タグ別アーカイブ: プロテスタント

見えない組織から生まれたアメリカの新たなうねり

“The more you can make your organization invisible, the more influence it will have.”

「あなたの組織が見えなくなれば、より多くの影響を与えることができるようになる」
― Douglas Coeの講演より

Invisible organizationが思い描くキリスト教の再組成

 Invisible organization「目に見えない組織」という言葉があります。これは通常ビジネスなどで、バーチャルな連携によって発生する組織を意味する言葉です。
 しかし、この言葉は元々宗教活動などにおいても使用されていました。
 例えば、キリストが最初に伝道を始め、その後彼の弟子たちが教えを広め始めたとき、それは Invisible organization でした。しかし、その組織は確実に拡大し、やがてローマ帝国末期に国家の宗教として崇拝されるに至りました。
 
 この Invisible organization の運営者であることを自認した人物が主催し、大統領をはじめとするアメリカの政財界の大物が、任期中に必ず一度は参加するイベントがあるのです。それは毎年2月の最初の木曜日に、朝食からランチ、さらにはディナーに至るまで開催される ”National Prayer Breakfast” です。2017年の冬に他界したDouglas Coe という人物が運営する、The Fellowship というキリスト教系の組織がそれを主催します。Douglas Coe は、オレゴン州出身のプロテスタント系の伝道師で、終生自らのことを Invisible organization の主催者だと語っていました。実際、彼の主催する組織の活動に参加した政治家は民主党共和党を問わず、直近ではヒラリー・クリントンジョージ・W・ブッシュなど、アメリカのほとんど全ての指導者を網羅しています。
 そして、Douglas Coe はネットワークを通じて、世界中の政治家とアメリカの指導者とのミーティングをアレンジし、イスラエルやアフリカ諸国、ソビエト崩壊後のロシアなど、様々な地域とアメリカとの紐帯に貢献したのです。これは、日本ではあまり知られていない事実でしょう。彼はその組織を通じて一つの目論見を果たそうとしていたように思えます。それは、キリスト教の再組成という遠大なビジョンです。
 

アメリカで静かに進行するキリスト教の融和

 アメリカ人の多くはキリスト教を信仰しています。アメリカ人の最大多数が所属する様々なプロテスタント系の宗教組織に加え、アイルランドやイタリア系のアメリカ人を中心にローマ・カトリックも深く社会に浸透しています。
 今、そんなキリスト教を一つにまとめようとする動きが静かに進行しているのです。その輪は、キリスト教の母体として旧約聖書を共有するユダヤ教にまで及ぼうとしています。元々アメリカの友好国ではあるものの、トランプ政権はさらにイスラエルとの同盟関係を強化し、中東諸国に衝撃を与えています。さらに、アメリカとロシアも決して以前のように激しく敵対するライバルではなくなりました。ロシアがソ連の主軸国であったころ、アメリカは共産主義への脅威から、ソ連と激しく対立していたことは周知の事実です。しかしソ連が崩壊し、ロシアに伝統的に根付いていたロシア正教の活動が活発になると、アメリカとロシアは猜疑心を持ちながらも静かな接近を始めたのです。
 
 西暦395年にローマ帝国の国教となって以来、ローマ帝国に保護され、国家の精神的支柱となったキリスト教を、人々はローマ・カトリックと呼びました。そしてローマ・カトリックは、自らの教義に相容れないキリスト教徒を異端として追放し、以来長年にわたってそうした人々に厳しい迫害を加えてきました。そして、キリスト教ではないにしろ、キリスト教の母体ともいえるユダヤ教に対しても同様の迫害を加え、その伝統は近現代にまで至りました。帝政ロシアナチス・ドイツでのユダヤ人への迫害は、20世紀の記憶として人々の心に焼き付いています。さらにローマ・カトリックは、東ローマ帝国が主催するキリスト教に対しても、教義の違いをもって絶縁し、それがロシアやギリシャなどで信仰される正教会と呼ばれるキリスト教の母体となりました。
 16世紀以降、そんなカトリックの権威に対抗して広がったプロテスタント系の人々の活動も、神聖ローマ帝国とつながるカトリック系の国王や領主などからの厳しい弾劾を受け、プロテスタント系の人々の多くが新大陸に避難し、アメリカ合衆国成立の原動力となりました。このように、キリスト教の様々な分派は分裂と対立を繰り返し、お互いを強くけん制しながら、現代に至ったのです。
 
