました。

「だって、彼らって、真面目すぎる。楽しむことを知らないんだよ。僕はカトリック系のルーツを持っているけど、我々は、彼らのように真面目一辺倒じゃないさ。食事を楽しみ、人と語り、感情豊かに暮らしたいんだ」

 

これに対して、プロテスタント系のドイツ人の友人は、

「僕は仕事とプライベートとは、しっかりと分けて、仕事については妥協せず、細かいことまでしっかりとロジックをもって進めたいね。でも、仕事が終われば、夕食は家族と一緒。仕事仲間と食事をしたり、プライベートな生活を分かち合ったりすることはまずないね」

とコメントします。

「スペインではランチが大切。ランチにしっかりと時間をかけてワインを飲んで、仕事関係の人とも交流する。だから、通常ランチは1時過ぎからはじまって、3時間ぐらいかけるかな。その上で夜は8時か9時ごろまで働くよ。ドイツ人のように、ビジネスとプライベートとをきっちり分けたりしないよね」

 
ドイツ中部以北にはプロテスタント系の人が多くいます。
こうスペイン人の友人に批判されたドイツ人もそうした中の一人です。本人は今では宗教にはまったく興味がないといっていますが、彼の心の中にはベンジャミン・フランクリンと同じプロテスタントの価値観が脈々と息づいているのです。
 

「そうだよね。確かにプロテスタントの人々は、お金に細かい」

スペイン人の友人は続けます。

「どんなに裕福な人でも、ここでこうした方が、2ドルセイブできるなどといったことをよく口にする。時間を無駄にしないことと、お金をセイブすること。この二つは彼らにとって極めて重要な価値観なのさ。そうした意味では我々南欧の人たちは怠け者だと思われているかもね」

 
ヨーロッパでは南でクリエーティブな発想をしたものを、北の人がビジネス化してお金にするとよく言われています。そんな北ヨーロッパのプロテスタント文化が、大量の移民と共にアメリカに伝わったのです。
 
1517年、マルティン・ルターがローマ・カトリックの腐敗を指摘して、プロテスタントという新しいキリスト教の分派が生まれます。彼は、ローマ・カトリック教会の権威を仲介せず、個人として神を信仰し、その証として個人は良心をもって勤勉に生活することで、聖書の教えを全うするべきだと主張します。特に、ルターと同時期にプロテスタントとして活動したジャン・カルヴァンは、仕事に打ち込むことが神と自己とを繋ぐ架け橋になると強調し、多くの人々に支持されました。
こうしたプロテスタントとしての発想が、アメリカの発展の基盤となったと指摘する人は少なくありません。
 

「プロテスタントの人々の言っていることは理屈としては確かに正しいかもね。宗教改革の頃、確かにカトリックは腐敗していたかもしれない。でも、彼らはその後も勤勉、禁欲をモットーとした宗教観にずっとこだわった。今でもね。それが驚きなんだよ。僕たちカトリック系の人々の方が、よほど宗教に対しては柔軟になったし、多様性も受け入れるようになった。でも、プロテスタント系の人は、自分の信条が常に正しいと主張する。今のアメリカの保守層なんてみんなそんな人たちなんだよ」

スペインの友人のこの皮肉を聞けば、確かにDonald Trumpに投票した人の多くが、そうした保守派のプロテスタントであったことと符合します。
Time is money と言いながら、waste of time を嫌い、さらにbusiness is business という言葉でプライベートとビジネスとをしっかり分けて行動する、という典型的なアメリカ人の信条は、あの宗教改革の頃からヨーロッパで育まれてきたことになるわけです。

 
そんなベンジャミン・フランクリンはモラルの上からも、経済的な理由からも、奴隷制度には強く反対していました。
個人が勤勉に貯蓄し富を増やすことは、人から搾取することで富を蓄えることとは根本的に違うことだと彼は主張します。
この主張が、その後の奴隷解放、さらにはアメリカのいうfreedomequality というスローガンに繋がってゆくわけです。
そうしたスローガンが建前だけの偽善なのか、それともプロテスタントの本当の良心なのか。そこのところは、アメリカやイギリスといったプロテスタント系の大国の歴史をみるならば、そのどっちもありうるということが本音なのではないでしょうか。
 
 

