【海外ニュース】
This is not a choice — this is not the usual choice between parties and policies, and left and right. This is more fundamental. This a fundamental choice about who we are as a people. This is a choice about the very meaning of America.
(オバマ大統領の 9月13日のフィラデルフィアでの演説より)
これは通常の政党とその政策を選ぶ選挙ではありません。右か左かという方向を選ぶ選挙でもありません。もっと根本的な、人とはどうあるべきかという選択、そしてアメリカという社会の意味そのものを選択する選挙なのです。
【ニュース解説】
アメリカ大統領選挙が迫ってきています。
そして、ヒラリー・クリントンとドナルド・トランプとの支持率の差が縮まり接戦が予想されます。
アメリカの大統領選挙は、一般の有権者が選挙人を選び、選挙人が最終的に投票し大統領が決まります。とはいえ、通常選挙人が選ばれた段階で、その選挙人の政治的立場から、共和党の大統領になるか、民主党の候補が勝つかはほぼ確定します。しかし、今回は共和党寄りの選挙人もまだどちらに投票するか迷っているという異常事態が続いています。
大統領選挙前の大きな山場は公開討論会です。公開討論会では討論の方法を変えながら、3回にわたって論戦が続きます。そのあと副大統領候補の公開討論会が1回あります。
健康問題を指摘されるクリントン候補にとっては、まさに正念場の2ヶ月がこれから続きます。そして、移民政策など様々な分野で強硬な発言を繰り返してきたトランプ候補が、プロ中のプロ政治家といわれるクリントン候補の鋭い攻撃をどうかわすかも注目です。
大統領選挙は、終始「スピーチ戦争」です。より広範な人々をスピーチで感動させ、納得させた候補が必ず勝利します。それは論戦であり、同時に舌戦なのです。大統領選挙では、双方ともに言葉による強烈な牽引力が求められるというわけです。
その前提に立って、オバマ大統領が13日にフィラデルフィアで行った演説で指摘した今回の大統領選挙の特徴について考えます。今回は、共和党と民主党との舌戦ではないと大統領は指摘します。形の上ではそのようになっていますが、実際は将来のアメリカのあり方、アメリカの価値観を選ぶ選挙になっているのです。オバマ大統領は、自分は民主党であるが、今回論点となっているテーマは、ロナルド・レーガンのような共和党の大統領ですら指摘しなかったことだと強調します。エブラハム・リンカーンも共和党の大統領でした。南北戦争の危機を克服したリンカーンが掲げたテーマは、人々の平等というアメリカの価値観をいかに深化させてゆくかということでした。
リンカーンが考え、現在まで受け継がれてきた、共和党と民主党の政策論争を超えたアメリカの根本的価値観。大統領は、それらが偏狭な感情論で否定されつつあると懸念を表明します。そうした価値観を、前向きに捉え、将来も受け継ぐのかどうか、有権者は選択するのだと大統領は強調しているのです。
たとえば、
We can fix our broken immigration system. — We’ve got to vote for leaders who see immigrants not as criminals or rapists, but as families who came here the same reason ours did — to work, and to study, and to contribute.
(移民政策には改革が必要です。しかし、我々は移民を犯罪者やレイピストとしてみるリーダーではなく、移民が我々の祖先と同じ理由、すなわち働き、学び、貢献する人々と考えるリーダーに投票しようではないか)
と大統領は訴えます。アメリカ社会の根幹である「移民国家」という価値観を維持するのかどうか。それを肯定するか否定するかの選択が迫られているのです。もちろん、移民の問題のみならず、経済政策から司法や外交など、あらゆる分野で、今までにはない、アメリカのあるべき姿そのものへの問いかけに、有権者は直面しているのです。
アメリカ人は議論が好きです。それも、お互いに声を張り上げて、大きなジェスチャーでそれぞれの意見を躊躇なく主張します。この文化を知らない人がその場面に立ち会うと、あたかも喧嘩をしているみたいでびっくりします。しかし、議論は個人の人格への攻撃ではなく、感情に走っているものでもないと彼らは考えます。言葉は頭脳と頭脳のキャッチボールであって、相手のハートに向けられてはいないというのが、アメリカで人とコミュニケーションをするときの根本的なルールです。
しかし、ここのところ、政治論争では、このルールを逸脱した深刻な心の対立が続いています。富裕層と貧困層、白人系移民と少数派移民、そして宗教の違いやグローバル社会との関わり方など、すべてのテーマで人々は分断され、ともすれば感情的になっています。オバマ大統領は、その分断を先導する感情論をけん制し、今回の選挙を通してアメリカそのものの意味について考えようと指摘しているのです。
ところで、政治のプロであるクリントン候補に対しても、独特な論理でアメリカを強くしようと主張するトランプ候補をみても、どちらもいま一つと思っている有権者も多くいます。そうした人々が最近オバマ大統領へ熱い眼差しを送っています。
大統領は、最初の4年間の任期で実際の行政に取り組み、再選されれば2期目で自らの理想を追求しようとするといわれています。オバマ大統領は、まさにブッシュ大統領の頃以来の経済問題、中東の戦争に巻き込まれ、指導力まで問われてきたアメリカを再生させる仕事に取り組み、最近になって、銃社会の改革、核兵器廃絶、そして人権問題などで、自らのビジョンに沿った成果を次期政権につなごうとしています。そんな姿に支持が集まっています。これも不思議な現象です。
来年、アメリカがこうしたオバマ大統領の語る理想を継承できるかどうか。これから2ヶ月で、そのすべてがみえてくるのです。
山久瀬洋二・画
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日英対訳
『海外メディアから読み解く世界情勢』
山久瀬洋二 (著)
IBCパブリッシング刊
海外ではトップニュースでありながら、日本国内ではあまり大きく報じられなかった時事問題の数々を日英対訳で。最近の時事英語で必須のキーワード、海外情勢の読み解き方もしっかり学べます。