 過去に一度、そんなキリスト教世界がまとまろうとする動きがありました。それは、イスラム教国であったセルジューク朝トルコが東ローマ帝国を圧迫したときのことでした。時の東ローマ帝国皇帝が、絶縁状態にあったローマ・カトリックの教皇に救援を求めたのです。それが世に名高い十字軍が始まった原因となりました。一瞬とはいえ、キリスト教が対立から融合に向かった瞬間です。1096年のことでした。
 それから1000年近くを経た現在、キリスト教の多様な組織が共存するアメリカ社会の中で、それまでの対立から融和へと向かう静かな活動が再び始まったのです。それは、共産主義の脅威に起因し、現在ではイスラム教との対立軸の中で政治とも融合する一つのうねりとなりつつあります。それがトランプ政権でのイランや中国との対立、さらにはイスラエルとの同盟強化の向こうにあるパレスチナの人々やアラブ社会との対立などを生み出しました。こうした静かな動きを支える組織こそが、Douglas Coe などに代表される Invisible organization なのです。
 

(左から) ポパイ,スーパーマン,トムとジェリー

日常の小さな営みから巨大なうねりへ

 人は、生まれながらにしてその地域の文化の影響を受けて育ちます。
 例えば、アメリカの漫画を思い出してください。スーパーマンでも、トムとジェリーでも、ポパイでも、そこには常に正義のヒーローと悪人とが存在し、正義が悪をやっつけるというテーマが底流しています。子供の頃から、人々は無意識に、この二元論を植え付けられてしまうのです。その背景には宗教での正邪の発想があります。この正義と悪との二元論は歴史を通して人々の心に刻まれ、人々を敵と味方とに引き裂きました。古くはキリスト教内での異端への弾劾に始まり、近年では第二次世界大戦において、ドイツ人が自らを正義として、ユダヤ人は悪人であるというレッテルを貼って虐殺しました。今、アメリカ社会の中には、共産主義を経て、イスラム教への脅威が新たな善と悪という対立項を人々の心の中に植え付けています。この善と悪という二元論が浸透する過程を見れば、最初の段階ではどこにもそれを指導するリーダーは存在しません。それは町の教会での日曜日の礼拝や、学校での道徳の授業、あるいは家庭教育などといったごく日常の中で培われてゆく価値なのです。そして、それがある程度社会の価値として認知されたとき、そこに指導者が現れ、一気に社会や国家を統率するようになるのです。Invisible Organization とは、そうした日常の小さな営みを巨大なうねりに変化させる見えない触媒の役割を担っていることになります。
 キリスト教が過去の対立から融合へと向かうのが良いことか、それとも新たな二元論へ向けて人々を駆り立てる危険な行為かは、我々一人一人がしっかりと判断しなければならないことでしょう。
 
 ただ、現在問題となっている政治の世界でのポピュリズムが、この日常の価値を巨大なうねりへと変化させる強力な触媒となっていることは事実です。日本と韓国との対立、中国とアメリカとの対立、イスラム社会でのシーア派スンニ派との対立、さらに宗教に起因するインドとパキスタンとの対立など、二元論が社会に浸透するとき、常にそこには Invisible Organization という触媒があり、それによりガスが充満したときの起爆剤の役割を担おうと、チャンスを狙う指導者がいることを我々は注視しなければならないのです。
 

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『アメリカ史 / A Short History of America』西海コエン (著)アメリカ史 / A Short History of America』西海コエン (著)
アメリカの歴史を読めば、アメリカのことがわかります。そして、アメリカの文化や価値観、そして彼らが大切にしている思いがわかります。英語を勉強して、アメリカ人と会話をするとき、彼らが何を考え、何をどのように判断して語りかけてくるのか、その背景がわかります。本書は、たんに歴史の事実を知るのではなく、今を生きるアメリカ人を知り、そして交流するためにぜひ目を通していただきたい一冊です。

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欧米の価値観が育んだ変化とは

“Since large scale human corporation is based on the myths, the way people cooperate can be altered by changing the myths-by telling different stories. Under the right circumstances, myths can change rapidly.”