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『日英対訳 アメリカQ&A』山久瀬洋二日英対訳 アメリカQ&A
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アメリカの中間選挙にも影響を与えるアイルランドの動向とは

Irish Timesで取り上げられているPro Choice運動勝利の瞬間(Irish Timesインターネット版より)

“Ireland Votes to End Abortion Ban in Rebuke to Catholic Church”

(アイルランドはカトリック教会を非難。中絶の権利を国民投票で認める)
New York Timesより

ニューヨークは今メモリアルデイ Memorial Day の連休 long weekend で、多くの人が街を離れています。
そんな郊外に向かう渋滞を整理する警察官の多くはアイルランド系です。彼らの祖先は、19世紀中盤以降、本国の飢饉や貧困に追われて海を渡ってきた人々でした。彼らはほとんどがカトリックで、元々プロテスタント系の人々の多いアメリカでは社会の底辺で、一時は差別に苦しみました。
現在アメリカにはアイルランド系の移民が3600万人も生活しています。そのため、多くのアメリカ人がアイルランドの動向には敏感です。
 
アイルランドは、長い間隣国イギリスの植民地でした。
その後、過酷な独立運動の過程を経て、1931年に主権を回復します。
現在のアイルランドの人口は459万人。ということは、アメリカに住むアイルランド系の人口の方が、本国の総人口よりもはるかに多いということになるのです。面白い事実です。
 
そんなアイルランドで2017年5月に首相に就任したのが、レオ・バラッカー Leo Valadkar でした。
彼は、首相に選出される前に、自らがゲイであることを公表していました。
彼の父親は、インドからイギリスに移住してきた移民で、イギリスでアイルランド人の母親と結婚しました。バラッカーは幼い頃は両親の合意の元、カトリックとして育てられたといいます。
 
移民、そして国際結婚という背景を持つバラッカーが首相となったアイルランド。その社会の変化に多くの人が注目しました。
アイルランドは元々カトリック教会の影響の強い保守的な国家でした。そしてイギリスからの独立の経緯からみても、民族意識の強い国だったのです。そんなカトリック教会は、今でも同性愛や妊娠中絶に対して否定的です。
従って、バラッカーの首相就任はアイルランドのみならず、カトリック界全体の注目するところとなったのです。
 
そんなアイルランドで先日、妊娠中絶を違法とする憲法改正の是非を問う国民投票が実施されました。もちろん、カトリック教会はこの国民投票にも激しく反発。多くの人がその経緯を見守りました。
結果は、中絶を合法とする人々が勝利。
 
中絶容認を求める運動は、Pro Choice movement と呼ばれています。
欧米では、中絶は女性が出産という自らの運命を決める自由を保証する権利として、常にその是非が問われてきたのです。しかし、アイルランドでは、カトリックの信条からみて、中絶は胎児への殺人行為であるという見解が支持されてきたのです。
 
このアイルランドの変化はアメリカにも大きな衝撃を与えました。
ニューヨークの主要メディアは、昨日からその結果を大きく報道。北朝鮮とアメリカとの首脳会談の行方よりも、アメリカ人には注目されたニュースとなりました。
 
それには背景があります。
まずは、この結果がトランプ政権にもダメージとなるからです。
トランプ政権が成立し、アメリカをはじめ世界中が右傾化の潮流にさらされました。その中で、フランスやオランダなどで極右政権が成立するのでは、と危惧されます。しかし、選挙の結果はリベラル派がことごとく勝利。そしてアイルランドでも、中道左派を進む39歳という若手のレオ・バラッカーが首相となったのです。少なくともヨーロッパでは、トランプ政権に異論を唱える国家が増えていることになります。
そして、トランプ政権はカトリックではないものの、プロテスタント系保守派を支持母体としています。彼らの中でも特に保守色の強い人々がPro Choiceへ異議を唱えているのです。トランプ大統領は彼らに支えられているわけで、アメリカでのPro Choice movementにも懐疑的です。
 
アイルランドでは、同性の結婚も合法化されています。そして、今回憲法までも変えて中絶を合法化したことは、世界中の注目する大きな変化だったというわけです。
 
こうした欧米の動きが今秋のアメリカでの中間選挙にどのような影響を与えるかは未知数です。しかし、極端な保守化への警戒の波が逆流となって、欧米の政界を揺るがしていることは動かせない事実です。
トランプ大統領としては、華やかな外交舞台で北朝鮮との会談を成功させ、追い風となっているアメリカの好景気を自らの政策の勝利として強調することで、支持率を固めてゆきたいところです。
 
とはいえ、伝統的にアメリカに友好的なアイルランドで、トランプ政権に対しても批判的だったバラッカー首相の主張が国民投票で追認されたことは、アメリカの世論にも少なからぬ影響を与えることは間違いないのではないでしょうか。
 

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アメリカ人と文化の壁を超えてビジネスをするために!