(人々は神話によって結ばれているので、そうした人々の協力のあり方は、異なった神話を語ることで変えることができる。環境が整えば、神話は即座に変えることができるのだ。)
Yuval Harari著、Sapiens より

今回は、欧米人の意識構造がいかにして形成されたかを考えます。7月3日のブログで、ベンジャミン・フランクリンの「Time is money」という言葉について解説したことがありました。そこで、16世紀の宗教改革によって芽生えたプロテスタントは、神を教会やローマ教皇という従来の権威を通して意識せず、自らが勤勉に働き、奢侈を禁じ敬虔な日々を送ることで、直接自己と神とを繋げてゆこうと意識していると解説しました。
20世紀初頭の著名な宗教社会学者マックス・ウェーバーは、この概念がヨーロッパで人々が勤勉に富を蓄積しようという意識を生み出し、その後の資本主義の発展につながったのだという見解を表明し、注目されました。
 
このように、宗教が直接人々の行動様式や、行動の背景にある意識に影響を与えてゆくケースは、他の宗教に支配されている人々にも見られる現象です。
 

アメリカ社会に潜在する「プロテスタンティズム」

プロテスタントの信条は、その後のカトリックとプロテスタントとの抗争の中で、ヨーロッパを逃れた移民によってアメリカに上陸し、培養されます。そして、アメリカではプロテスタントの様々な分派が育ち、社会に大きな影響を与えていったのです。
ですから、その後アメリカにやってくる人々は、たとえ宗教や心情、文化が異なっていても、こうして育てられたアメリカ人の価値観や常識に馴染まない限り、アメリカ社会で生き抜けなくなりました。もちろん、宗教的にプロテスタントを信仰する必要はありません。しかし、アメリカで生活する以上、プロテスタントが育成した勤労の意識や、人と人とが交流するための価値観を、多かれ少なかれ受け入れてゆく必要があるのです。
 
プロテスタントの多くは、集団より個人を尊重します。権威に服従せず、自らの責任と意思で勤勉に働くことに重きを置きます。それが、集団でのコンセンサスを重んずる日本など、他の社会とは異なった価値観や行動様式を育みます。異なる意識を持つ個人の価値を大切にする社会であれば、ビジネスでは結果を重視し、結果にコミットするための契約が重んじられます。
また、アメリカ社会では、個人が自らの意思をしっかりと明快に表明することが求められます。その上で、仕事の進め方も、個々人の創意工夫を尊重し、その進行を通して次第にプロジェクトやビジネスが形成されてゆきます。逆に日本などでは、まず全体の合意を取り付け、リスクを全て解消した上でプロジェクトを前に進めます。仕事の進め方の本質の相違がそこにはあります。
多くの人が、最初にアメリカにやってきたときに、この違いの向こうに、ここまで深い宗教観が介在していることに気づかず、戸惑ってしまうのです。
 

富の投資と勤勉さが育む「資本主義」

ここで、欧米の資本主義を形成する上での原点となった、神と自己とを直接結び付けようとする考え方が、その後どう変化していったのかということについて考えてみます。
 
勤勉に働けば、富が生まれます。
人は富が生まれれば、それを自らの享楽のために使用したがります。宗教改革の頃のプロテスタントは、そんな享楽を信仰の上での罪であると考えます。ですから、罪の意識をシフトするために、富を慈善事業などに寄付する風習が生まれます。今でも欧米にはキリスト教系の病院や学校などが多いのはそのためです。しかし、もっと大切なのは、富を蓄積したときは、それを個人の享楽に使わず、その富を投資し、さらに大きな事業へと転換してゆこうという、金融戦略的な発想が生まれたことです。そうなのです。起業家は成功しても、次のビジネスへと自らを掻き立てて、プロテスタントとして勤勉に、忙しく働くのです。
 
この発想が、欧米の経済が世界を席巻したときに、グローバルベースで拡散しました。好むと好まざるとにかかわらず、我々はこうして育てられたビジネスの常識や金融システムの中で生きているのです。
これは、他の宗教にも影響を与えます。例えば、元々国を持たず、迫害による移動を強いられてきたユダヤ系の人々は、自らの資産の安全に対して常に注意を喚起してきました。彼らはアメリカに移住してきたとき、プロテスタントの土壌の中で、自らの金融戦略を縦横無尽に培養できたのです。
 
さて、ここまでまとめてきたことは、マックス・ウェーバーが着眼した、プロテスタントと資本主義の発展の過程の歴史を、私なりに解釈したものです。
では、彼の死後100年以上が経過した現在はどうなのでしょうか。実は、彼が生きていた19世紀から20世紀初頭にかけての時代ですら、宗教改革から400年が経過しています。その時間の経過の中で、宗教改革での理念がその後の社会システムの構築に大きな影響を与えながらも、それを担う人の意識は時とともに変化していったのです。
 

「貨幣経済」とプロテスタンティズムのねじれが形作る現代社会

確かに、勤勉に働くことで富を得た人間が、富をさらに増殖させることで、社会的なインフラや産業システムそのものが進化していったことは事実です。しかし、その過程で、宗教改革の中で戒められた富を謳歌することへの罪の意識が薄れたのみならず、富の獲得の過程で人類が行なった収奪や人権への侵害などの歴史をみれば、本来プロテスタンィズムという信仰の中で培われていた意識が、時とともに大きく変化してきた現実がみえてきます。この意識の変化の原因となった「罠」。それは富がMoney、すなわち貨幣経済と結び付けられざるを得なかった宿命です。
勤勉と節約により、富が増えた人は、それをさらに活用するために、貨幣経済の原則に取り込まれてゆきます。貨幣をより蓄え、資産を増やすことへの人間の本能的な欲望が、プロテスタントの作り上げたシステムを活用し、それを運用する人の意識自体を大きく変化させていったのです。
 
それが、今回ヘッドラインとして紹介した、神話が変化したことでの、人の行動様式の変化なのです。富の蓄積は、神話による信仰の対象が、キリストから貨幣へと変化し、人の行動様式と価値観そのものを変えてしまったのです。
 
プロテスタントの遺伝子、つまりジーンによって、組織と構造が形成されながらも、それを取り扱う人の意識が変化し、ねじれながら現代社会は形成されたのです。そのねじれの過程で人類は世界大戦を経験し、さらにITはAIの世代を通して膨大な富の蓄積と、生命の限界への挑戦をはじめているのです。
このねじれながら加速する変化が、人々の間で無意識のアイデンティティクライシスを育み、それが現代人の歪みや不安、恐怖の源泉になっているのかもしれません。
 
また、欧米人の意識の原点を500年前の宗教改革におきながら、その意識で作られた社会経済システムが世界に拡大したとき、全く異なる環境で文化を形成してきた、日本をはじめとする世界の他の民族は、それを消化不良やアイデンティティクライシスなしに受け入れてゆくこと自体、多くの困難を伴いました。
日本や中国など、プロテスタンティズムの土壌のない地域を見舞う様々な課題をみるときに、こうした視点をもってそれを分析することも、また必要なのではないでしょうか。
 

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『日英対訳 アメリカQ&A』山久瀬洋二日英対訳 アメリカQ&A
山久瀬洋二 (著)
IBCパブリッシング刊

地域ごとに文化的背景も人種分布も政治的思想も宗教感も違う、複雑な国アメリカ。アメリカ人の精神と社会システムが見えてくる!

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ビジネスの未来のためにも求められるco-existenceという概念

“Nobody in Europe will be abandoned. Nobody in Europe will be excluded. Europe only succeeds if we work together… Germany wants peaceful co-existence of Muslims and members of other religions.”

(ヨーロッパの誰も見捨てられず、排除されない。ヨーロッパの試みは多くの人が一つになるときに、成功するのだ。そしてドイツはイスラム教徒と他の宗教のメンバーとの共存を望んでいる)
Angela Merkelのスピーチより

“interactive”な市場から取り残される日本

今、ビジネスはグローバル化されていると誰もがいいます。
実は、ビジネスもグローバルとローカルとに二分され、そこに明らかにギャップや格差が生まれています。
ただ、これからのビジネスでは、何を行うにしろ、AIやInternet、MaaS (Mobility as a Service)といった未来型のネットワークがなければ、市場から取り残されてゆくことだけは確実でしょう。例えば細かいことですが、いまだに日本の鉄道の中ではクレジットカードが使えない駅が多く、実は新幹線でも車内で切符を変更してもらうときなどは、キャッシュだけの応対です。オンラインどころではありません。これを海外の状況と比較すると、将来の日本に強烈な不安を覚えます。
 