『トランスナショナル・マネジメント:アメリカ人に「NO」と言い、「YES」と言わせるビジネス奥義』山久瀬洋二 (著)トランスナショナル・マネジメント:アメリカ人に「NO」と言い、「YES」と言わせるビジネス奥義』山久瀬洋二 (著)
国家・民族・言語・宗教の境界を超えてアメリカ人と対等にわたりあう、80の絶対法則!
欧米をはじめ、日本・中国・インドの大手グローバル会社で100社4500人の異文化摩擦を解決してきたカリスマコンサルタントである山久瀬 洋二氏が、トランスナショナルなアメリカ人を正しく理解し、対等にビジネスするための奥義を、豊富な事例と図解でわかりやすく説明します。英語よりも、MBAよりも、もっとずっと大切なものがここにあります。

山久瀬洋二の活動とサービス・お問い合わせ

パレスチナの人々と黒人、そして一人の日本人

“Israel and Evangelicals, New U.S. Embassy Signals a Growing Alliance”

(イスラエルと福音主義者、新しい大使館の設立はその緊密な同盟を示唆している)
New York Timesより

久しぶりに、大分県の杵築(きつき)に里帰りをしました。
そこは、松平家が治めていた3万2千石ほどの静かな城下町です。
ここの家老職を勤めた中根家に、明治になって中根中(なかねなか)という人が生まれました。彼は明治時代のキリスト者として、この地に今も続く杵築教会の創立にも深く関わっていました。
 
そんな彼がアメリカに渡り、黒人運動の指導者へと変身します。
1930年代、FBIは彼がデトロイトなどで黒人運動を組織し、暴動を煽動したとして、彼のことを厳しくマークしていました。一度は国外退去処分になり、日本に帰国しますが、すぐにカナダに渡り、そこからアメリカの同志と連絡をとり、運動を継続したのです。その後偽名を使ってアメリカに潜伏し、FBIに逮捕され、第二次世界大戦が始まる頃は獄中の人だったのです。
彼は釈放後デトロイトで余生をおくり、1945年に他界したといわれています。面白い人物です。
 
中根はその奔放な性格から、厳格な生活を要求するメソジスト派の教会から破門されたといわれています。
渡米した中根は、西海岸やハワイを中心に戦前日本から移住してきた貧しい日系移民に接します。彼らは、アメリカで厳しい偏見と差別に晒されていたのです。中根はそんな日系人と共に、アメリカで同様の状態にあった黒人系の人々の生活に興味をもったのでしょう。やがて彼は社会運動へ身を投じるようになったのです。
戦前日本でキリスト教を伝道した人々の多くはアメリカのプロテスタント系の牧師でした。そんなキリスト教を信ずる人々が、アメリカでは日本人や黒人を差別しているという矛盾を突きつけられたわけです。
 
戦争中、中根はアメリカで暴動を組織するように、日本軍から密命を受けていたのではという嫌疑を受けます。
実際、彼は日本の国粋主義団体と関係があったといわれていますが、軍部とどのようなつながりがあったかは定かではありません。
しかし、彼が黒人暴動を何度も組織し、それがアメリカ中西部の都市部の不安定要因となったのは事実です。
 
そして、彼と接触した多くの黒人の活動家が、その後の黒人運動を担ってゆきました。その一人が、Nation of Islamという組織を育てたエライア・モハメド Elijah Muhammadです。Nation of Islamは、アメリカの黒人はイスラム教徒の子孫だという信条をもち、白人への激しい憎悪を表明した団体でした。
Nation of Islamの影響を受け、戦後に黒人の地位向上のために活動した人物にはマルコムXモハメド・アリなどがいるのです。
 