海外でのサービスはますますinteractive、すなわち双方向になろうとしています。ユーザーとサプライヤーが双方のニーズを交換し、サービスのネットワークを広げるのです。例えば、ネットで航空機を予約すれば、それに連結した鉄道やホテル、さらには現地のレストランでの夕食の予約や機内食の好みまで、様々なサービスが受けられるように、国際間でネットワークすることがMaaSの目指すところです。そこには、Uberやそれに類するタクシーやバスなどのサービスも含まれます。もしかすると、長距離を移動してきたビジネストラベラーが、空港に到着すれば、そこに自動運転のタクシーやカーシェアリングサービスが待機していて、それを利用すれば、そこに注文していたサンドイッチとコーヒーがあり、それを楽しみながらホテルへ、ということも近未来にはあり得るのです。
 
日本の弱点は、実は中国と似ています。それは、日本は島国で物理的に他国と閉ざされ、さらに隣国とも良好な関係が築けないのです。ですから、ヨーロッパなどのインタラクティブなサービスへの発想に限界が生まれ、しかもその限界をよしとする行政の規制が根強いのです。中国は、大陸国家ですが、民主化を恐れ、国が海外からの情報とそのインタラクティブな流通を極度に規制しているという課題があります。ですから、現在中国国内がいかに電子化され便利になっていても、海外からの知恵を自由な発言と共に取り入れない限り、いずれ技術力にも中国ならではのガラパゴス現象がおきるはずです。
日本も中国も、双方にこうしたジレンマを抱えながら未来を見据えているのです。

“co-existence”を揺るがす”identity crisis”

現在の市場社会で、世界の動きに対応するためには、人々の知恵の共有とネットワーク、そして知識そのものの流通に注目しなければなりません。サービスの必要なところに、世界中から知恵や人材が集まり、ニーズのあるところに、世界中からビジネスのオファーがあるような社会造りが必要なのです。それには、日本でもある程度の移民の受け入れと、出入国、さらには就労に関する自由化が不可欠です。
 
この課題に古くから取り組んできたのがヨーロッパです。ここに紹介したドイツの指導者メルケルの言葉はその背景を象徴しています。
ヨーロッパやアメリカでよく話題になる概念に、ここで彼女が語ったco-existenceという言葉があります。それを直訳すれば「共存」となります。
今、世界ではこのco-existenceが大きなテーマになっています。つまり、移民や異なるジェネレーション、さらには同じ民族であっても異なる価値観を持った人と、いかに共同して社会を形成してゆくか、ということがそのテーマになります。
 
ヨーロッパやアメリカの場合、この課題が社会を揺るがしています。
例えば、ロンドンの例をみるならば、そこには多くのイスラム教徒の移民がいます。彼らは伝統的なイギリスの生活習慣とは全く異なった毎日を送っています。日本では「郷にいれば郷に従え」という言葉がありますが、そこに宗教が絡むとそう簡単にはいきません。
例えば、学校での給食を考えても、食べられるものに大きな違いがあります。祈りの時間も考えなければなりません。さらに、断食月といわれるラマダンの期間は、日の出から日没まで食事ができません。女性の地位に関する常識も、時には大きく異なります。
こうしたことは、別にイスラム教徒に限ったことではありません。ベジタリアンとして生きている人は、レストランでの食事のメニューのみならず、そこで使用されている目に見えない材料にも気を配ります。レストラン側でも、こうしたベジタリアンや様々な宗教のニーズにあったサービスが求められます。それは、ちょうどアレルギーのある人が、その素材に対して気をつかうことと同じです。
 
こうした、風俗習慣の異なる人が共存するときに起こりがちなことが、そこに元々住んでいた人々を見舞うidentity crisisアイデンティテイ・クライシスです。
自らの伝統的生活文化が蝕まれてゆくような危機感に苛まれるのです。それは、そこに新たに移住して来た人々にとっても同様です。その典型的な事例がアメリカにあります。
アメリカは、最初に大量に移住してきたプロテスタント系の白人が社会規範を作りました。後発の移民達は、宗教的な儀式や風習は維持できても、ビジネス文化や社会常識においてプロテスタント系のアメリカ人の作り上げた常識に従って生活をしてゆかざるを得なかったのです。
しかし、移民がより多様になった現在、従来の風習や常識そのものが変化を強いられています。こうしたことへの不安や苛立ちが、社会に新旧双方のグループに排他的な意識を育むのです。ヨーロッパやアメリカでおきるテロ事件の多くが、海外から送られてきた犯人によるものではなく、自国に育ち教育を受けた移民グループや伝統的な価値に固執する人々によって起こされていることに注目するべきなのです。

日本に求められる”cultural awareness”

こうしたidentity crisisの軋轢を乗り越えて「共存」を模索するときに使われるのがco-existenceという言葉なのです。co-existenceの基本はdifference、つまり人との相違を肯定すること。そしてcultural awarenessという概念を常に意識することになります。cultural awarenessとは、他の文化への受容性と寛容性を抱くことを意味します。
 
日本の場合、社会においてまずグループでの発想が優先される傾向にあるために、difference という言葉はともすればネガティブな意味で捉えられます。
「彼は変わっている」といえば、それはその人に対する批判と捉えられます。しかし、co-existenceという課題と取り組んできた欧米ではdifference は良いことだという意識が主流です。その土台の上に、cultural awarenessというアプローチが存在するのです。
 
こうした事例をみるにつけ、移民や異文化摩擦へ柔軟に対応する方途の模索が、今後の日本の競争力を担う上でも求められていることがわかります。ここに記したco-existence, difference, cultural awareness, そしてdiversityについて考えることが、世界の知恵を流通させ、日本の中にもそれを導入し、応用し、創造的な技術を芽生えさせる社会的な知恵を育む原点になるのです。
島国国家日本が、精神的な島国から脱出せざるを得ない現在、こうした海外の動きや現実を直視することが強く求められているのです。
 

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外国人とビジネスをするためのテクニックを学ぶなら

『異文化摩擦を解消する英語ビジネスコミュニケーション術』山久瀬洋二異文化摩擦を解消する
英語ビジネスコミュニケーション術

山久瀬洋二、アンセル・シンプソン (共著)
IBCパブリッシング刊
*山久瀬洋二の「英語コミュニケーション講座」の原稿は本書からまとめています。文法や発音よりも大切な、相手の心をつかむコミュニケーション法を伝授! アメリカ人のこころを動かす殺し文句32付き!

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プロテスタントとカトリックの本音と建前

“Remember that Time is Money. He that can earn Ten Shillings a Day by his Labour, sits idle one half of that Day, tho’ he spends but Sixpence during his Diversion or Idleness, ought not to reckon That the only Expence; he has really spent or rather thrown away Five Shillings besides. “

「知っておいてほしい。時は金なりだ。もし1日に勤勉に働いて10シリング稼ぐ人がいたとして、その人が1日の半分を享楽に費やしたとしよう。その人は享楽のために、6ペンスを浪費したと主張するかもしれないが、それは間違っている。彼は、その6ペンス以外に1日の半分の時間で稼げる5シリングも失っているのだ」
(ベンジャミン・フランクリン「Advice to a young tradesman」より)

これは、アメリカの独立革命で大きな役割を果たした、ベンジャミン・フランクリンが、若いビジネスマンに向けて送った手紙の中の文章をまとめたものです。
有名な Time is money という言葉は、ここから生まれました。
この一言は、アメリカの文化を知る上でもとても重要です。
初期のアメリカに渡ってきた人々の多くはプロテスタントでした。ベンジャミン・フランクリンも例外ではありません。彼自身、どれだけ熱心に宗教を信奉していたかはわかりません。しかし、一つだけ言えることは、彼の心の中にはプロテスタントしてのモラルがしっかりと受け継がれていたということです。
そのことを象徴するのが、ここに紹介する手紙なのです。
勤勉に働くことで、常に社会の中での信用によってお金を稼ぎ、生活をしてゆくことが彼らの理想的な信条でした。
 

アメリカ人は、waste of time という言葉をよく使います。つまり、自分の時間を無駄にすることを極度に嫌います。時間を無駄にするということは、自分が生産し、財産を造る時間を失うことを意味しているからです。

「そうね、ベンジャミン・フランクリンね。でも、プロテスタントの人たちって、言っていることは正当かもしれないけど、ちょっと退屈な人たちなんだよね」

スペイン人の友人が最近このベンジャミン・フランクリンの文章に対してこのように語ってくれました。

「だって、彼らって、真面目すぎる。楽しむことを知らないんだよ。僕はカトリック系のルーツを持っているけど、我々は、彼らのように真面目一辺倒じゃないさ。食事を楽しみ、人と語り、感情豊かに暮らしたいんだ」

 

これに対して、プロテスタント系のドイツ人の友人は、

「僕は仕事とプライベートとは、しっかりと分けて、仕事については妥協せず、細かいことまでしっかりとロジックをもって進めたいね。でも、仕事が終われば、夕食は家族と一緒。仕事仲間と食事をしたり、プライベートな生活を分かち合ったりすることはまずないね」