アメリカでは、移民同士の確執と摩擦がその歴史を作ってきました。
差別や偏見を克服するために社会運動がおこり、法制度が整備され、教育活動が進化します。その進化のサイクルがアメリカ社会を形成しました。その過程で、差別する人と差別を受けた人々の憎悪が人種対立の原因ともなりました。
Nation of Islamの活動は、そうした憎悪を助長し、白人系の人々への逆差別や偏見を助長したという批判も多くあります。人によっては彼らのことをテロリストだと糾弾します。中根中の行動もそうした批判の対象となりました。
 
面白いことに、大正時代の作家有島武郎など、日本の文化人で元々はキリスト教の影響を受けながら、渡米後アメリカ社会の矛盾を見つめるうちに社会主義国家主義へと転身した人は少なくないのです。
 
ところで、60年代から70年代にかけて、黒人の活動家がキリスト教を棄て、イスラム教に転身していることは、中東の人々の間にも少なからぬ影響を与えました。
戦後アメリカは、中東問題でイスラエル側に立ち、混迷するイスラム社会の憎悪の標的となりました。そして今ではアメリカは、イスラム教過激派のテロの対象となっています。Nation of Islamとこのテロ活動とは全く無縁です。しかし、奴隷としてアフリカから強制移住させられた人々の子孫である黒人が自立するとき、白人系の人々から伝道されたキリスト教を否定した経緯と、イスラエル建国後に土地や財産を失ったパレスチナ難民が、イスラエルに対して憎悪を抱き、イスラム教徒としてのアイデンティティにこだわるようになった経緯を比較すれば、そこにアメリカに対する人々の共通した意識がみえてきます。
 
今、トランプ大統領は、アメリカ国内の福音主義者 Evangelicalと呼ばれるプロテスタント系保守派の意向に支えられながら、エルサレムにアメリカ大使館を移動させ、イスラエルのパレスチナへの支配を事実上公認する政策を打ち出しています。それが今回紹介したヘッドラインです。
そうした状況下で、ガザ地区に押し込められ、経済的にも苦しむ人々が、イスラエルに向け抗議行動を起こし、イスラエル軍の発砲に遭い犠牲者がでたことが大きく報道されました。中根中が現在のアメリカのこうした政策をみたとき、同じように暴動やテロを煽動したでしょうか。
 
この問いこそが、今の国際政治の狭間に置かれた犠牲者や、アメリカ社会の格差に苦しむ人々のことを考えるとき、常に考えさせられる課題です。
暴力やテロを憎むのみではなく、その原因となった歴史と社会の矛盾に光をあてることが必要なのです。
 
九州の静かな城下町に生まれ、明治から昭和へと生きた一人の破天荒ともいえる活動家が、アメリカでのアジア系や黒人系の人々の置かれていた状況を目にしたときに感じたこと。それは戦前のみならず、今のアメリカの動向を見つめるヒントをも与えてくれるのです。

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あの名演説からアメリカを学ぼう!

『I Have a Dream!』マーティン・ルーサー・キング・ジュニア (著者)、山久瀬洋二 (翻訳・解説)I Have a Dream!』マーティン・ルーサー・キング・ジュニア (著者)、山久瀬洋二 (翻訳・解説)
1955年、バスの白人優先席を譲らなかったという理由で逮捕された男性がいた。この人種差別への抗議運動として知られるモンゴメリー・バス・ボイコット事件を契機に、自由平等を求める公民権運動がにわかに盛り上がりを見せた。マーティン・ルーサー・キング・ジュニアはこの運動を舵取りし、そのカリスマ的指導力で、アメリカ合衆国における人種的偏見をなくすための運動を導いた人物である。「I have a dream.」のフレーズで有名な彼の演説は、20世紀最高のものであるとの呼び声高い。この演説を彼の肉声で聞き、公民権運動のみならず、現在のアメリカに脈々と受け継がれている彼のスピリット、そして現在のアメリカのビジネスマネジメントの原点を学ぼう。山久瀬洋二による詳細な解説つきで、当時の時代背景、そして現代への歴史の流れ、アメリカ人の歴史観や考え方がよく分かる1冊。
* アメリカ人が最も愛するスピーチを対訳で展開
* スピーチの「歴史背景」と使われている「英語表現」の意味を徹底的に解説!
* 特別付録:「アメリカ独立宣言」全文対訳
* ワードリスト付きだからストレスフリーで読み通せる

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