とコメントします。

「スペインではランチが大切。ランチにしっかりと時間をかけてワインを飲んで、仕事関係の人とも交流する。だから、通常ランチは1時過ぎからはじまって、3時間ぐらいかけるかな。その上で夜は8時か9時ごろまで働くよ。ドイツ人のように、ビジネスとプライベートとをきっちり分けたりしないよね」

 
ドイツ中部以北にはプロテスタント系の人が多くいます。
こうスペイン人の友人に批判されたドイツ人もそうした中の一人です。本人は今では宗教にはまったく興味がないといっていますが、彼の心の中にはベンジャミン・フランクリンと同じプロテスタントの価値観が脈々と息づいているのです。
 

「そうだよね。確かにプロテスタントの人々は、お金に細かい」

スペイン人の友人は続けます。

「どんなに裕福な人でも、ここでこうした方が、2ドルセイブできるなどといったことをよく口にする。時間を無駄にしないことと、お金をセイブすること。この二つは彼らにとって極めて重要な価値観なのさ。そうした意味では我々南欧の人たちは怠け者だと思われているかもね」

 
ヨーロッパでは南でクリエーティブな発想をしたものを、北の人がビジネス化してお金にするとよく言われています。そんな北ヨーロッパのプロテスタント文化が、大量の移民と共にアメリカに伝わったのです。
 
1517年、マルティン・ルターがローマ・カトリックの腐敗を指摘して、プロテスタントという新しいキリスト教の分派が生まれます。彼は、ローマ・カトリック教会の権威を仲介せず、個人として神を信仰し、その証として個人は良心をもって勤勉に生活することで、聖書の教えを全うするべきだと主張します。特に、ルターと同時期にプロテスタントとして活動したジャン・カルヴァンは、仕事に打ち込むことが神と自己とを繋ぐ架け橋になると強調し、多くの人々に支持されました。
こうしたプロテスタントとしての発想が、アメリカの発展の基盤となったと指摘する人は少なくありません。
 

「プロテスタントの人々の言っていることは理屈としては確かに正しいかもね。宗教改革の頃、確かにカトリックは腐敗していたかもしれない。でも、彼らはその後も勤勉、禁欲をモットーとした宗教観にずっとこだわった。今でもね。それが驚きなんだよ。僕たちカトリック系の人々の方が、よほど宗教に対しては柔軟になったし、多様性も受け入れるようになった。でも、プロテスタント系の人は、自分の信条が常に正しいと主張する。今のアメリカの保守層なんてみんなそんな人たちなんだよ」

スペインの友人のこの皮肉を聞けば、確かにDonald Trumpに投票した人の多くが、そうした保守派のプロテスタントであったことと符合します。
Time is money と言いながら、waste of time を嫌い、さらにbusiness is business という言葉でプライベートとビジネスとをしっかり分けて行動する、という典型的なアメリカ人の信条は、あの宗教改革の頃からヨーロッパで育まれてきたことになるわけです。

 
そんなベンジャミン・フランクリンはモラルの上からも、経済的な理由からも、奴隷制度には強く反対していました。
個人が勤勉に貯蓄し富を増やすことは、人から搾取することで富を蓄えることとは根本的に違うことだと彼は主張します。
この主張が、その後の奴隷解放、さらにはアメリカのいうfreedomequality というスローガンに繋がってゆくわけです。
そうしたスローガンが建前だけの偽善なのか、それともプロテスタントの本当の良心なのか。そこのところは、アメリカやイギリスといったプロテスタント系の大国の歴史をみるならば、そのどっちもありうるということが本音なのではないでしょうか。
 
 

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『日英対訳 アメリカQ&A』山久瀬洋二日英対訳 アメリカQ&A
山久瀬洋二 (著)
IBCパブリッシング刊

地域ごとに文化的背景も人種分布も政治的思想も宗教感も違う、複雑な国アメリカ。アメリカ人の精神と社会システムが見えてくる!

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アメリカの中間選挙にも影響を与えるアイルランドの動向とは

Irish Timesで取り上げられているPro Choice運動勝利の瞬間(Irish Timesインターネット版より)

“Ireland Votes to End Abortion Ban in Rebuke to Catholic Church”

(アイルランドはカトリック教会を非難。中絶の権利を国民投票で認める)
New York Timesより

ニューヨークは今メモリアルデイ Memorial Day の連休 long weekend で、多くの人が街を離れています。
そんな郊外に向かう渋滞を整理する警察官の多くはアイルランド系です。彼らの祖先は、19世紀中盤以降、本国の飢饉や貧困に追われて海を渡ってきた人々でした。彼らはほとんどがカトリックで、元々プロテスタント系の人々の多いアメリカでは社会の底辺で、一時は差別に苦しみました。
現在アメリカにはアイルランド系の移民が3600万人も生活しています。そのため、多くのアメリカ人がアイルランドの動向には敏感です。
 
アイルランドは、長い間隣国イギリスの植民地でした。
その後、過酷な独立運動の過程を経て、1931年に主権を回復します。
現在のアイルランドの人口は459万人。ということは、アメリカに住むアイルランド系の人口の方が、本国の総人口よりもはるかに多いということになるのです。面白い事実です。
 
そんなアイルランドで2017年5月に首相に就任したのが、レオ・バラッカー Leo Valadkar でした。
彼は、首相に選出される前に、自らがゲイであることを公表していました。
彼の父親は、インドからイギリスに移住してきた移民で、イギリスでアイルランド人の母親と結婚しました。バラッカーは幼い頃は両親の合意の元、カトリックとして育てられたといいます。
 
移民、そして国際結婚という背景を持つバラッカーが首相となったアイルランド。その社会の変化に多くの人が注目しました。
アイルランドは元々カトリック教会の影響の強い保守的な国家でした。そしてイギリスからの独立の経緯からみても、民族意識の強い国だったのです。そんなカトリック教会は、今でも同性愛や妊娠中絶に対して否定的です。
従って、バラッカーの首相就任はアイルランドのみならず、カトリック界全体の注目するところとなったのです。
 
そんなアイルランドで先日、妊娠中絶を違法とする憲法改正の是非を問う国民投票が実施されました。もちろん、カトリック教会はこの国民投票にも激しく反発。多くの人がその経緯を見守りました。
結果は、中絶を合法とする人々が勝利。
 
中絶容認を求める運動は、Pro Choice movement と呼ばれています。
欧米では、中絶は女性が出産という自らの運命を決める自由を保証する権利として、常にその是非が問われてきたのです。しかし、アイルランドでは、カトリックの信条からみて、中絶は胎児への殺人行為であるという見解が支持されてきたのです。
 
このアイルランドの変化はアメリカにも大きな衝撃を与えました。
ニューヨークの主要メディアは、昨日からその結果を大きく報道。北朝鮮とアメリカとの首脳会談の行方よりも、アメリカ人には注目されたニュースとなりました。
 
それには背景があります。
まずは、この結果がトランプ政権にもダメージとなるからです。
トランプ政権が成立し、アメリカをはじめ世界中が右傾化の潮流にさらされました。その中で、フランスやオランダなどで極右政権が成立するのでは、と危惧されます。しかし、選挙の結果はリベラル派がことごとく勝利。そしてアイルランドでも、中道左派を進む39歳という若手のレオ・バラッカーが首相となったのです。少なくともヨーロッパでは、トランプ政権に異論を唱える国家が増えていることになります。
そして、トランプ政権はカトリックではないものの、プロテスタント系保守派を支持母体としています。彼らの中でも特に保守色の強い人々がPro Choiceへ異議を唱えているのです。トランプ大統領は彼らに支えられているわけで、アメリカでのPro Choice movementにも懐疑的です。
 
アイルランドでは、同性の結婚も合法化されています。そして、今回憲法までも変えて中絶を合法化したことは、世界中の注目する大きな変化だったというわけです。
 
こうした欧米の動きが今秋のアメリカでの中間選挙にどのような影響を与えるかは未知数です。しかし、極端な保守化への警戒の波が逆流となって、欧米の政界を揺るがしていることは動かせない事実です。
トランプ大統領としては、華やかな外交舞台で北朝鮮との会談を成功させ、追い風となっているアメリカの好景気を自らの政策の勝利として強調することで、支持率を固めてゆきたいところです。
 
とはいえ、伝統的にアメリカに友好的なアイルランドで、トランプ政権に対しても批判的だったバラッカー首相の主張が国民投票で追認されたことは、アメリカの世論にも少なからぬ影響を与えることは間違いないのではないでしょうか。
 

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